彷徨
半ば封印のような形で契約を終えると、ピシリとこの暗黒の牢にヒビが入った。
「始まったね」
「崩壊が始まっちゃいましたけど……倒した訳じゃないのになんでこうなるんですか?」
不思議そうに尋ねるエトナ。
「従魔空間は、簡単に言えば僕の中に僕の従魔のみがアクセスできる異次元空間を作り出す能力なんだけど、この奈落の牢屋の仕様上、牢屋の中から囚人が居なくなれば牢屋は崩壊を始める。だから、僕が彼を従魔空間に入れた時点で牢屋は崩壊し始めたんだ」
「それだったら、自分で脱出能力を持つ人ならみんな牢から逃げちゃうんじゃないんですか?」
「いや、このやり方は牢に誤認させるからこそ出来るんだ。従魔空間は言ってしまえば僕の中の裏側に従魔を隠してるんだけど、同じように異次元に入り込めるような囚人が居たとしても、それは自分の中の裏側に入り込んでるだけだからこの牢屋を誤認させることは出来ない」
「……なるほど」
多分分かっていないエトナは神妙な顔で頷いた。
「まぁ、分からなくてもしょうがないよ。これは言った通り裏技なんだ。条理なんてそもそも通ってる筈がないし、理屈で話してもね」
相手のセキュリティに穴があったからそれを突いているってだけの話だからね。
「にしても、よくそんなの思い浮かびましたね」
「あはは、イヴォルとネルクスが居なけりゃ思い浮かばないに決まってるじゃん」
というか、その発想に思い至るまでに必要な知識が僕には欠けている。
「さて、そろそろ脱出の時間かな?」
「えぇ、回復と休憩を済ませたなら脱出と行きましょう」
崩壊していく奈落の牢の中、僕はポーションを地面に並べ、従魔達のステータスを開き始めた。
♢
暫く歩き、辿り着いたのはまた牢の前。
「さて、次はどんなのが居るのかな?」
「私の知ってる人だと嬉しいですね~」
僕とエトナは少し期待を浮かべながら牢の境界に近付く。
「んじゃ、オレから行くぜ」
飛び込んだエクス。そこにロアやドゥールも続いていく。
「僕たちも行こうか」
苛烈な彼らに後れを取らないように僕らも闇の中へと飛び込んだ。
♢
暗黒の牢の中、遠くに幾つもの人影が見えた。
「……幾つもの?」
僕は自分の思考に疑問を抱いた。だが、何度瞬きをしても人影は複数見える。
「ねぇ、僕の見間違いじゃなければなんか沢山いるように見えるんだけど、そういうのもありなの?」
「いや、無いはずだが……もしかすれば本質的には同一個体なのかも知れない。あのキマイラも実質二人だった。黒きものに関しては数え切れないほど分身していた」
なるほどね。実際複数体の敵が居るわけじゃないって訳だね。
「ちょっと近付いて見ようか」
何か武装しているように見えるが、よく見えない。僕らはあの集団に少しずつ近付いていく。
「これは……どっかの国の兵士かな?」
先頭集団を除いて殆どが同じような甲冑を着込んでいる。
「やぁ、こんにちは。元気かな?」
取り合えず、先頭に立っている男に手を振った。返答はない。だが、黒と金のその鎧を威圧的にこちらに向け、その鋭い目で僕を睨んだ。
「なんだか、体調が悪そうだね。血色が悪いように見えるけど?」
紫がかった青白い肌には、紫色の血管が浮き出ている。
「ルファス帝国」
一言呟いたのは、僕の隣のメトだった。
「彼らの鎧にある紋章……昔、滅びたルファス帝国です。戦争に敗れるのを目前とした彼らは死の宝珠に手を出した、というのは有名な話です」
「え、あのルファス帝国ですか!? じゃあ、先頭に立ってるあの人はジール・ルファス皇帝ってことですよね!?」
何やら興奮した様子のエトナ。僕はその肩にそっと手を置いた。
「落ち着いてよ、エトナ」
「だって、あの不死身の皇帝ですよ? 人間なのに何百年も生き続けて、ルファス帝国をその身で治め続けたっていう、ジール・ルファスです! ほら、あの黒金の大斧。あれで幾つもの軍勢を蹴散らしてきたって話です!」
暑苦しいなぁ。
「それに、皇帝の周りにいる人たちも伝説級の人たちですよっ! うわ、感激です……奈落、来てよかったですね」
「……良かったね」
これからその伝説級の奴らと僕たちが戦わなきゃいけないっていう事実を除けばね。





