三人の修道女
奇襲に失敗した暗殺者、僕は目を細めてアロマを見た。
「まぁ、もう交渉の余地は無いってことでいいよね?」
「いえ、最後に一つ」
アロマは指を一本立てて言った。
「貴方をお招きする本当の目的は黄金の首飾りです」
「へぇ、アレなんだ。やっぱり、なんかあったんだね」
「はい。あの首飾りには単なる加護の力だけが込められている訳ではありません」
「ふぅん? 門にして鍵になるってやつ?」
あの首飾りの加護のフレーバーテキストにあった言葉だ。
「そうです。あの加護を持ちし者がアムナルフ様の祠に行くことで黄金と炎の神たるアムナルフ様に直接謁見し、試練を受けることが出来るのです」
「試練?」
「はい。アムナルフ様は試練を乗り越えられる勇士を待っています」
「ていうか、ティグヌス聖国って宗教国家なんでしょ? 誰を崇めてるの?」
そういうのって唯一神みたいなのが居るもんだと思ってたけど。
「それぞれ、自分の信じる神を崇めていますが……共通して皆が崇めているのは教皇様です。全ての神と交信し、声を聞くことができる我らが教皇様が唯一にして絶対の存在です」
「へぇ」
確かに、全ての神の声を聞けるって話が本当なら凄いけど。
「それでは、最後にもう一度聞きます。アムナルフ様に謁見し、試練を受ける気はありますか? その試練が失敗するまでは我々も手出しをしないと誓いましょう」
「いやいや、もう君たちを信じられる段階は過ぎてるよ。言葉はそろそろ、不要じゃないかな?」
僕は溜息を吐いた。
「君たちは僕の首飾りを狙う敵で、僕は君たちを返り討とうとする敵。お互い敵同士だ。交わることはないし、その必要も無いね」
「……そうですか」
アロマの目が冷たさを帯びる。
「はぁ……こういう胸糞悪い仕事は嫌になる。アロマ、やっぱり捕獲じゃ駄目か?」
「捕らえたところで結果が変わるとは限りませんよ」
「それでも、私が見てるところで死ぬ訳じゃないだろ? だったら、ちっとはマシだ」
「良いから、黙って消して下さい。高位の封印ならそれでも構いませんが」
その話を聞いていて、僕は一つ疑問を覚えた。
「そういえばさ、次元の旅人たる僕をどうやって殺す気なのかな?」
「殺すんじゃねえよ。お前らは殺しても蘇るだろ? だから、消すか封じるんだよ。それに適してるからだろうな、こういう糞な仕事は不真面目にやってる私が選ばれたのはよ」
消すか、封じる。リジェルラインみたいなことが出来るのかな。それは確かに、脅威だ。封印はともかく消すっていうのがどうなるのか分からない。まさか、キャラデータごと消されるのだろうか。
「ま、いいや。そろそろ始めようよ。揃える子たちはみんな揃ったみたいだし」
僕が言った瞬間、転移門から大量に魔物が雪崩れ込んでくる。その中にはドゥールやギンキィ、ネロにミュウの姿もある。残念ながら、エクスやディアンの姿は無い。とはいえ、十分だろう。
「……本当に、それだけの数の魔物を使役していたのですね」
「まぁね」
「とはいえ、半分ほどがアンデッド。私達にとっては恐るるに足りません」
「そっか。なんでも良いから、始めようよ」
アロマが頷き、片手を上げ、肩の高さまで下ろす。
「征けッ、天聖騎士団ッ!!」
能力によって作られたという百を超える翼を生やした黄金の騎士達が飛翔しながら襲い来る。
「全く、壮観だね……しかも、この構図じゃどう見ても僕が悪者じゃん」
黄金の騎士団を受け止めるのは、それ以上の数を持つ魔物達。しかし、彼らの半分ほどはアンデッドなので、天聖騎士の鎧や剣に触れるだけでその部分がジュワッと焼かれてしまう者も多い。
「それに……スケルトンの骨の嵐もそこまで効果が無いね」
スケルトンの頭蓋骨だけを隠し、遠隔操作のスキルによって体の骨のみを動かしてノーリスクで敵を穴だらけにする戦術、骨の嵐。エクスにだって効いたこの戦術も、触れた側から溶ける存在が聖属性の騎士には無意味だ。
「さて、アロマの姿は消えて……暗殺者っぽい子も居ないね。視認できるのはアルジャバだけかな」
アロマは天聖騎士団を操るという能力の性質上、姿を隠しておく方が好都合なのだろう。暗殺者っぽいのは、単に姿を眩ませて奇襲を狙っているというところだろうか。
「そうだ。ミュウ、僕を守って。クオレリアル平原の時みたいにね」
「ピキィッ!」
ネルクスの存在を一応秘匿しておく為に、ミュウを僕の体に纏わせてラバースーツのような鎧にする。
「うーん、不思議な気分だね」
肌の中に浸透しつつ、僕の体に薄っすらと纏わりつくミュウ。お陰で僕の体はエメラルドのような緑色に煌めいている。良く見れば、肌も緑がかっていることに気付けるだろう。
「……おっと、早速だね」
キィン、と背後で音がする。エトナが黒い刃で銀色に煌めく短剣を防いだ。
「何度やっても無駄ですよ? 貴方は私よりも遅いですし、気配も丸分かりです。……あ、そういえば名乗ったりとかしないんですか? 貴方も救出隊みたいな人たちの一人なんですよね?」
「ッ!」
ナチュラルに煽り性能が高いエトナが、黒い修道服の暗殺者を挑発する。
「……ティグヌス教会、救済執行官『鏡影』のランタラ・ルメナラータ。救済を開始する」
「いや、もう開始しちゃってるじゃないですか」
「黙れッ!」
ポンコツだなぁ。暗殺者って、これで務まるのだろうか。やっぱり腕っ節だけ持っててもしょうがないね。それを上手く使える頭と精神も必要だ。
「流れ弾はミュウで防げる。ランタラはエトナが受け持って、アロマは恐らく姿を現さない。そしてアルジャバは……抑えられてるね」
少し遠くで戦っているアルジャバ。封印弾を受けても直ぐにその部位を削り落として再生するダークオークのドゥール、分身だけを向かわせ、高火力の爆発と重力の自爆で敵を苦しめる爆猿王のギンキィ、転移によって予測不能な場所とタイミングで現れては防御不能の空間魔術の刃で攻撃するネロ。
どれも厄介で、アルジャバは何度も傷をつけられながら戦っている。それに、ライフルという取り回しの悪い武器を使うのは諦めて拳銃に戻したようだ。何故か二丁拳銃になっているのは気になるが、問題はないだろう。
「取り敢えず、スケルトン達にはアロマを探すように指示を出して……まぁ、もう詰みでしょ」
「マスター、勝負は始まったばかりです。油断は禁物です」
そうだね。と僕は頷いてから、冷静にバフを配り始めた。





