魔の塔、頂上。
ふよよんは植物寄生ゴーレムに絞め殺され、ブレイズはチープに体の内側から吹き飛ばされて死んだ。八人いた挑戦者は、残り六人まで数を減らした。
「ッ! 剣は拾わせない」
地面に落ちた両手剣を庇うように立つシン。だが、チープは余裕そうに距離を取った。
「おいおい……神器だぜ? しかも俺は、既にそいつに認められてる」
チープが片腕を掲げると、そこに青い光が集まり、あの両手剣がすっぽりと収まっていた。代わりに、シンの後ろに落ちていたものは消えている。
「……呼び寄せることも出来るのか」
「当たり前だ。じゃなきゃ手放したりなんてしねぇよ。そいつは俺の一回分の命なんかよりずっと大事だからな」
このゲームの仕様として、死んだ際に装備しているアイテムやインベントリのアイテム、所有権を放棄していない半径一メートル以内にあるアイテム以外はそのまま置き去りにされてしまう。故に武器防具狙いのPKというのも珍しくない。ただのスリも居るには居るが、剣を奪って殺す方が追いかけられない分簡単だ。
が、チープの神器は奪うことは出来ない。この神器には呼び寄せの力があり、既に神器自体がチープを主人と認めているからだ。
「さて、タイマンに戻っちまったな。つっても、俺は最初よりも強いぜ? 何せ、使えるバフや強化はほぼほぼ使ってるからな」
「……来い」
ぺちゃくちゃと喋るチープに、シンは黙々と剣を構え、ただ一言だけ発した。
「んじゃ、遠慮なく」
チープの体が、一瞬にしてシンの目前まで到達する。数メートルの距離を一秒もかけずに詰められたシンだが、その目に焦りは浮かんでいない。
「蒼撃」
「それは読んでる」
蒼く重い振り下ろしをシンは予見していたかのように軽く体をずらして避ける。そしてお返しにと黒い剣を振るった。
「チッ、お前やっぱPvP上手いな」
「そうか? まぁ、不得意ではないが」
斬撃は何とか避けたチープだったが、闇で象られた槍が腕の肉を削った。しかしその傷も直ぐに再生していく。
「つーかよ、ジョブなんだ? まさか、アレか?」
シンは黒い剣と細かい魔術を器用に織り交ぜて使う。その戦闘スタイルに一つのジョブが思い浮かんだチープは足を止めて尋ねる。
「……アレというのが何か分からんが、魔術剣士系のジョブだ。魔剣士ではない」
シンの言葉にチープは思わず笑みをこぼした。
「ハハッ……やっぱりかよ。そもそもが器用貧乏な上に難易度が高くて使いこなせないって話だが、お前は違うらしいな?」
「器用貧乏……か。確かにその側面もあるが、よく言えば万能だ。それに難易度に関しては慣れれば問題ない」
魔術剣士は魔術の使用時に魔力が魔力回路を巡る際、一定のタイミングで一瞬肉体が活性化するという性質を超強化した能力を持つ。要するに、魔術の使用後に肉体が活性化した瞬間を利用して戦う近接戦闘職というのが元のテーマだった……のだが、基本的にその用途では使われていない。
その肉体の活性化は基本的に一秒程度でそもそも短い上に、その活性化のタイミングを計算しながら戦うというのが難しいのだ。とても難しい。
故に、魔術剣士は単純にジョブ特性の魔術も剣術もある程度強化されるという部分しか生かされていなかったのだ。その強化もある程度でしか無いので、結局は器用貧乏で使いづらいという評価に落ち着いてしまう。
「だが、お前が魔術剣士を使いこなせるんならこっちでテンポをずらしてやればいいだけだろ?」
「……そうなれば、合わせるだけだ」
シンの黒い剣から黒いオーラが立ち昇る。チープの両手剣に蒼い光が満ちていく。
「さて、話は終わりだ……蒼斬光」
チープの両手剣に満ちた蒼い光が解き放たれ、強力な蒼い光の斬撃波が放たれた。それを見たシンは黒い無形の雲を……闇雲を生み出す。
「……どこだ?」
蒼い光が闇の雲を吹き飛ばし、闇がそこら中に散らばった。その一瞬の間にシンは姿を消していた。
「おいおい……透明化とかも使えるのか? そいつは勘弁しッ!? 危ねえッ!」
油断なく辺りを見回すチープの頭上から闇の槍が真っ直ぐに落下してくる。それをギリギリで後ろに跳んで回避したチープ。しかし、着地した瞬間チープの背後から黒い剣が迫っていた。
「……今のを躱すか」
「……なんだ? 透過魔術って感じじゃなかったが」
お互いに驚いたような目で相手を見る。その手に握られた剣の刃先は油断無く相手の眉間に合わせられている。
「透過魔術は使っていない。ただ、マジックみたいなものだ。相手が消えて、最初に上を見る奴は居ない。そして、背後を二回も連続で確認する奴も居ない」
「……つまり?」
シンは黒い剣で上を指した。
「闇雲の拡散で視界全体を覆った瞬間、全力で上に跳ぶ。そして背後に降りる。音を立てなければバレることはない」
「……いや、音を立てないってどうやるんだ?」
チープが聞くと、シンはチープの後方を眺めながら数秒黙り……チープの眼前から大きな破裂音がした。
「うおッ!? あぁッ、音魔術、か────ッ!」
音に驚いて一歩後退り、感心するように頷いたチープの背後、黒い霧が溢れ、そこから光を反射しない塗り潰された黒の短剣が伸び、チープの背に突き刺さった。その刃の先はチープの胸辺りから顔を出した。
「ぐッ、う……蒼気波動ッ!!」
「ッ!」
蒼い光の波動がチープを中心に放たれ、チープの背後に現れていたクロキリが吹き飛ばされる。
「……なるほど、なァ……やけに、喋るし、親切だと思ったが……なるほど、な……」
傷から絶えず血が流れ続ける。その傷に蒼い光が集まるが、さっきまでの様には再生しない。治るには治っているが、ほんの少しずつだ。
「そして、この傷……再生阻害、付きか……」
「あぁ、そうだ。不意打ちを一度受けた直後、まさかまた不意打ちを食らうとは思わないだろう」
「……してやられたなァ」
傷は治らない。出血のダメージがチープのHPを少しずつ削っていく。
「それに、そうだな……もう、終わりが近いか」
オデュロッドとアクテンの相手をしていた筈のクロキリとレヴリス。その片割れがここに居る。思えばオデュロッドもアクテンも姿が見えない。未だ動く植物とゴーレムも数をかなり減らしている。チープは察した。ここらが、潮時だ。
「さ、て……だったら……良し、決めた」
チープは蒼い両手剣を強く握る。それに呼応する様に両手剣は蒼い光を放つ。
「何をする気か知らんが、お前は終わりだ」
クロキリが黒い短剣を構えたまま黒い霧の中に消える。すると、チープの背後に黒い霧が現れる。
「それはもう、やったろ?」
「ぐッ!?」
両手剣が雑に後ろ側に振るわれると、霧の中に居たクロキリが吹き飛ばされて出てくる。
「俺の狙いは、お前じゃない」
チープは考えた。シンは余りに隙が無く、クロキリには謎の力で逃げられる。レヴリスの姿は見えず、ズカラは情報が無く、ヴェルベズは殺す価値も無い。
「だから、お前だ」
チープの後ろから振るわれたシンの剣を見ずに回避し、チープは蒼い光を纏って高速で動き出す。
「なッ、速────」
「────蒼狂斬」
チープの両手剣から溢れる蒼いオーラに、赤色が混ざった。
「ふ、ぅ……終わり、だな」
たったの一撃で蛮蛮漬けは頭を砕かれ、右半身と左半身の二つに体を分けられてしまった。流石に超再生を持つ彼と言えどここから復活は出来ないらしい。
「最後は自爆だし、かなりストックを使っちまったが……これで、仕事は十分だろ」
だが、チープの体も尋常じゃなく傷付いている。身体中が切り裂かれ、血が噴き出している。これは彼自身の攻撃によるもの。蒼狂斬の代償だ。
「じゃ、後は……頼ん、だ……」
チープの体が粒子になり、消えていく。残されたのは五人の挑戦者と、転移用の魔法陣だけだった。





