泉に潜むもの
青い液状の体を持つ美女が、表情を憤怒に染めて僕を睨んだ。
「見れば分かります。貴方は次元の旅人でしょう? 命を失うことも、痛みを感じることも無い。故に、命というものを軽く見ている」
確かにね。大体のプレイヤーはそうかも知れない。
「自己中心的で、軽薄。貴方のような者たちが清き泉を荒らすのです」
軽蔑するように僕を見る泉の女。
「あはは……確かに、次元の旅人にそういう人が多いのは否定しないけどね。でも、僕は違うよ。この泉を荒らす気も無いし、痛みだって感じる」
「信じられませんね。何故、貴方だけが痛みを感じるのですか?」
ふっ、と嘲笑うように言う泉の女。
「何故って、そう設定してるからだけど……そもそも、痛覚設定をオフにしてるのが僕だけとは限らないよ」
「設定? 貴方は一体何を言っているのですか?」
不愉快そうに泉の女は眉を顰めた。
「全く、分かりやすい下手な嘘をついたものです。でしたら、試してあげましょう」
女が指先を僕の方に向ける。すると、液状の体が下から上にぶるりとたわみ、指先に収束された液体が刃となって発射された。
「させません」
「……ほう」
明らかに僕の首を真っ二つにするコースで進んでいた水の刃は、エトナの黒く変化した腕に防がれた。
「いくら貴方が高位の存在でも……私は負けません」
燃えるような瞳で泉の女を見るエトナ。しかし、高位の存在とはなんだろうか。
「あ、そういえば」
僕には解析があるんだった。すっかり忘れてたよ。
「……あれ、なにこれ」
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なにも見えないんだけど。ステータスどころか、種族もレベルも見えない。
「貴方、見ようとしましたね?」
僕を睨みつける泉の女。だけど、なんで気付いて……いや。
「あぁ、そういうことか」
ステータスを隠匿するスキルだ。エトナも似たような持っているはずだ
「そういうことか、ではありません。人の情報を勝手に盗み見て許されるとでも?」
「あはは、ごめんごめん。でもさ、君だって僕のことを殺そうとしたよね?」
許す許されるの段階は、もう超えてると思うんだよね。
「それは……それは、貴方が次元の旅人だから、です。どうせ死んでも蘇るのですから、問題は無いでしょう?」
開き直ったように言う泉の女。どうやら彼女はデスペナルティというものを知らないらしい。
「……つまり、君も命を軽く見ているってことかな?」
さっきは、プレイヤーは生き返るから命を軽く見てるって言ってたよね?
「ッ!? 違いますッ! 私が言いたいのは、死んでも蘇れるから、そのせいで倫理観が欠如していると……そう言いたかったのですッ!」
確かに、その節はあると思うけど。
「どうせ生き返るから殺しても良い……あはは、この考えのどこに倫理観があるのかな? 僕、痛みは感じるって言ったよね?」
「そ、それはッ! それは……」
尻すぼみになっていく言葉。下がっていく視線。
「まぁ、僕だって君を責めたい訳じゃない。だけど、事実じゃないことを理由に襲いかかられてもつまらない。分かってくれたかな?」
「……はい」
俯く泉の女。まぁ、痛みを感じるって言っても、死ぬような痛みは感じないようになってるんだけどね。骨折くらいの痛みは普通に感じるけど。
「ネクロさん、上位の精霊を言い負かすなんて……流石、口だけの男です」
「キレそう」
褒めてる風に見せかけて普通に悪口なんだけど。
「……ネクロ、と言うのですね。先程は大変失礼致しました」
「ん? あぁいや、別に良いよ。さっきも言った通り、君を責めたい訳じゃないから」
すっかり縮こまってしまった上位の精霊。
「……あ、でも、一つだけ良いかな?」
「はい、なんでしょうか」
僕は一つだけ断っておく必要があることを思い出した。
「明日、僕の命を狙う奴らが大量に来ると思うんだけど……その時に、もしかしたら泉を穢そうとする人も居るかもしれない」
「……やっぱり、怒っても良いですか?」
「あはは、ダメだよ」
ギロッと、僕を睨みつける目線が復活した。
「そういえば、次元の旅人って存在はどこで知ったの? この泉でずっと暮らしてるなら知る由も無いと思うんだけど」
プレイヤーが態々この島に上陸したという話は聞いたことが無いし、僕みたいな事情がない限り上陸する必要があるとも思えない。
「ここで永く暮らしているのは事実ですが……私は水の上位精霊であり、泉の精です。なので、自分より下位の精霊には言うことを聞いてもらえますし、泉を司る力によってここではない泉も見ることも出来ます。それに、分体を生み出して好きに情報を集めることも出来ます」
「うんうん……ここではない泉を見れるって言うのは?」
下位の精霊に命令できるのも、分体を出せるのも分かるが、ここではない泉を見れる、というのはちょっと分からない。
「言葉通り、ここだけでなく全ての泉を見ることが出来ます。正確には、泉から得られる情報を全て得られます。つまり、全ての泉の周りで起きていることを見て、聞くことができると言う訳です」
「じゃあ、この世全ての泉には君の目と耳が付いてるってこと?」
僕の問いに、泉の精は微笑んで頷いた。
「それと、あまり好みませんが泉を通って他の泉に移動することも出来ます」
それ、つまり長距離転移能力じゃん。
「……おっけー、分かったよ」
この精霊、思った以上にヤバいんだけど。





