必殺技と真実
仄暗い道を進み、階段を降りた先にはまた新たな扉があった。それはさっきと変わらない見た目で、どこか荘厳な雰囲気を感じさせる。
しかし、扉の奥から感じる威圧感がさっきとは段違いだ。
「ネクロさん、間違いなくさっきの骸骨より絶対強いですよ」
「そうだね、僕もそんな気がするよ」
しかし、ビビっていては始まらない。僕は取り敢えずテイマーの各種バフを二人にかけた。
「……良し。じゃあメト、扉をお願い」
「了解しました。マスター」
メトがゆっくりと扉を開いた。
「……ゾンビ、ですか?」
扉の向こうにいたのは間違いなく四体のゾンビだった。一体は部屋の奥にある玉座に座り、王冠や煌びやかな宝石を身に付け、高級そうなマントを着ているが、その手には二メートル程の巨大な剣を握っている。残りの三体は騎士風の鎧と剣を身につけており、真ん中の一体を守るように立っている。
「────如何にも。我はゾンビである」
突然、四体のゾンビの内の一体が喋り始めた。その一体とは真ん中の玉座に座っている王冠を付けたゾンビだ。
「ぞ、ゾンビさんって喋れるんですか?」
「ククク、喋れる者もいれば喋れない者もいる。ゾンビ化して理性を持つ者もいれば失う者もいるのだ。そして、王たる我には理性が残った。残ってしまったのだ」
王冠を付けたゾンビはどこか寂しげに語った。
「ねぇ、君って生前の記憶とかあるの?」
「勿論あるとも。我は元々この地の王であった。そして、この階層より先に待ち受ける者たちも我と同じ王であった。一つ前の階層の骸骨の生前は単なる兵士だがな」
あー、骸骨戦士長たちのことだね。
「じゃあ、次の質問だけど……どうしてこのダンジョンを守ってるの?」
「守っている……か。それは少し違うな」
ゾンビは憎々しげに語り始めた。
「我々は守らされているのだ。……この地下墓地に眠る者の封印を、な」
「へぇ、それってどういう魔物なの?」
「ククク……まぁ、それは次の階層の王にでも聞くが良い。そろそろ、ダンジョンからの命令に逆らうのも限界だ。お前達を殺せと、そう魂に命令が下っているのだ」
王冠を付けたゾンビは立ち上がり、手に持った剣を構えた。
「じゃあ、最後に二つだけ。地下に眠ってる奴の封印を解いたらどうなるの?」
「……我々は解放されるだろうな。このダンジョンの存在意義が消えるのだから」
「おっけー、任せてよ。じゃあ、最後ね。僕はネクロ。君の名前は?」
王冠を付けたゾンビはそこで初めて笑った。ニヤリと、人の良い笑みを浮かべた。
「四代目トゥピゼ国王、シェルニースだッ!!」
シェルニースと名乗ったゾンビは完全に命令に逆らえなくなったのか、躊躇なく剣を振りながら僕らに突撃してきた。
「エトナッ、王様の相手をお願い! 僕たちは先に取り巻きを倒すッ!」
一応解析したが、シェルニースは【ゾンビキング:Lv.45】で取り巻きは【ゾンビナイト:Lv.41】だ。かなりキツイが、いけるはずだ。
「闇刃ッ!」
様子見に闇刃を放つ。が、幾ら足が遅いゾンビと言えどこの雑な攻撃程度は避けられるようだ。しょうがない。
「……待てよ?」
今の僕には暗視があるし、他の二人も同じだ。そして、さっきのスケルトンはそもそも眼球が無かったので視覚に頼っていないと判断したが……このゾンビ達は今、目をパッチリと開き僕を睨みつけている。つまり、視覚に頼っているということだ。
「……良し、必殺技のお披露目だ」
このゾンビ共に暗視能力が無いことを祈りつつ、僕は魔法を発動した。
「闇雲」
瞬間、部屋中に闇で出来た雲が発生した。部屋中に充満した闇雲により、普通ならば視界は真っ暗闇の中だ。
勿論、暗視の力を持つ僕たち以外はだけどね。ゾンビナイト達は目が見えなくなり困り果てているのか、剣を構えて右往左往している。
しかし、ゾンビキングことシェルニースは違ったようだ。
「……ネクロさん、あの王様ゾンビ、絶対見えてますよ」
「やっぱり? 僕もそんな気はしてる」
シェルニースは、暗闇の雲の中でも僕たちをしっかりと睨みつけていた。どうやら、暗視スキルを持つ僕と同じように闇の雲の中がくっきりと見えているようだ。
「メト、目が見えなくなったゾンビナイト達をお願い。僕たちであいつの相手をするよ」
「了解しました、マスター」
僕の指示に従ってメトは駆け出し、ゾンビナイトを後ろから思い切りぶん殴っていた。
「見えないだけが闇雲の強みじゃないよ。闇棘ッ!」
最早お馴染みの闇の棘が僕の手の辺りから生え、空中を伝ってシェルニースに襲いかかった。そう、この闇雲というのは僕の影と同じ判定がある。
だから、本来は自分が触れている影、つまり足元を起点にしかできない闇棘も全体が僕の影判定の闇雲さえあれば、僕の体のどこからでも闇棘を発生させられ、闇雲がある場所ならどんなルートでも闇棘を伝せることができる。
つまり、闇雲さえあれば僕の体のどこからでも闇棘を発生させられるし、地面以外にも空中を伝せて攻撃することが出来るようになったということだ。
「……ッ」
言葉は発しないが、シェルニースは四方八方から襲いかかる闇棘の対処に困り果てている。
「闇腕」
何とか闇棘とエトナの猛攻を避けて防いで凌ぎ続けるシェルニースの体を、ビッシリと闇の腕が包み込んだ。
そう、この闇腕も本来は視界内の影からしか出現させることは出来なかったが、闇雲のある場所ならどこからでも生やすことができる。
今やったように、敵の周囲から生やしまくって拘束し続けて行動を阻害することもできる。
「ナイスですネクロさんっ! だったら私もとっておきです…………滅光蝕闇」
瞬間、この部屋に満ちていた全ての闇と光がエトナに吸収され始めた。
「エト、ナ、これ、は……ッ!」
僅か数秒で光も闇も消え、暗黒がこの部屋を支配した瞬間、突き出されたエトナの手の平から漆黒に染まった形状が不安定な球体が発射された。
その球体はそこまでのスピードは無く、寧ろ遅いとさえ言えたが、何故か体が重くなり動けなくなった僕たちは膝を突き、ただその漆黒の球体が着弾するまでの様を眺めていた。
「眩し────ッ」
黒い球がシェルニースに触れた瞬間、黒い球体は一瞬でシェルニースを包み込み、その直ぐ後に眩い光が溢れて僕たちの視界を一瞬だけ奪った。更に言えば僕は叫び声を上げたはずだったが、その声は完全に消えていた。
「なん、だ、これ……」
焼けた視界が元に戻り、何とか目を開くと、シェルニースが居たはずの場所には何一つ残っていなかった。最早意味が分からない。
「ふふふ、これは私の必殺技です。闇魔術では無いのでネクロさんは使えませんよ?」
当たり前だ。闇魔術のスキルレベルはエトナよりも僕の方が高い。しかし、なんだろう。種族スキルか職業スキルだろうか。
「あれは……うん、凄かったね」
「ふふんっ、あれは吸収した闇の力で重力を発生させて相手を動けなくして相手を包み、吸収した光の力で闇に包まれた敵を消滅させる必殺技です」
闇の力……? そういえば、重力魔術は闇系統だった気がする。闇属性では無い。
「必殺技……そっか、凄い必殺技だね?」
「そんなに褒められるとくすぐったいですよ? それよりもネクロさんっ、さっきの凄かったです! あれこそ何ですか!」
「あー、闇雲と闇棘とか闇腕とかの組み合わせね。一応言っとくけど、僕と同じ闇魔術が使える君なら、普通にあれも出来るからね?」
エトナはガクッと固まった。
「えっ! や、やり方を聞いても良いですか?!」
「勿論だよ、と言っても、全然簡単だけどね……」
シェルニース達を倒した僕は、エトナに闇雲と他の闇魔法の合わせ方を説明しながら歩いた。
数分後、僕たちは次の扉に辿り着いた。
「えっと、ここが確か……」
「八階層だね。地下八階だよ」
「そう、それです!」
僕はエトナを冷めた目で見つつ、バフをばら撒いた。
「因みに聞くけど、エトナ。さっきの必殺技って撃てる?」
一応、MPはポーションを飲ませたので問題無いはずだ。
「もう十分魔力は溜まったので撃てはしますよ。ただ……あれって発動前の隙が結構大きいので普通に戦ってたら撃つ暇は無いですね。しかも、一回だけしか撃てません」
「いや、一回でも撃てたら十分だよ」
そっか、だったら上手く僕たちで隙を作る必要がある。
「……良し。じゃあメト、いつでも良いよ」
「了解しました。では、扉を開けます」
メトが重い扉を押し開けると、そこにはさっきと殆ど変わらない配置で敵が待ち構えていた。玉座に一体が座り、周りには三体の取り巻きがいる。
さっきと違うところは、ゾンビがミイラに変わったことと、王が剣を持っていないことだ。
「────良く来た、若人達よ」
そして、玉座に座っているミイラは仰々しくそう言った。
「さて……先の戦い、見事だった」
「ん? まるで見てたように言うね」
ミイラの王は笑った。
「ハッハッハ、まるでも何も、見ておったのだ。元々王であった我々は理性ある存在としてこのダンジョンに縛り付けられている。故に、ダンジョンに侵攻した冒険者達の動きを観察して対策できるようになっているのだ」
うわ、つまりそれってさっきの戦法も見られたってことだよね。
「当たり前だが、あの部屋を埋め尽くした闇もシェルニースを消滅させたあの謎の力も、当然見ていた。その上で、味方で居られる今の内に一つ警告させてもらおう」
味方の内に……ダンジョンに意識を飲み込まれる前に、と言うことだろう。
「先ず、我と我から先の王達にあの雲は効かん。我は単に暗視を持っているだけだが、我より先の王達は闇を払う力を持っている。使うだけ無駄だから、この先では使わない方が良いだろう」
「うん、忠告ありがとね」
はいはい、この人は暗視があってこっから先のボスは雲そのものを払われるよ、と。
「さて……まだ余裕はある。聞きたいことがあれば聞くと良い」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、封印されてるのってどんな魔物なの?」
「魔物……というか、悪魔だ。このダンジョンには高位の悪魔が封印されている。砂の下に埋もれた我々はアンデッドとして呼び起こされ、ある男に悪魔の封印を守るためのダンジョンモンスターとしてこの地下墓地に魂を縛り付けられたのだ」
うわ、それはえげつない話だね。
そういえば、国がこのダンジョンのクリアを全然推奨もせず、存在自体あまり表に出さないのってこの悪魔の封印を解放される危険があるからなのかな?
それに、このダンジョンに宝箱とかが一切無いのも攻略する気を削ぐためだろう。
「そっか……まぁ、安心して。僕たちが君たちの魂を解放してあげるよ」
「それが出来るならばありがたい話だが……しかし、本当に悪魔の封印を解く気なのか?」
僕は笑顔で頷いた。
「勿論。それに、心配は要らないよ。……僕は魔物使いだからね」
僕の言葉に王様は一瞬呆気にとられたが、直ぐに大声で笑い始めた。
「ハッハッハ、そうかそうか。それは良いな、面白い。この砂の下で久し振りに笑ったぞ。……ならば、どうか頼む。我々の……トゥピゼ国の民をどうか救ってくれ」
「勿論だよ。僕たちを信じて、安心して任せてよ」
そう言って僕は二人に目配せした。
「じゃあ、最後に名前を聞いて良いかな?」
その質問を聞いた王様は決意を決めたように立ち上がり、構えた。
「三代目トゥピゼ国王、グランジェスだ……参るッ!」
「グランジェス、良い名前だねッ! 僕はネクロで、後ろの二人はエトナとメトだッ!」
当然僕も名乗りは忘れず、二本の短剣を構えて僕はグランジェスを迎え討った。





