屍の夜降ろし
――ギィンッ……ギィンッ……――
剣と剣が叫び合う、場所は街道、其処には雄々しく駆けて斬り掛かる白い男と、それを捌く黒い男が居た。
「ウォォッ!」
「……」
――ギィンッ……ギィンッ……――
また打ち鳴らされる剣の音色……〝聞き飽きた〟。
――ザシュッ――
「ッ良し――」
――ガシッ――
「良し、じゃねぇよ」
「――ッな!?」
白い剣が男の胸を裂いた、それに勝機を見出した白い男の剣を、黒い男の腕が掴む。
「〝自らを贄に魔の頂きへ至った探求者〟」
「グァッ……ガフッ」
「〝己の業で竜の王を討滅した鬼〟」
「ガッ、ウグッ――」
「〝勇猛に王を殺さんと迫った赤獅子〟」
「〝影を纏い、悪意を喰らう少女〟」
「〝直向きに強さを渇望する剣の乙女〟」
「皆が皆、己の持ち得る力でこの祭りに総てを賭した、総てをだ……心行くもので有った、満たし得る余興だった……だと言うのに」
――ブンッ――
〝アーサー〟を投げ捨てる……下らない塵め。
「だと言うのに何だお前の体たらくは?……己で策を練らず、挙げ句神の人形に成り下がった……愚かな無能者め」
――ドカッ――
項垂れるアーサーの顔を蹴り抜く……そのまま家々を砕き進む。
「貴様は初めから己の力を振るい魔物を討滅するべきだった、神になど乞わず、己の力で俺へ挑むべきだった……お前が如何な手段で俺の首を狙うか、期待していたと言うのに……こんな様か!?」
巫山戯るなよ守護者、巫山戯るなよアーサー……巫山戯るな――。
「善神……己の責務を放棄し、神の力に溺れた愚者が、神気取りのクソピエロが」
こんなゴミに俺の玩具箱を壊させてたまるか。
「〝我は悪の魔、有らん限りの呪詛を込めて、我は神を否定する〟」
今の今まで……何故俺が、この力を使わなかったか分かるか?……良いや、分かるまい……お前如きでは理解すらままならんだろう。
「〝白き光は黒き闇へ、蒼き空は赤き夕暮れへ、陽は転じ月へ、生は沈み死の刻は来たれり〟」
人も、獣も……その骸は、その尽くは例外なく俺の支配下……いや、俺の力だ。
「〝我は夜の主、神すら手を退く夜月の屍王〟」
そして、俺の用意した手駒、その残りはこのゴミに駆除された……ならば仕方ない。
「〝屍の夜は、心臓と共に……永久の鼓動を紡ぐ〟……さぁ、目を開けろ夜の〝厄災〟……有象無象区別なく、この地この街、この城に居る尽くの生者を蹂躙せよ……踊れ、音楽は私が奏でてやる」
生命溢れる光の世界を、屍の月が覆う、光は闇に飲まれ、空は紅く染まり、そして屍が、万を超える屍が寄り集まり、瘴気の台風が街の外に現れる。
「〝万屍:奈落より神を討つ者〟……〝アナテマ〟、お前に下す命は三つ」
瘴気渦巻く外のソレに、俺は三つの命を与える……それは、ソレにとっての存在意義、〝滅ぼす者〟を冠する者に唯一与えられる、破壊の言葉。
「〝壊せ〟」
人を。
「〝崩せ〟」
街を。
「〝潰せ〟」
神の面目を、神の楽園をこの世界から壊し尽くせ。
『―――ッ!』
命令は成され、名は与えられた……そして、それは産み落とされた。
巨人、いや或いは巨神とすら言える……しかし、その姿は神と呼ぶには余りに禍々しい姿をしていた。
その身体は赤い肉で覆われ、白い骨が身体を覆い、胸元には幾千幾万の人間の上半身が、その頭蓋は幾つもの骨が混ざり合い、巨大な人の頭蓋を作り、その目には赤い血の如き炎が揺らめいていた。
「さ、此処でお前とともに蹂躙の果てを見るのも一興だが――生憎とお前如きにそんな贅沢をしてやるつもりはない」
――ガシッ――
「ウッ……グァッ!?」
「俺のストレス解消に付き合ってもらうぞ?」
なぁに、心配するな……ちょっとした組手だとも。
「死なんでくれよ〝ヒーロー〟……その勇姿を皆に見せろよ〝人の希望〟」
○●○●○●
「うわぁお……相変らずボスもやる事が派手だね〜」
「此処の死体の殆どを使ってるからなぁ……しかも強化済みの……コリャ俺達でも殺せるか怪しいぞ?」
「う〜ん、何か主様怒ってる?」
「ふむ……どうやらその様で」
廃墟の屋根に座りながら、残る三人の騎士と一人の執事、二人の小狼は菓子を片手に壁外の巨人を見る。
――ドッガァァンッ――
「「ッ!?」」
「ん?」「「へ?」」「おや?」
それとは別の方向、大教会の街道が突如崩壊する、その土煙に混ざり、1つの人影が空に突き抜ける。
「アレは……主――ッ!?」
「「ヒッ!?」」
「おや……コレは」
騎士の目に映る……主の姿、それは普段見る彼等の主と同じ、とても愉しげな顔……だった、だが。
――ゾォッ――
途轍もない怒気と殺意……其れ等を突き抜け、主の本質が彼等の脳に、魂に触れる。
それは虚空……渦巻く色の中でその中心に燻る色の無い空の〝形〟。
それが、狂気を纏い、悪意を纏い、空を覆い隠していた。
醜く美しい化物の姿だった。
「相当…お怒りな様で」
唯一平静を保っているベクターは、眼下で固まり、呆然としている三人と、怯えている二人の幼月を見て、そう溜息を吐く。
●○●○●○
――ドシャァッ――
「クハハ♪」
「グゥッ、舐めるなッ!」
地面に転がり、そして俺へ刃を振るうアーサーを殴り飛ばす。
「グッ」
「何を怯んでるんだッ!?」
――ブンッ――
そのまま地面を跳ねるアーサーの腹にそのまま蹴りを突き込む。
――ドゴォンッ!――
民家の壁が壊れ、アーサーの姿が消える……。
「「「ヒィィッ……」」」
「グ……ァァッ」
「どうしたどうしたアーサー、円卓の長?……何を其処で悶えてる……クフッフフフッ♪」
――ヒュンッ――
「……あ……」
「――ッリリー!?」
風切り音と共に、童の首が崩れ落ちる、父親は目を見開き童を見、母親は嘘だ嘘だと喚き立てる、アーサーは……。
「ハデスッ……貴様ァッ」
「お前が其処で悶えて居るからこうなる、クヒッヒャヒャヒャッ♪」
さぁ、早く立てよユウシャ、ほら早く立たねば――。
「また一人、死んでしまったなぁ?」
女の身体が半分に裂かれる……。
「やめろ、止めろッ!!!」
「さ〜ん♪…に〜い……い〜ち……クフフッ♪」
――ギィンッ――
「グッ」
「――ゼロ♪」
――バシュンッ――
男の頭蓋が爆散する……民家に血溜まりが出来、それがアーサーの足に伝う……そして、アーサーの目に童の首が転がり込む。
「どんな気分だ?……アーサー〝様〟?」
童の顔が愉悦に歪み、そして爆ぜる。
「ハァァァデェェェスゥゥゥゥッ!!!!」
憤怒が、勇者の憤怒が愉快だ、身体の端々に感じる……実に、あぁ実に――。
「無様な面だなぁッ……アーサーッ!」
さぁ、憎悪を奏で続けよう、この街が焦土と化し、塵に帰すその時まで。




