飢え満ちる者の献身
『mimimimi……』
――ガシャンッ……ボリボリッ――
それは肉塊がうぞうぞと蠢いている様な、そんな姿……腐った血肉の香りを纏わせ、ドロドロの肉を伸ばして、周囲の死骸も、食い物も、無機物も食い荒らしていた。
『mimimimi……』
「コイツ、再生早すぎんだろ!?」
それは、飢えていた……餌を求め這い回る一匹の無形の魔物だった、ただ飢え、それを満たす為に喰い続け、迫りくる者も喰らっていた……。
『お前は食いしん坊だな』
またあの人の〝肉〟を食いたい、アレは良い……飢えなくなる。
それが出会った……あの黒く楽しげな男、飢えに苦しんでいた、そしてつい彼の腕を千切り、貪ってしまった。
――美味いッ――
驚いた、今の今まで、味等気にすらしなかった……それが、彼の腕を喰らった時、初めて美味いと感じた……何より。
『おいおい、がっつき過ぎだろ』
彼はそんな自分に、喰われていながら、気にしていないと言うように、自分の身体を撫でていた。
――奇妙だ――
何もかもが奇妙だ、喰われていながら自分へ敵意もなく、楽しげに笑っていた彼が、何故笑えるのか、どうして怒っていないのか……飢えなくなって、そして気になった。
――知りたい――
と……そして、此処へ来た、彼の望みの為に。
『お前を捨て駒にする、生きて帰れることは無いだろう』
構わない、だって彼は己に満ちる事を教えてくれたから。
『ん?……何だ、そんな事か』
彼の望みの為ならば、この身、この生命を此処で果てさせようが構うものか。
食らって、喰らって、貪って……人の死を、彼の目的を果たす……それだけで良い。
『mimimimi……?』
「フンフンフン……成る程〜、スライム系統、死霊系の進化個体……構成は他の奴と何ら変わらんのね」
――ドスドスッ――
「お〜怖ッ、デカいし腕は多いし、俺一人じゃ対処しきれねぇよ?……って事で、助けてくんねぇかな、ノーマン?」
――……――
『mimi!?』
「――〝起爆〟」
一瞬感じた寒気、それに従い身体を動かした瞬間上から叩き付ける様に爆炎が迫る。
「……タフだな」
「俺の見立てじゃあコイツは耐久と再生に重点したタイプだ……おまけに触腕が無限に湧いてくる、俺じゃ逃げれても勝てねぇな」
「では俺がダメージを与えて削るしか無いか」
「んだな」
爆炎に包まれながら、会話を盗み聞く……今ッ。
「「ッ!?」」
炎を盾に触腕を突き出す……しかし、それをギリギリで回避される。
最も危険なのはこの妙な左腕の男だ、そして時点で右の男、コレは驚く程早い……周りの奴等は気にする程ではないな。
――グチュグチュッ――
殺す、ただそれだけで良い。
●○●○●○
「マジかッ!?」
「分裂!」
「「「mimimimiッ!」」」
――ヒュンッ、ドガガッ――
巨大な肉塊が四に分かたれた、1つは周囲の守護者を殲滅し、もう一つはノーマンを、もう一つは俺を、そしてそれに間髪入れず後ろの奴が攻撃を差し込む。
(思考共有と独立した個体の超高度連携、厄介な野郎だ)
ノーマンには爆炎の届かぬ位置から触手で。
俺にはそもそも近づけさせずに、広範囲で乱れ切り。
「賢いな、面倒だ」
「うざったいなぁ……ッて事で」
――タッ――
ノーマンと俺が交差する……互いに不利な相手には別のやつをぶつければ良い。
「〝開放〟……」
ノーマンが駆ける、目標は1つ、今己へ無数の触手の鉤爪わ振るわんとする、分かたれた肉塊。
「〝起爆〟……」
――ドオォォンッ――
肉塊が爆ぜる、骨と肉が散らばり、土煙は立ち込め、岩畳は礫と化し周囲の壁面全てに傷を付ける。
「相ッ変らず惚れ惚れする火力だ事で……じゃ」
――ドドドッ――
俺は俺の仕事を終わらせようかね。
「鈍い鈍い……欠伸が出ちまうなぁッと!」
ものの数秒で、テストは分体の側に到達し、その脚で蹴り抜く。
「miッ!?」
――グシャッ――
そして、それは分体の核を踏み砕き、ドロドロの屍肉の液体と化した。
「さぁ、分体はもう居ないぜ肉塊ちゃん?」
「……」
「mimimi……」
そして、二人が足を止めた、その瞬間。
――ドパァッ――
大地から屍肉の槍が飛び出し、二人の臓腑を貫いた。
「……マジ……かよ……」
「チッ……」
二人の男が、地面に伏せる……腹から流れ出た血が地面を彩る……そして、遠くから、守護者を蹂躙し終えたで有ろう、分体が戻って来る。
「mimimimi……」
――ブンッ――
触手に刺さったまま、そのまま壁に投げ飛ばされる、霞む視界で敵を睨むテスト。
そして、分体が二人に触手を伸ばした、その瞬間。
「〝起爆〟」
触手が爆ぜた……。
「mimimimi!?」
「〝第二心臓〟」
「……ハッハッ、マジかよ」
胸に穴を開けたノーマンが立ち上がる……明らかに瀕死な筈のその男は、何事もないように立ち上がる。
「アカネ謹製の〝機械心臓〟だ、数分間だけ動ける様になる」
「サイボーグか……?……まぁ良いや」
――ガシッ――
「?…テスト?」
「コレももってけ……〝風纏〟」
テストの言葉と共に、ノーマンの身体から風が渦巻く……そして、テストの身体を包んでいった。
「まぁ頑張れよ?」
それだけ言うと、テストは力を無くし、骸を残して消える。
「……殺す」
そして、ノーマンが駆ける……数多の触手を風の様に躱して。
「mimimimiッ」
そして、異形のソレも負けじと応戦する……だが。
「……〝起爆〟」
触手を、炎が焼き尽くし、炎が視界を防ぐ……。
「……貰った」
化物がソレを見失った瞬間、背後から声が響く。
「miッ――!?」
「……〝風脚〟」
動こうとした一瞬、そのど真ん中をノーマンの脚が打ち抜く……そして。
――カランッ――
硬い核と、それに突き刺さった白い剣を外に弾き出した。
●○●○●○
「mimi……mi…mi」
嗚呼……負けてしまった……。
核と成ったソレは崩れる身体を見て、悔しげに口にする。
まだ……彼の役に立てていない、届いていない……このまま負けては行けない。
そんな思いを抱きつつも、ソレは死の道を進む。
嗚呼……もう一度、貴方に逢いたい……。
『何をしている、この馬鹿め』
意識を途切れさせるその一瞬、ソレの願う者の声が聞こえた気がした。
「……?……今、何か……」
ノーマンはふと足を止め、周囲を見渡す、一瞬、黒い影が居たような気がして……そして、周囲を確かめる。
「……誰も居ないのか」
そして、ノーマンは白い剣を掴むと、その場を立ち去る……消えた核を記憶から消して。
○●○●○●
「馬鹿が、大馬鹿が……何故己のままに暴れなかった?」
ハデスは、片手に大きな結晶を手にして、そう呟く。
「何の為にお前を此処に呼んだと思っている?」
いや、お前達だ……お前達には何も求めていなかったと言うのに。
「ただ暴れ、ただ己の為に食い尽くせば良いだろうに……阿呆が」
このままお前を死なせては、俺の律に外れるでは無いか。
「全く……世話の焼ける〝奴〟だ……」
――ギィンッ――
「そして……随分と余裕綽々な登場だな、〝アーサー〟」
「ハデス……ッ」
憤怒に燃える……下らん玩具が、俺を射殺さんばかりに睨み付ける。
「貴様のせいで祭りが台無しだ……と、言うわけでだ」
――ビキビキッ――
「――死ね」
「ッ――!?」
その瞬間、アーサーが吹き飛ぶ……そして、祭りの終幕は刻々と迫っていた。




