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Deadman・Fantasia〜死霊術師の悪役道〜  作者: 泥陀羅没地
第六章:盲信は鏖殺に帰す
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霧の異形と霧の狩人

その獣は初め、ただ一匹の狼だった。


群れに馴染めず、群れに捨てられた哀れな一匹の狼だった。


あの日あの夜、弱きソレは匂いに釣られ、狂気に充てられ、荒野へ集った有象無象だった。


そして始まる、血で血を洗う殺し合い、淘汰し進化を強制され、生命を作り変える悪魔の実験場。


ソレは恐怖した……ただ我武者羅に、息を潜め、死にかけの獲物を喰らった、生きたいから、死にたくないから……それだけだった。


そんな中、ふと気付く……何時しか、己へ向かう敵意が〝畏怖〟に変わっていたのを……偶然だ、幸運だ、奇跡であり砂漠に落ちた一粒の砂金の如く小さな可能性が、ソレへ微笑んだ。


死にたくないから、肉体を捨て……霧の身体を得た。


死にたくないから、汎ゆる形に成れる力を欲した……。


その果ての姿となったソレは、気付き……そして、〝嗤った〟。


――俺は強い――


そして、始まった……弱者への蹂躙、醜い悪意の嬲り殺しが。




そして、今――。



『GURURU……♪』


ソレは、身体を愉悦に揺らめかせて、愚かな弱者を睥睨していた。


「コイツ……物理が効かないッ!」

「魔術は!?」

「敵の数が多過ぎて此方に来れない!」


さぁ、どう嬲ってやろうか……♪



●○●○●○



(コイツ……遊んでるッ……)


霧の爪を避けながら、黒衣の暗殺者……ジャックは狼を睨んでいた。


遊んでいる、四肢をもぎ、首を引き千切り、そして死なぬ様足を引き裂き……惨劇に顔を歪める。


(化物め……)


少女の顔に怒りが宿る、それは眼の前の化物に、そして、その裏に座して手を叩く悪辣な愉悦の化物へ向けられていた。


(巫山戯てる……でも、どうする?……)


物理の効かぬ身体、魔術師は獣の群れに阻まれ到達出来ない、残されたのはこうして蹂躙されるだけ……冗談じゃない。


(何か手がある筈……)


思考しろ、自分の手札は隠密と短剣による視界外からの一撃必殺、そして闇系統の隠密系魔術〝影潜り〟。


(駄目だ、これじゃ結局魔術攻撃にならない……他、誰か魔術を……持ってたらこんな事になってない!)


少女は淡々と思考を回す……そんな時だった。


「そう焦る事はないよ、ジャック君」

「ップロフェスさん!?」


建物の屋根の上から、学者風の男が少女へ声を響かせる……それは、このイベントの英雄にして、この世界で、ハデスが最も期待している守護者の男、〝真理の開拓者〟の長、プロフェスだった。


「君が魔術を使えれば良い」

「ッイヤ、魔術何か使ったこと無いしッ、そもそも――」

「いやいや、有るだろう……君は何時も影に潜んでいたじゃないか」

「……へ?」


プロフェスの言葉に、ジャックは困惑した声を上げる、それを無視してプロフェスは続ける。


「何も攻撃だけが魔術じゃない、物事を円滑に進めるために、例えば土を操り畑を作るのも魔術だ、空気か飲水を生成するのも魔術だ……使い方によって、その姿は千差万別なんだよ」


その言葉はジャックの脳裏に染み込み、そして1人のあの忌々しい化物を幻視させた。


『影の襲撃者とは、何を以て影とする?』

『影のジャック、ただ潜むことしか知らぬ無知な狩人よ、お前に1つ鍵をやろう』

『物事を決めるのはお前自身だ』


(……影、……使い方……変質、事象の定義は己の主観)


影……不定の影、陽の光に生まれた闇、実像と虚像……。


――ズズズッ――


「何か掴んだようだね」

「……やってみる」


そして、駆ける……避ける、霧の鉤爪を、不定形の身体を、目指すは霧の獣……その〝真下〟。


「……〝影裂き〟」


陽の光に生み出された、〝(もう一匹の獣)〟、その中央を短剣が突き抉る。


――ドスッ――


『GUGAAAAA!?!?!?』


その瞬間、獣の慟哭と共に霧の獣の腹から、黒い刃が突き出る。


「ッ効いてる!」


獣の悲鳴、それを聞き、好機と見たジャックを、プロフェスが留める。


「待てジャック君……アレの様子が可笑しい」


たった一度の攻撃、たった一度の傷……たったそれだけの殺意の一撃が……その獣の本質を解いた。



○●○●○●


恐れ、怖れ……恐怖に支配された獣、生き汚い、無様な畜生、弱者を痛ぶる悪趣味な鬼畜。


それが今、己の本質を理解した。


如何しようもない愚かな弱者、ただ偶然王位に着いただけの道化、醜い雑魚……それが付け上がり、図に乗り、そして今、眼の前の見下していた少女に手傷を負わされた。


――怖い――


来るな、俺に近付くな。


――恐い――


その刃を俺へ向けるな、嫌だ。


――コワイ、コワイコワイコワイッ――


シニタクナイ。


恐怖、憎悪、怒り……理性を壊し、本能を剥き出しに……獣は狂い叫んだ。



『もう壊れたの?……つまらないなぁ?』


それよりも……うん。


『良いね、あの子……面白い』


●○●○●○


「何アレ……」

「ふぅむ……自分の身体を膨れ上がらせた、いや巨大化……霧と同化している、霧の身体だからこそ成せる荒業と言った所か」


それは街の一角を包む程の巨躯、大きな黒い霧の獣……もはやその姿は獣の形ですらなく、腕も足も目も口も無数に生え、無秩序に生え……ともすれば、アレの最も恐れる存在の模倣と言った風体だった。


「コレはかなり厄介だね……私の魔術が使えれば良かったが……」

「いや、悠長にそんな事言ってる暇は無いでしょ!?…皆逃げ――」

『る必要は無いんじゃないかな〜?』

「……へ?」




――ギィィィンッ――


そして、天より大地へ向けて……〝何か〟が突き刺さる。


「アレは……白い剣?」

「……」

『ささ、僕を抜いてよ……〝資格者の君〟……聞こえてるんでしょ?』


ジャックの耳に楽しげな子供の声が響く……それが何なのか、ジャックは理解する。


――カッ――


「逃げる必要が無いってどういう事?」

『言葉通りだよ?……アレが暴れたらそれだけで街は壊滅、アレにはもう理性も知能も無い、ただ生きるためにすべてを滅ぼす霧の怪物になった……君達は死なない、でもアレに動く時間を与えたらそれだけでイベントは終わる……僕も、創造主も、君達もソレは望んでないだろう?』

「じゃあどうすれば?」

『僕を使えば良い、〝無形の聖剣〟で在る僕は、担い手の、担い手足り得る者が使って初めて真価を発揮する……願え、僕にどんな力を求めるのか、歌え、僕の新たな名を、君にはその資格があり、其の為に僕は居る』


聖剣が少女へそう告げる……それを少女は、静かに、霧の怪物を睥睨して聞いていた。


「どんな力にも成れるの?」

『僕に扱える範囲でね』

「アレを殺す事は?」

『う〜ん……ま、良いか♪…〝可能〟だよ』

「……そう、それじゃあ」


――〝ジャック〟…アレを殺して――


『……ンフフッ、りょ〜かい〜……それじゃあ、殺るよ♪』


それは脈動する……その形を歪め、作り変え、持ち手へ適応する……それは黒いダガーと成り、獣の影へ突き刺さされる。


『〝霧統べる狩人ミストロード・ハンター〟』


それは霧の中を歩む者、霧と言う事象を統べる者、霧纏いて姿は見せず、影すら残さず生命を刈り取る、暗がりの暗殺者。


『GIAAAAA!!!』


影に触れ、身体を喰らう聖剣……そして、その痛みに蠢き、狂い暴れる化物。


――ドオォォンッ――


それは、激しい音のなる方へ狂う様に突撃し。


――ギロッ――


『―――ッ!?』

「邪魔だ痴れ者……失せろ」


其処より現れた……〝何か〟に、心の臓腑を砕かれ、成すすべなく短剣に吸い取られていった。





○●○●○●


「塵が死んだか……聖剣の持ち手は……ほぉ、ジャックか……プロフェスも居るが、やはりソチラを選ぶか」


アレに聖剣なんざ不要だろうし、良い選択だな♪


「彼奴等も派手に暴れてるなぁ……ん?」


ボロボロに崩れた廃墟で、血だらけの大男を掴みながら、ハデスは呟く……そして。


「……ハァ、マジか」


――ブンッ――ゴシャァッ――


「……何かしてくるだろうと思っていたが、お前は本当に……〝不愉快な奴だ〟……止めだ止め」


壁に赤い絵画を創り、ハデスは不愉快そうにそう言うと、歩いて教会へ向かう。


「……善神め」


そう吐き捨てて。

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