剣姫と拳姫
――ギィンッ、ギィンギィンッ――
「フンッ!」
「ッ!」
剣戟が、鉄拳が、地面を砕き、切り裂き、街道を破壊していく。
「ちょこまかとッ!」
「……脳筋」
「あぁ!?」
セレーネの怒気が膨れ上がる、それと同時にニノの殺気も昇っていく。
(早い、重い、反射神経も凄い……魔術を排した、肉弾戦に特化した戦闘タイプ、あの鉄拳に魔術攻撃が乗る仕掛けがある……?)
(コイツ……ただ早いだけじゃない、的確に急所を狙って来る)
……良いな。
……良い。
――ギィンッ――
腕と剣が交差する、攻撃を避け、捌く……それが続く度に、二人の口角が上がっていく、殺気に空気が凪ぐ、鉄の音色が大地を走る。
「フフフッ♪」
「……♪」
○●○●○●
「……クフフッ♪」
随分と美しい音を鳴らすじゃないか……俺まで滾ってくる。
「さて……俺のダンスパートナーはお前か」
「ヌゥンッ!」
――ドオォォンッ!――
空を影が覆い、大地が吹き飛ぶ……そして、その中心地には二人の男が居た。
「相変わらず惚れ惚れする火力だなぁッ、実体験するとその重さが身に沁みるッ♪」
一人は黒い、高貴な服を纏った、悪魔の王〝ハデス〟。
「実際に会うのははじめてかァ?……ハデスよぉ」
もう一人は、赤い獅子の如き苛烈さと勇猛さを持つ、獰猛な大男。
オケアノスの長、〝ダルカン〟。
「散々暴れてくれやがって……テメェ、覚悟は出来てるのか?」
「何の覚悟だ?」
「〝ブチ殺される覚悟〟に決まってんだろォッ!」
――ドォンッ――
風を凪ぐ巨剣が、俺へ迫る……フッ、フハッハハハッ♪
「殺される覚悟、殺される……俺が?お前に?……ハッハッハッ♪…素晴らしい、スバラシイッ!……何と楽しい事を、俺の前で臆面なく語ってくれるッ?」
良い、実に良い、ならば示せ、この世界に刻みつけろ、お前が俺を殺すに足る〝英雄〟だと、俺へ見せつけろ!
――ブンッ――
――ギィンッ――
「グッ、重ぇッ」
「ハハッ♪」
――ドッ――
巨剣と、黒剣が打つかる……ダルカンの筋肉が膨張し、俺の腕が揺れる。
「ウラァッ!」
そして、一際力を込め、ダルカンが巨剣を振るう……。
「〝身体激化〟ァッ!」
ダルカンの身体を赤い気配が纏う。
「おぉッ、それは前に見たなッ、確か――」
「ガアァァァ!!!」
――ギィンッ――
「そうそう♪確か身体能力がこんな感じで……凄く上がる技だったな♪」
「ッ!?」
ダルカンの一撃が、風を裂き、建物へ深い傷をつける……しかし、それが狩る筈だった獲物は、何事もなく、まるで何も変わっていないとでも言うように、楽しげに佇んでいた。
「舐めるなァッ!」
――ギィンッ、ギィンッ、ギィンッ――
そして、始まる、連撃が……それを楽しげに、それはもう楽しげに男は見ていた。
「重い重い♪…徐々に徐々に、重みが増している……そして、その攻撃の速度も……何処まで上がるんだ?」
――ギィンギィンギィンギィンッ――
「ウオオォォォォッ!」
――ギギギギギギッ――
「ふむふむ、ほうほう……成る程」
「〝重撃〟」
鉄の声が甲高く泣き叫ぶ中、ダルカンが、巨剣を上へ構え……振り下ろす。
「……フゥゥッ」
「……それで、終わりか?」
「ッ――グッ!?」
一時の静寂に、ダルカン我息を吐く……その刹那、土煙の中から声が響き、黒い腕がダルカンの顔を掴む。
「素晴らしい攻撃だった……真に素晴らしい、これほど削られたのは久しぶりだ♪……さぁ、お前の攻撃は十分に堪能した事だ、次は――」
――ダッ――
「耐久テストだ……簡単に壊れてくれるなよ?」
そして、その場からハデスとダルカンは消え、次の瞬間……建物が1つ吹き飛んだ。
●○●○●○
――ドガッ、ギィンッ、ゴォンッ――
「シィッ」
「ッ」
凡そ数十分、互いに生命を狙い合っていた……刃が掠め、拳が過ぎ去り、街道は滅茶苦茶な有り様へと変貌していた。
「……お前は何で剣を振るうんだ?」
「……?」
互いに間合いを取った時、セレーネがニノに問う……美しい少女は、その問いに静かに目を閉じる。
「昔……お祖父ちゃんの剣を見た」
少女の脳裏に、古い記憶が過る……古い屋敷の奥の林で、独り、剣を振るう男の姿。
「……〝綺麗だった〟」
淀み無く振るわれる技の美に、目を奪われた、刃の、光が反射する様に心を奪われた……少女は理解していた、己が他の者達と違う事を……〝戦いに生きる者〟であると。
「だから、剣を振るう……あの日見た、お祖父ちゃんに、そして、今も強くなるお祖父ちゃんを超える為に……」
「……クッ」
――クッハッハッ♪――
「そうか、そうかぁ……良い理由だな……〝気に入った〟」
美少女の淀み無い声に、美女は朗らかに笑う……そして。
「お前なら……コレを使っても良さそうだ♪」
そして、彼女は鉄拳を開き、己の心臓へ突き刺した。
「〝黒装:朱染ノ悪鬼〟」
彼女の装衣が赤黒い色へ変わる、額には白い角が、口には牙が、その姿は紛う事無き鬼で在った。
「それは……何?」
「私の魔剣……いや魔拳だな、取り敢えずその能力だ……他のと違って〝心臓を潰す事〟が発動なんだよ、変わってるだろ?」
「……そう」
――ザリッ――
「何はともあれだ……そろそろ、この馬鹿踊りも終いにしよう」
「…分かった」
そして、剣の姫は、背から鞘に収まった刀を取り出す。
「……〝白装死刃〟」
そして、白装束に姿を変えたニノは、その腹に短剣を突き刺す。
「……〝骸雪姫〟」
そして、少女の手に握られた白い刀は、白い冷気を放ち、大地を霜で覆う。
「……成る程、お互いに時間制限付きの殴り合いか……死合を畳むには丁度いいな♪」
――ザッ――
「私が、勝つ」
「いいや私だ」
――ギィンッ――
そして、始まる……最後の剣戟、最期の舞踊。
鉄の拳が大地を抉り、白の刃が空を裂く、二人の距離は次第に近付き、それに比例して剣戟も激しさを増す。
二人の身体に掠り傷が増える、二人の動きが徐々に精密さを増す、刃の1センチ、拳の一ミリを躱し、互いに急所を狙う。
――カチッ――
そして、少女が刀を鞘に収め後ろに飛び退く、美女がそれを見て顔を歪める。
「コレで決着かッ、良いじゃねぇか!」
一瞬の静けさ、そして駆け出す二人。
「〝神落〟」
「〝音去〟」
2つの技が打つかる……空気が弾け、そして――
「……負けた」
剣の姫の腹に拳の姫の腕が突き刺さる。
「……私の勝ちだな」
――ボタッ――
切り飛ばされた腕から、赤い滝が流れる……それは地面に落ちると、霜を溶かし始める。
「三人目……」
「ん?」
「貴方で、三人目」
血を口から零しながら、少女は淡々と呟く……その目には、無邪気な歓喜が在った。
「貴方も、ハデスも……何時か斃す……それまでは絶対に逃さない」
「……クハッ♪……嬉しい事言ってくれるじゃねぇかッ!」
黒い結界がヒビ割れ、外へ繋がる……それと同時に。
――ドガアァァンッ――
建物が吹き飛び土煙を巻き上げる。
「相変わらず派手に暴れてんなぁ、アイツ」
「……また今度、遊ぶ」
○●○●○●
「もうッ、何なのよコイツッ!?」
――全然斬れないじゃないッ!――
黒衣の少女の叫びが、既に崩壊した街で響く、きっと、その背後の彼等も同じ意見だろう。
『GURURURU……』
それは黒い靄を纏っていた、いや、その言い方は正しく無い……〝黒い靄〟そのものだった。
獣の、狼の形をした、不定形の狼、その赤い六つ目が、眼下の餌を、玩具を楽しげに見ていた。




