聖戦の前触れ
――ガチャッ――
「ガレリア、邪魔するぞ」
重苦しい会議の中、不意に男……と少女が入ってくる……皆の視線が集まり、龍王ガレリアも思わずと身を乗り出す。
「ッハデス!淀みは――」
「もう終わった……土産だ」
ガレリアの問に食い気味に答え、男は……ハデスは影からソレを取り出し、皆の前に優しく置く……ソレは龍の頭だった……安らかに、安堵するように、穏やかな死に顔の骸だった。
「……エト……漸く眠れたのだな」
「知り合いか」
「あぁ、私と……エレノアの友だった……優しく、気高い龍だった」
「だろうな、でなければ凡そ千年も独りでアレを抑えられるものか……丁重に弔ってやれ」
「無論だ」
「じゃあ、俺の方は要件が終わったんで帰るが……折角だ、帰り際にお前達の所へ集る虫を駆除しといてやる」
「ッ!……すまんな」
「何、ちょっとしたボランティアだ、気にするな」
それだけ言い残すと、ハデスは扉を開けて出ていった。
○●○●○●
「クソッ、まだ見つからんのか!?」
渓谷の其処で、兵士を動かす指揮官は苛つきを紛らわすために怒号を上げる。
〝龍〟。
絶対的な力の象徴にして、人と獣を超越した生命、生半可な攻撃では傷一つ付かぬ鉄壁の鱗、恐ろしく強い剛腕、全てを焼き尽くす業火……人が伝え聞く龍を、彼等は探していた……その生命を断つ為に。
龍を殺せば莫大な力を得る……当然と言えば当然、彼等程の強者は力の塊は例外を除けばそうと居ない、だが無謀だ、兵士も、それを指揮する指揮官も、龍を殺すには到底足らない……では、何故これ程までの騒ぎを起こすのか?
単純だ、永き時が達、人は龍の伝承を伝え聞きこそすれ、実際の力を見たことはない。
人とは、物事を都合良く解釈する存在、故にその伝承を偽りだと、迷信だと断じた、〝してしまった〟……。
何よりも、その愚かな考えを助長したのは、彼等の背後に座す〝勇者〟の存在……善の神が彼等の声に送り込んだ使者、〝絶対の正義〟……最強の存在……その強さは、人々から恐れを奪い、脆く弱い虚栄を生んだ。
ソレが……悪魔の怒りを買うと知らずに。
――ガラガラッ!――
「ッ何の音だ!?」
岩が雪崩れる、大地が揺れる……その異常に気付いた指揮官は声を上げる、そしてその問い掛けは。
「ギャアァァァ!?!?」
悲鳴と言う形で返された。
「な、何だ、何が起こった!?」
「ば、化物です!」
「龍か!?」
「い、いえ!」
――ドシャアァァァッ――
岩から手が伸びる……〝人の腕〟……凡そ人間の者と思えぬ程大きな腕が。
人間の腕だけではない、竜の脚、龍の腕、馬の脚、狼の脚……継ぎ接ぎに無秩序に、だがその悍ましさは統一されて、肉塊の様なその身体は這い出てきた。
――『『『『※※※※※』』』』――
見た目は、遠くから見れば竜、龍と言えなくはない、だが近付けば近づく程、その見た目の異様さは浮き彫りに成ってくる。
ソレは無数の眼で世話しなく周りを見ながら、身体中に生えた腕で獲物を掴み、腹と顔に貼り付けられた口で咀嚼する……悍ましい竜の様な何かの姿が有った。
『『『何だ、この程度か?』』』
無惨にも屍を食い散らしながら、龍は呟く……酷く飽きた様に。
「うぇぇ……コレが龍かよ?」
「キモすぎww」
「アカツキ君、早く倒しちゃおッ!」
そんな中、ふと場違いな声が響く。
「そこまでだよ、〝龍〟」
すると、眼の前に四人の男女と、1人のやけにムカツクドヤ顔の男が登場する。
『『『お前が此処の総大将か?……勇者、勇者ねぇ〜?』』』
ギョロリと、無数の眼が冷めた目で男を、アカツキを見据える……。
『『『下らん、この程度のゴミ、相手にするだけ無駄だ』』』
それだけ言うと、また獲物を捕食する作業に入ろうとする……その瞬間だった。
――ザンッ――
――ボトッ――
「随分と余裕だな?」
ふと、龍の足が一本切り落とされる。
「鈍い奴だ、粋がっていた割に簡単に脚を奪われてるじゃないか?」
『『『脚を取った程度で随分と嬉しそうだな?』』』
――ドパァッ――
途端に、血液が足から湧き出す……そして。
『『『〝一屍:語らず謀らずの屍夜叉〟……〝改〟』』』
血の池から、一匹の赤く染まった黒装束の鬼が現れる。
『『『〝血染め夜叉〟……〝壊せ〟』』』
「……」
俺の命令と同時に、鬼が駆ける……その刃は勇者の首を狙っていた。
「――ッ!」
――ギィィンッ――
勇者の剣と鬼の剣が打つかり合い、火花を散らす。
『『『〝十屍:疫死鴉〟』』』
そんな中、龍の身体から十羽の黒い影が飛ぶ……。
『『『〝殺せ〟』』』
その号令と共に鴉は空を舞い踊る……黒い羽を落としながら。
「……羽?」
ソレを1人の兵士が触れた……その瞬間、兵士は"死んだ"……身体をグズグズと溶かされながら。
「ッ!?…羽に触れるなッ!」
「む、無理だ……こんなもん避けれ――ギィィッ!?」
一人、また一人、死んでいく……恐れながら、絶望を纏いながら、食われ、或いは肉塊と成り……兵士共は消えた、勇者達を残して。
「何だ…この屍人は……何故、何故聖剣が効かないんだ!?」
焦り、戸惑い、苛つき、勇者アカツキは叫ぶ……その疑問を、龍は嘲笑混じりに答える。
『『『教えてやるよ……〝光と闇は表裏一体……光が強ければ闇を呑み、闇が強ければ光を喰らう〟』』』
「僕がコイツよりも弱いだと!?」
『『『おぉ、気付きを得たな……じゃあ見せてやろう、コレの本気を……〝自害しろ〟』』』
「……」
龍の言葉と同時に、夜叉は飛び退く……そして、その刃を、己の心臓に突き刺した。
――ブワッ――
瞬間、溢れ出る…黒い魔力が、辺りを、辺りに散らかる屍肉を、大地を、生者を包む……。
『『『〝対価と代償〟……重ければ重い程、与えられる対価は大きく成る、それは死霊でさえ同じ事だ』』』
「あ……は?」
「何だよ……コレ」
勇者達が顔を青くする、無理もない、龍が召喚した一匹の鬼、その力は勇者よりも遥かに高く、今尚上昇してるのだから。
『『『〝決死の代償〟に〝能力上昇〟の上限を底上げした……元々は単一で国を落とす為に作っていたんだ、お前達如きが倒せる筈もない』』』
そして、心臓から血液を垂れ流す……〝化物〟は立ち上がった。
「ッリリナ、転移し――ッ」
その刹那、1人の女の首が飛ぶ……其処には崩れ落ちる首無し骸と血に染まった鬼が居た。
「ヒィィッ、た、助け――」
次に、腰を抜かした戦士が死んだ。
「アカツキ!アカツキッ!早く戦って――ッ」
神官の女の首が飛んだ。
「ハハッ、ハハハッ……終わりだ、もう終わりだァッ!」
泣き叫ぶ斥候の男も死んだ、残るは血の海に崩れ落ちる勇者だけだった。
『『『おい、どうした勇者、さっきまでの威勢は何処に行った?』』』
「化物、化物だ……コレは、夢だ……」
『『『粋がっていた割に随分と情けない姿を晒すじゃないか、ほらどうした、戦えよ、その為に居るんだろう?』』』
「止めろ……来るな、来るなぁッ!」
『『『勇者、お前は勇者を騙った、その称号を、その称号の誇りを穢した、その罪科の代償は、お前と、お前達聖皇国と、お前達の神に支払わせてやろう』』』
刃が勇者の首に喰い込む。
「ギィ……ァ…」
そして、胴と頭は切り離された。
――ゴプッ、グジュッ――
龍の身体が収縮する……辺りに散らかる屍肉も血液も、一点へ寄り集まる。
「さぁ、楽しく〝国潰し〟と行こうか」
その為に、色々と準備しなければな♪




