死の淵で屍は踊る
〝偽天使〟の攻撃方法は主に3つ。
まず、〝両手の機械腕から成る近接攻撃〟、注意するのはソレに高濃度の聖属性が付与されている事、俺含む悪魔、死霊が下手に触れたら一瞬で溶けるか灰にジョブチェンジする。
次に〝機械の片翼〟が放つレーザー、属性の無い魔術攻撃だからどの属性でも一定の効果を上げる有能魔術だが、事現在、しかも魔術縛りノーダメ縛りの今は脅威だ、だが避けられないことはない。
そして――。
――ドドドドッ――
「『フハハハッ!ほら逃げよ逃げよ!』」
「チィィッ、弾幕とか巫山戯んなッ」
白い羽の弾丸……コレが一番キツイ、強力な聖属性ってだけでも脅威なのに、更に弾幕を張れる……しかも長時間だ、このせいでダメージの蓄積が多い、治癒で少しは回復できるがかなり厳しい。
「『クフフッ、見える見える…お前の心が……〝恐れている〟、〝怒っている〟、〝焦っている〟……打つ手がない、ジリ貧、しかし逃げることの出来ない絶望……数十分、いや1時間か、長期間も神経を尖らせている、良いのか?……もう体力が持たないだろう、精神が持たないだろう?』」
「………」
「『フッハハハッ!最早話す猶予も無いか!?』」
ただ避ける、高速の攻撃を、致命の一撃を、只管に、終わりの見えない今まで、一息も休まず……確かに、精神負荷は大きい、身体の動きもブレて来た……だがもう少し、あともう少しだ。
――パッ――
その瞬間、全ての攻撃が消えた……アレだけの弾幕も、レーザーも何もかもが一瞬で、そんな都合の良い一瞬が……思考に〝穴〟を空けた。
――ブチィッ――
「――ッ!?」
「『残念だったなぁ、悪魔♪』」
――バコンッ――
痛みと同時に、右脚が消えた……そのまま声のした方を殴ろうとした直後、衝撃が走り、俺は壁に減り込む……。
「『クハッ♪クハハッ、アッハッハッハッ!何と無様な姿だッ!?なぁ!?』」
俺の千切れた脚を持ちながら、そうゲタゲタと下劣に笑う天使……。
――ガパッ――
そして、千切れ脚を……口を裂いて喰い始める天使を、俺は無我のままに見つめていた……やれることは遣り尽くした……ソレがこの〝様〟だ。
「『貴様を喰い尽くし、器を創り終えた暁には、そうだな……手始めに近くの街を滅ぼそう……そして貴様の持つ力を使い、奴隷を作るとしようか』」
迫る足音を聞きながら、俺の心は静かに、その結果を見ていた……〝仕方ない〟、後悔は無い、怒りも、悲しみも抱かない。
「『貴様のその力を、無力な貴様に見せられないのは残念だが……仕方あるまい』」
ただ……ただ……。
――ガパッ――
俺の腹を食い破る、俺の臓腑を食い破る……そして、俺の頭蓋を、俺の脳を食おうと口を開き、その先に有る光すら見せない〝暗闇〟を前に。
〝狂気〟の色を見ていた。
――プツンッ――
○●○●○●
「『ケヒッ……ケヒッヒッ♪』」
ソレは荒れ果てた広間にて、抑えて尚漏れ出る喜色に口を歪めていた。
「『遂に……遂に我はッ!……〝狂気〟たる我はッ!……この檻を創り変える!』」
ソレはその化物の長い長い野望、己を燃料の如く扱う愚者、その種を滅ぼし、生命を滅ぼし、世界を破壊するという、狂気の願いを成就させる為の、凡そ1000年の時を燻り待った第一歩への叫び。
――ドクンッ――
「『今此処に我を長年縛り付け、抑え込んでいた〝光〟と、〝闇〟のバランスは代わりッ、檻は我の器と成らんッ!』」
――ドクンッ――
ソレの身体を闇が進む、皮膚を黒くし、羽を黒く汚しながら、天使を堕としていく。
「『アーッハッハッハッハッハーッ!!!』」
静寂を、堕天使の笑い声が支配する……こうして、最悪の怪物は自由を――。
――ガシッ――
「『……あ"ぁ"?』」
謳歌する事は無かった。
「『な、何だ……コレは?』」
堕天使の首を締めるのは……〝己の腕〟だった。
「『何が起きて――』」
「『知りたいか?』」
堕天使のその疑問は、その口から響く、己の意志でない声によって明かされる。
「『――ッ!?お前は』」
「『正解、お前が今さっき喰った悪魔だよ……駄目じゃ無いか、取り込む時はちゃんと相手が削られてるか確認しなくちゃ♪』」
「『確かに死んだ筈――』」
「『その通り、死んだとも、今、この瞬間、この時、この状況が欲しかった……苦労したよ、〝消耗したフリ〟は、本当はあともう少し〝油断〟させるつもりだったが、結果的には問題無い、こうして〝俺〟は〝お前〟と混じったからな』」
「『何を――ッ !?!?!?』」
響く悲鳴、天使の悶える声……かと思えばケタケタと愉しげな笑い声、その豹変は余りに不気味だった。
「『お前を殺すにはどうしても〝肉〟が邪魔だった、かと言って迂闊に触れると俺は死ぬ……だから賭けた、お前が俺を、弱ったフリをした俺を、そのまま喰う事を、取り込む事を……下手に小分けに食われて力を適応される危険性は有ったが……油断し、かつ俺の力を渇望するお前は、適応する前にすべて食い、不完全なまま気を抜くと思っていた……結果はこの通り……今俺とお前が一つの体を奪い合っている』」
ケタケタとカタカタと、崩壊を始めた身体を震わせ愉しげに笑う天使の中の男。
「『そして今、お前は俺に喰われつつ有る……〝心〟を喰うのは悪魔の専売特許だ』」
「『ヤ………メ"……ロ"ォォォッ』」
最早身体の支配権を多く奪われたソレは、男の魂に手を伸ばし。
――ゾクッ――
『……ハ?』
触れた……〝底無しの憎悪〟を〝底無しの殺意〟を、憤怒を悲哀を歓喜を、果のない色と、そう思っていた筈の色の〝先〟……〝貼り付けた感情〟の奥に有る〝空〟を。
何も無い、何一つ、ただ空、何も無いのに其処にある、何者にもなれる〝透明〟、何者にも侵せない〝無色〟の色を……ソレは……〝狂気〟は見て、感じてしまった。
――恐怖を――
アレは人じゃない、獣じゃない、死霊でも、精霊でも、化物でも……〝何者でもない〟……恐ろしい、悍ましい、美しいとすら思えてしまう……アレは――。
――アレは〝何〟だ?――
――ブツンッ――
「ヤベッ、同化してたから肉体崩れたら俺も死ぬじゃん、急いで俺の本体取り出さねぇと――」
『……ありがとう』
『ありがとう……悪魔さん』
「ん?今身体取り出すのに忙しいから後にしろ、消えたきゃ勝手に消えて構わん」
俺は宙に淡く薄く存在する、〝餓鬼共〟を一瞥し、作業に戻る、あ、でも天使の翼は崩れ去らんよな?
●○●○●○
――ガシャンッ――
「ッたく……何でこんな場所に制御装置置いてんだよ、詰め込み過ぎだろ」
偽天使を喰い殺した後、そのまま周囲を探索し、何とか稼働している装置の発見に成功した……その制御装置を解除(物理)すると、身体が軽くなる。
――グチュチュッ――
「オーケー、ちゃんと動かせる――」
『主樣!』
「ん、おぉベクター3日ぶりか、悪いな、ちょっと通信が遮断されてな」
ベクターに事の説明をしつつ、俺は制御装置の場所を離れる。
「――って訳で、もう少し調べてから帰る」
『成る程……承知しました、それではお待ちしております』
通信を切り、俺は崩れた天使の身体から、埋もれたソレを拾い上げる――。
――バチィンッ――
「チッ、駄目か」
事は出来なかった……白い翼、天使の翼を。
「〝天使の翼〟とかいうウルトラレアな素材を捨てるのは勿体無いよなぁ……どうにか取れねぇかな?」
一応アレも喰ったから触れると思ったんだが……あ。
「……まさか、あのクソ、大部分は餓鬼共で賄ってたのか?」
ソレなら今触れん理由に納得〜……出来るかボケェッ!?巫山戯んなよあの野郎、これじゃあ俺のレア素材が――。
『主よ、この翼、我が使っても構わんか?』
「くそがぁぁぁ……んぇ?お前触れんの?溶けない?」
『主よ……曲がりなりにも我は神の肉を使って出来た魔剣だぞ?』
「……あ、そう言えばそうだったな」
『……一度じっくり話し合うべきだな』
「ま、まぁまぁ……それじゃあやって良いぞ」
俺がそう言うと、フェイディアが蠢き、翼を包む……その瞬間。
『フェイディアの能力が開放されました!』
「『……いけたな』……って待てや、お前出来るからやったわけじゃないのか?」
『自信は有った、だが初めての試みだからな、失敗する可能性も有ったのだ』
「……行き当たりばったり過ぎるだろ、馬鹿か?」
『どの口が』
「あ?」
『何だ?』
――ピロリンッ♪――
「ん?メッセージ……〝第二イベント〟のお知らせッ!?……ほう、ほうほうほう!〝闘技場トーナメント〟!開催場所はファウストか!」
第二陣も参加しやすいようにかね?何にせよ待ちに待った第二イベントだ。
「良し、参加するか!」
第二陣に面白いのが居ると良いなぁ!




