戦狂の鬼姫、絡め伏せる蜘蛛姫
「……そんな……馬鹿な……」
アーサーは……いや、アーサーを含む数十の人間は、眼前の光景……もっと言えば〝敵として立ちはだかる人物〟に深い動揺を見せる……緋色の髪が、鋭い眼光が、纏う雰囲気が、そのどれもが、良く知る、かつて彼等と並び立ったその人と同じだったから。
「殺ろうぜ、守護者共ッ!」
「セレーネ、さん……何で」
〝セレーネ〟……かつて前代未聞の速さでAランク冒険者へ昇格を果たし、冒険者ギルドの期待の星と噂された彼女が、今こうして人類の敵として相対している……彼等が忌むべき、怨敵の部下として。
――ザッ――
「セレーネ姉様!!!」
「ッ!?皆駄目だッ!退――」
彼女を慕う者達が駆け出す……信じられないと言う様に、再会を喜ぶ様に……そして。
――バチュンッ――
「あ〜?……何だお前等?」
その尽くが、瞬きすらせぬ内に肉塊と化し、死んだ。
「全員戦闘態勢ッ、アレは敵だッ!」
アーサーの号令と共に、皆が武器を構える……迷いの中で。
「ハッハッハーッ!モタモタしてると死ぬぞぉ!?」
「クッ!」
彼女は肉薄する……有象無象の中で、最も強き者、即ち勇者〝アーサー〟へ。
「クフフッ、前よりは強くなったみたいだなァ、勇者」
「セレーネさん……何故貴方がッ……まさか、ハデスに操られて――」
「はぁ?んな訳ねぇだろ、私は私の意思で此処に居るんだよ」
――ドッ――
セレーネが言葉と共に蹴撃を放つ、弓が、魔術が空を埋め尽くす……だが、無駄だった。
「しゃらくせえ!」
拳を地面に叩き付ける、それだけで地面を隆起させ、自身に迫るか細い攻撃を全て防ぐ。
「まだまだぁッ!」
隆起させた土の塊を殴る……それは大小様々な礫と化し、弾丸として飛翔する。
「う〜んッ!この武器スゲェなぁ、よく馴染む」
「ッ!」
「んぉ!?」
――タッタッ……――
土煙からの不意の連撃を躱し、セレーネは己を倒し得る唯一の存在を笑んで見る。
「〝魔物特攻〟……まさか自分がその対象になるとはなぁ、ケッヒヒヒッ♪」
「セレーネさん………今すぐ降参して下さい」
「ハッ、自分等の立場分かってんのか?……そういうのはの圧倒的に有利な状況で始めて言えるもんだ」
「貴方は1人だ、一人でこの数を相手にするつもりか?」
「当然、其の為に彼奴にやらせたんだからな」
「ハデス……あの男は人間の敵だ……貴方なら分かるだろう、アレは悪だ」
「だろうな、だから何だ?私は彼奴に負けた……彼奴は私に希望を見せた……退屈だった世界に色をくれたんだ……善も悪も知った事か」
「……そうか……なら――ッ」
――パァンッ――
「死ね」
砂煙を突き破り、鉄の雨が飛来する、辛うじて防御の構えを取ったセレーネの身体が削られ、血肉を散らしていく。
「オイオイッ何だソレッ!面白ぇな!」
――ブチブチブチッ――
「ハッハッハッ♪そうだな、そうじゃなければつまんねぇ!……〝狂戦の呪脈〟」
篭手が黒く光り、セレーネの身体を這う……それは多くの呪詛を漂わせ、セレーネの身体を蝕んでいく。
「〝怨魂装衣:悪羅の道〟」
それは鬼と呼ぶに相応しい角を持ち、見るものを殺さんと黒い眼を奔らせ、獲物を求めんと口を悦に歪ませる……赤と黒の鬼が居た。
「さぁ、私を楽しませてみせろ」
「やれ!」
「「「「「〝多重結合結界〟ッ!」」」」」
――ブォンッ――
アーサーの号令と共に、セレーネの周囲を魔法陣が囲む……それは繋ぎ合わさり、絡み合い、瞬く間に1つの檻を創った。
「〝聖剣開放〟……〝光示す賢杖〟」
聖剣が一転、白い杖へ変わる……それが地面を突いた瞬間。
――ズラッ――
四方八方を〝魔術陣〟が囲む……そして。
「〝蹂躙する光輪〟」
――ドドドドドッ――
セレーネの姿は搔き消え、爆発音だけが鉄錆た砂漠に鳴り響く。
「ッ?……何だ?」
――ドドドドド――
爆音の中で不意に誰かが声を上げた。
――ドドド ドド――
次第にそれは周囲の者にも聞こえる程、大きく成っていく、爆発音に混じって、何かが割れる音が響く。
――バババババッ――
次第に爆発音は消え、破砕音だけが響き、遂には――
――バキャンッ――
幾人の魔術師が作った結界、ソレが音を立てて破砕された……赤く紅い鬼、たった1人に。
――ブシュゥゥゥッ――
その鬼は。
「サァ、他には無いのか?」
飢えた獣の様に、そう言った。
○●○●○●
「おや、今度はまた変わったお客人だね?」
朱の雫を垂らす糸を弄びながら、その女性は椅子に座りながら現れた黒衣の集団を見つめる。
「あぁ、成る程……君等が主の言っていた〝異物〟かな?……今回は参加者として参入したみたいだね」
――ヒュンッ――
彼女の言葉を待たず、黒衣の集団はナイフを投擲する。
――プツンッ――
「あらら、相手の手の内が解らないのにソレは自殺行為だろう?」
――ジャランッ――
彼女がそう言った瞬間、上から大量の短剣が降り注ぐ。
「ッへぇ!…さっきまでの連中よりも動きが良い……流石、彼にちょっかいを掛けるだけは有る」
一塊になり、空へ障壁を張る彼等を見て、その女性は楽しげに笑う、するとふと何かに気が付いたように立ち上がる。
「そう言えば君達に名乗ってなかったね……私はタラト……〝彼〟の部下だ……まぁ〝まだ〟ではあるけどね」
「……は?」
刹那、空気が重く変わる……黒衣の集団、その中央で護られる様に立っていた女が、無感情にタラトを見ていた……。
「お兄ちゃんの……〝部下〟……?……お前が……お兄ちゃんの関係者?」
「ん?……まぁね?」
(気配が変わった……あの人間、何か――)
「………許せない……私以外に女が居るなんて……許せない……許せないッ」
――ドロッ――
その慟哭と共に、女の身体から黒い何かが現れる……。
「〝魔剣開放〟……〝狂愛の魔剣〟……お兄ちゃんは、私の物だッ!」
「――ッ嘘ッ、本気ィ?」
――ブツンッ――
――ザリザリザリッ――
――グシャンッ――
黒く流れる粘つくその液体が、不意に動き出し、恐ろしい速さで、降り注ぐ罠を破壊しながら突っ込む……タラトを吹き飛ばして……。
――パラッ……――
土の破片を撒き散らし、ソレは蠢く……何度も、何度も、タラトを吹き飛ばした場所を攻撃していた。
「死ねッ、シネシネシネッ!」
「イッタ〜イッ!……何なのソレ〜?」
「ッ!?」
その声は上から聞こえた……腕を繋げながら、タラトが驚嘆を浮かべ、見下ろしていた。
「ソレ魔剣だよね〜……〝彼〟も持ってたけどさ〜……そんな機能有ったの?……何で言ってくれないかな〜!?」
「『いや悪い、俺も初見だ……しかし、魔剣も聖剣と同じでそんなモン有ったのか』」
「お兄ちゃん!?」
タラトが分かりやすく怒りながら空を見ると、其処に口が生え、声が響く……それに女が反応する。
「お兄ちゃんどういう事!?その女は誰!?」
「あ、そうだ、ねぇ君、アレ本当に君の妹なの?」
「『さぁな、サッパリ分からん』」
「ふぅん……らしいけど?」
「巫山戯ないでッ、この声はお兄ちゃんでしょ!?…何で居なくなった――」
「『お、セレーネの所もかなり激しいな、それじゃタラト、好きに暴れて構わんぞ』」
「了解」
騒ぐ女等眼中にも無いと言う様に、そのまま口が消失する。
「取り敢えず、続きでも始めようか……詳しく知りたいなら私を倒して彼の所に行きな――」
「お兄ちゃんを返せッ!」
「えぇ……八つ当たりかぁ……」
(罠も大部分壊されたしなぁ……あんまり得意じゃないケド)
「〝糸遊の愛輪〟……そろそろ耳障りだよ、人間」
糸が伸び、地面に転がる骸に絡まる……すると、ユラユラと無数の死骸が起き上がり、女に殺到する。
「ッこんな奴「って思うでしょ?」――」
――パァンッ――
糸が淡く紫に光る、その瞬間、女の黒い液体を弾け飛ばしながら、骸が一斉に破裂する。
「〝人工魔装〟……だっけ?…凄いよね〜〝魔剣〟に近い物の作成、普通そんなの誰もやろうしないし、出来無い」
出来無い事を出来る事に塗り替える……それは、彼の望む人の在り方、そして彼自身の持つ人間としての性。
「本当に、謎の多い人だ……だから知りたいんだけどね……君は、そうでもないみたいだけど」
「黙れ…黙れ黙れ黙れェッ!!!」
黒い液体が溢れ出し、タラトを囲い攻めたてる……。
「う〜ん……まだ私に、君の世界は見えないね」
(この魔力量……〝そう言う事〟……それじゃ)
――ビッ――
「流石にコレは捌けないなぁ、諦めるかな……君等も道連れだよ」
その声と共に、タラトは殺意の濁流に消え――。
――ヒュンッ――
「「「ッ!?」」」
残った黒衣の、女を除いた全てもその首を糸に撥ねられ死んだ……。
残ったのは、脈動する黒い液体と、憎悪に顔を歪めた、女1人だった……。
●○●○●○
「ハァ……ハァ……」
「ケッヒヒヒッ……随分と疲れてるじゃねぇか…まぁ」
――パキッ――
「私も大して変わらんか?」
血錆びた砂漠、数十人居た彼等の数は減り、勇者と、鬼がボロボロの身体で相対する……。
「……〝肉体の超強化〟……」
「正解♪……お陰でこの様だ……全く最高だなぁ?」
「何故そこまでして、彼奴の味方をするんですか?」
「味方ァ?……お前等本当に人の話聞かねぇな?……大嫌いだぜ、本気で」
――パキッ――
「私は私の意思で此処に居る、彼奴の指示で無く、私の意思でお前達に敵対してるんだよ!」
――ダッ――
「気張れよ勇者……殺すぞ?」
「ッ!?」
身体を崩れさせながら、右腕に力を込めるセレーネ……それと共に、アーサーの前に1人の男が立ち塞がった。
「ッ!?」
「グオォォッ!?……クッソ痛エェェ!!!」
その男は無名の守護者であり、特段目を引く性質を何一つ持たない……中庸な戦士だった……端から見れば、ただの肉盾にしか見えないだろう……事実そうだ、だがその〝犠牲〟は。
「……フッ」
『……フハッ』
「『フッハハハハハッ!!!』」
幸か不幸か……いや不幸にも、悪魔と鬼の興味を惹いてしまった。
「彼奴ッ、あの野郎!……最ッ高のタイミングで割り込みやがったッ!」
崩れ行く身体で、砕けたソレを睨む女……。
「『覚えたぞ……〝ガチタン〟!!!』」
かくして、ただの守護者だったその男、〝ガチタン〟君は、悪魔のお気に入りリストに載ってしまった。
――ガチャンッ――
そして砂漠は消え……〝悪魔〟への挑戦者は出揃った。
――パンッ――
「『おめでとう、生存した131人の守護者諸君ッ、君達は見事、私の部下を討滅し、私の喉元にその薄汚れた刃を突き付けるに至ったッ!……歓迎しよう、賛美しよう!』」
――ゴゴゴゴッ――
部屋が揺れ、そして壁が消える……其処にはボロボロの者、或いは無傷な者……多くの生き残りが一つの部屋に運ばれていた。
――ガシャンッ――
「『準備が出来たら潜るが良い……暇潰しを終わらせようじゃないか』」




