精霊世界
――スンスンッ――
「ッ!」
次の瞬間、俺は甘ったるい花の香りに飛び起きた、湖の浅瀬に立ち、周囲に咲き誇る甘い花の色が目を焼く……丁度その時、セレーネが起きた。
「んん……んむぅ……?」
「起きろ寝坊助な姫さん、もう着いたぞ?」
『『『『起きろー!』』』』
「ハデスゥ……後五分……Zzz…」
「………ハァ、担いでくか」
セレーネがそう言い睡眠を再開したので担いで持って行く……というより適当に歩き始める。
『高〜い』
『うひゃ〜♪』
『わっほ〜い♪』
「………」
『『『きゃ〜ッ』』』
歩きながら〝遊ぶ〟、精霊が俺から離れたり、かと思えば戻ってきたり……犬を彷彿とさせて中々愉快だ。
――メキメキメキッ――
「おぉ、〝悪意〟に反応するのかな?」
地面から木の根が俺へ伸び、止めると止まる……成る程、悪心を抱くと襲うのか。
(う〜ん、しかも外部と連絡が取れん…不便だな?)
『貴方達は一体何をしているのですか?』
「んん?」
『『『『あッ!』』』』
花畑を延々と歩いていた最中、不意に横から声が響く……白い衣服に植物の紋様が描かれた服の……何処か神秘的な少女だった。
『『『『リアナ様〜!』』』』
その少女に小さな光の群が飛び付く、それを優しげに見て、撫でる少女……。
『悪意有る者は本来この世界には立ち入れない……ましてや悪魔等以ての外……だったのですが……フフッ、随分と変わった悪魔の様で、その女性も』
「変わり者ねぇ……良く言われるな、どうでも良いが……俺はハデス、人間滅ぼす担当の悪魔さんだ、貴方は?……まぁ聞いてたけど」
『ウフフッ……私はリアナ……精霊達の長の1人よ、宜しくねハデスさん♪』
「宜しく……で、そんな長が何用で?」
俺の問いかけにリアナが困ったように眉を寄せる。
『この子達が帰ってきてお客様を連れてくるって聞いたのですが……何時まで立っても来ませんので……』
「そりゃ……まぁ、うん……何か……すまない」
『ウフフッ、本当に悪魔らしくない御人です……久し振りに私が案内致しますね』
そう言い俺の前をテクテクと歩くリアナ……ふぅむ。
『子供達から聞きました……あの火竜を斃したと』
「まぁな、お陰で動けなくなったが」
『竜種は生物の中でもかなり強力な個体です、若くとも街を壊滅させる事が出来る程に……それに本来〝我々〟の領域に竜が来る事は〝龍達〟との盟約で禁止されている筈なのですが』
「へぇ、竜だけじゃ無くて〝龍〟も居るのか……〝会ってみたい〟なぁ」
『ウフフッ、あの方達は随分と血の気が多いのでお勧めはしませんよ?』
「そういうのは慣れてる」
歩きながら雑談する、時折菓子を強請られ、渡しながら――っておいお前は案内だろうが。
『まぁ、甘くてサクサクしていて美味しいですね……人の食べ物も悪くないです』
「案内が終われば茶も用意してやる」
『あら、それならもうすぐですね………見えてきましたよ♪』
花畑を進む事十数分、花畑の花弁が散り、舞い上がる……すると。
「城?」
『えぇ、初代精霊王〝ミレーア〟が創った城です…今は多くの精霊達が此処を中心に生活していますよ……さぁコチラへ、他の長達が待っています』
「分かった……後セレーネは良い加減起きろ、重い」
「ッ誰が重いッてぇ!?……あ?何だ此処」
「おはよう寝坊助プリンセス、精霊の住む城だ……で、今歩きながら焼き菓子食ってるのがその精霊王の1人」
「ッそうだ、おいハデステメェ精霊王が何なのか分かってんのか!?」
「知らん、精霊の王だろ」
「そうだが違うッ、良いか精霊王ッてのは何百年何千年生きた精霊が付けられる〝称号〟だ、本気のレアケースだぞ!?」
「ふ〜ん……そうなのかリアナ(ポリポリ)」
『えぇ、その女性の認識で間違いないですよ?(ポリポリ)』
「何呑気に喰ってんだーッ!!!」
荒振るセレーネを何とか抑え、リアナが大きな扉の前に立つ。
『それじゃあどうぞ♪』
「………」
「おう、んじゃ失礼―――」
――スパァァァンッ――
『リアナッ!今すぐその悪魔から離れなさい!』
「『あ(あら)……』」
扉を開けた瞬間、風の刃が俺の首を撥ねた、と同時にちっこい餓鬼が俺を睨み仁王立ちしていた。
『リアナ、お前何をしたか分かっているのか?』
『わ〜本物の悪魔だ〜』
仁王立ちしている餓鬼の後ろには茶色の少女と赤い少女が居た。
――グチッ――
取り敢えず、リアナと睨み合いしてるらしいし、首直し……ん?
「ンー………もうちょい右か」
『ッ!?』
俺がそう言った瞬間、緑髪のガキンチョが俺へ手を向ける。
――ギュンッ――
と同時に風の刃が飛翔し俺の頭を狙う
「フェイ」
『心得た』
――ジリィンッ――
豪速で飛翔する風の刃を逆十字のロザリオに変えていたフェイディアで打ち消す。
「リアナよ〜……流石に説明不足過ぎんか、俺悪い……悪魔だな、うん、一応人間から見れば極悪人だったわ、失敬」
『首を取られても話せるんですね〜』
「そりゃ、死体だし……で」
――ガシッ――
「お前さっきから鬱陶しいぞ?」
『リアナから離れろ、クソ悪魔ッ』
俺がリアナと談笑?をしていると横から風の剣で斬り掛かるガキンチョ……ふぅむ?
「で、聞きたいんだが君等二人はなして静観してるんだ?止めるか襲うかしてくれたほうが此方もやりやすいんだが……」
『え〜?だってお兄さん別に黒く無いし〜』
『………だな……悪魔と聞いて警戒はしたが、貴様の在り方が分からん』
『ッアンタ達正気!?このクソ悪魔はリアナを洗脳したんでしょ!?』
「そうなのかリアナ?」
『さぁ?どうでしょう?』
『ッ!?巫山戯るな悪魔風情がッ』
――ザリザリザリザリッ――
風の刃が更に力を増す、掴んだ腕が肉片に変わり、周囲に撒き散らされる程に……確かに、精霊王の名に恥じない強さだな。
「な〜リアナ〜……コイツどうするんだ?」
『う〜ん……取り敢えず落ち着かせる他無いのでは?』
「落ち着かせる……ねぇ?」
『出来れば無傷でお願い致しますね?』
「注文多いな……」
●○●○●○
「注文多いな……」
――ブンッ――
『クソッ、ちょこまかとッ』
巫山戯た事を抜かす悪魔に剣を振るう……しかし、それを躱される……私を落ち着かせるだと……?
「あ〜ガキンチョ、一応俺お前の同族が困ってたから助けたんだ――」
『ほざけ、そんなもの貴様が自作自演しただけだろう!』
「oh……悪魔差別は良く無いと思うぞ〜?」
その悪魔の言葉が一々私の神経を逆撫でする、その余裕そうな笑みが増々不快だ。
「あ、自己紹介をしようか」
『要らん、穢らわしい名等聞く必要も無いわ!』
「申し遅れました私ハデス……色々有って悪魔をさせて貰ってます、夢は……人類の絶滅、削減?……まぁ人類の個体数を減らす事ですね、趣味はトレーニングに物作り、お菓子作りです……あ、クッキー要ります?」
投げ渡された袋を切り飛ばし、肉薄する……。
「う〜ん、食物を粗末にするのは頂けないな」
ふと、男が消えた……声の方を見ると、地面スレスレに手を伸ばし、砕けたクッキーを手に包んでいた。
「リアナ、説得は無理何だが?」
「いや、説得じゃなくて煽りだろ」
『えぇ、私もそう思います』
「……」
「『確信犯……』」
――ブツンッ――
私を無視して、そのまま巫山戯た芝居を始める3人に、私はとうとう何かが切れた。
――ゴオォォォォッ――
『『『「ッ!?」』』』
「お〜!」
風が舞う……いや、吹き荒れる、室内をガタガタと揺らして、風の力が吹き荒れる。
『ミゼアッ、お前ソレは――』
『消えろ……〝嵐の災禍〟』
濃縮された風の力が、悪魔へ迫る……そして悪魔は欠片も残さず消え――。
「〝無形ノ貪口〟」
『……は?』
『『『「……は?」』』』
る事は無かった……その瞬間、力の塊を黒い〝何か〟が包んだ。
――グニュ……グニュ……――
『「高密度の魔力の塊だな……コレを一人で作れるのだから精霊王とは恐ろしい、美味いな、紅茶が欲しくなる」』
物の数十秒で食い潰し、無形のソレが人型に戻る……化物だ。
「しかし、人の話は聞かないわ、食物は粗末にするわ、挙げ句部屋の中で危険な力を使うわ……少しオイタが過ぎるぞ、ガキンチョ」
――ガシッ――
『ッ!?…は、離せッ』
「なぁリアナ、確か精霊って人の感情が見えたよな?」
『え、えぇ……何を』
「ちょっとしたお仕置きだよ、君等も〝目を閉じろ〟、下手に見ればどうなっても知らんぞ〜?」
――カツッ……カツッ……――
男は楽しげに近付いてくる、その目に少しの怒りもなく、ただ愉しげに……それが途轍もなく怖い。
「おいおい、お前は目を閉じちゃ駄目だろ」
近くで声がする、暗闇の中、目を開かせようと、私の目へ触れる。
『な、何をするつもりだ……や、止めろッ』
「何って……お仕置きだよ〝小娘〟」
そして、目を開かされ、眼の前に悪魔の優しげな笑みが見え……そして。
――ジッ……――
〝眼〟を見てしまった。
『 』
声に出したのか、出してないのか、分からない……ただ、叫びながら見た……その男の〝中身〟を。
赤い激情の怒りを、青く冷たい悲しみを、黄色く眩しい嬉しさを、ドス黒い殺意を、ヘドロの様な憎しみを、悍ましい執着を、享楽的な愉悦を、重く苦しい狂愛を。
目まぐるしい感情の変化、同時に現れる相反する想い、無限に夢幻の如く、白く、黒く、赤く、青く、絶え間なく瞬時に切り替わる感情の世界を……そして。
―― ――
何も無い空虚を、何も無い、何も映らない、何も見えない空虚を……理解する。
〝コレは化物〟だと。
人間じゃない、獣じゃない、生命を逸脱した化物だと、神でさえ測れない、〝人の触れてはならない物〟だと。
「『はい、おしまい』……もう開けて良いぞ」
何秒、いや何分、いや何時間?……ともすれば何年も居たような気さえする、その〝中〟から引き戻される……震えが止まらない、心に恐怖が住み着いた私を見て、〝ソレ〟は満足気に頷く。
「さぁ、落ち着いてくれた所で、自己紹介を再びしようか」
恭しく、芝居掛かった仕草でお辞儀をする男。
「私はハデス、人類の敵対者としてそう在る者です、宜しくお願い致します、精霊の皆様♪」
その場に居た誰もが、その男の事を、無言で見るしか無かった。




