悍竜は嗤う
「グガァァ「喧しイ」」
ブレスの為に口を開ける火竜、その口を伸ばした腕で強引に閉じてやる、それだけで炎が爆散し煙を吹く火竜。
「モット血を流セ、この身体にハまだ竜の素材が必要ダ……クヒャヒャッ♪」
ボタボタと流れる血を、影が啜る……。
「どウした、来ないノか?」
「なら、俺カらやってヤろう」
竜の口を開き、魔力を集める……黒く、黎く、冷たい魔力を集め、凝縮し、抑圧する……そして。
「〝屍竜ノ穢息〟」
当然、ブレスを吐く……直線の竜目掛けて、穢れた魔力が肉薄する。
――ジュッ――
「グゥゥゥッ!?」
「何ダ、避けタか」
ギリギリでブレスを避けた、竜が、掠り傷に呻く……まぁ、そんな事俺に関係無いが。
――ズドンッ――
「グルゥッ!?」
「此処じゃセレーネを巻キ込む……森を焦土ニ還すト、緑地化活動ノ団体に文句言われル、場所を変えヨうカ」
頭を前脚で踏み付け、首を竜の口で咥える……そして。
「確か、平原は向こうダったナ……」
――バサッ……バサッ……――
「悪いガセレーネヲ観ていテくレ、始末しタラ戻る」
『う、うん』
「良い子ダ」
俺はそのまま飛翔し、フラつきながらも移動を始めた……このデブトカゲ、無駄に重いな。
〜〜〜〜〜〜
――ドシャァッ――
「ッ!?!?!?」
「何時まデ寝てルつもりダトカゲ、貴様それデも竜カ?」
平原に〝優しく〟連れて来ると寝坊助が起きる……俺を認識した途端警戒と敵意を向けて来るな。
「何ダ、俺はもう忘レられタのか?……寂しイじゃないカァ、ナァおい?」
――グニャッ――
そう言い、俺の顔を創ってやると、途端に竜の顔が驚きに染まる。
「ッ!?」
「クッヒャッヒャッ、その反応ガ見たかっタ……アァ良い、答えてヤる」
満足な反応も貰えた事だ、種明かしと行こうか。
「死霊術ノ応用……お前にモ見せたアノ鬼の姿、アレは俺のステータスを筋力と速力、物耐に調整しタ形態だが……そうだナ、分かり易ク言うト〝自分ヲ対象にシタ死霊術〟だ……ソレを千の死肉と俺を使っテヤッタ……勿論、お前ノ血、お前ノ鱗、もベースにな」
それがこの竜のカタチに近い化物。
「〝千屍:悍ましき屍造竜〟……中々面白イだろう?」
とは言ってもトカゲ畜生には言葉が分からんか。
「千ノ死肉を喰ったお陰デ、尋常じゃ無イ魔力と肉体スペックヲ手に入れた……一時的ナモノだが……お前ヲ殺すには充分だ」
――ギュンッ――
「ッ!」
「ックヒヒ、だよなァ、ソウじゃ無いと面白くナい、モット抗え」
――グチュチュッ――
「グルァ!?」
「〝屍竜ノ穢息〟」
俺の攻撃を尾で弾いた火竜、それに大し、新しく創った竜口でブレスを放つ。
「あくマでもニセモノだ、本物ノ竜では無い……所詮は死肉ノ集合体……だから、無茶苦茶出来る」
――ガシッ――
――グチュチュ――
――バリッ――
掴んだ腕、その掌に口を生やし、噛み切る。
――グチュグチュッ――
――ギンッ――
六の羽が瞬く間に鋭く硬く靭やかな触手となって竜の身体を貫く。
「グギャアァァァッ!!!」
堪らず万感の力を振り絞り、空へ逃げる火竜はその口を開きブレスを放つ。
「ブレス勝負かッ、そういうのは大好きだ♪」
空から炎のブレスが、大地からは穢れた力のブレスが……ぶつかり、押し合い、そして対消滅を引き起こし、衝撃と共に消える。
「呆けタな?」
大地から一瞬で近付き、尾によって叩き付けられる火竜……しかし。
「ッほウ!」
その衝撃による落下と共に、俺の身体を爪で抉る火竜……流石だな。
「モット悪足掻きヲして見ろ、夜は長いゾ、クソトカゲ?」
『主、流石に暴れ過ぎだ、人間が来るぞ』
「構わン、餌にしてくれル」
今はこの竜と遊ぶのが面白い、邪魔をするなら殺してやろう。
――ゴォッ――
「ン?」
土埃に隠れて、一筋の炎が俺を貫く、俺の半身を。
「随分と、狡イ真似をすルじゃぁナいか…しカし」
焼き消された半身が炭となって地面に落ちる……バランスを失った俺も同様に落ちる。
――ベチャッ――
勝ち誇った火竜の顔が見える……だが、残念なことに。
「コの程度デは殺せなイ」
竜の形を止め、無形が広がる、収縮し、脈動し、幾百の眼を生やし、幾百の口を生やし、人の手を、獣の脚を覗かせて……そしてそれが霧散した時。
「グォォンッ!?」
其処に、さっきと変わらない……いや、それよりも大きな竜が居た。
「良いナ良いゾ、トカゲ、初めて怒リ以外を見せたな、震えていルぞ、怖気付いタな、忌避し、未知ニ怖れ、精神ガ摩耗していルぞ?」
それは、硬直する火竜に顔を近付け……6つの目で火竜の顔を見る、その周りを黒い瘴気が包み始める、その異常を火竜は気付かない、気付けない……〝目が離せない〟、怖れて、恐怖が脚を止める。
――ドクンッ――
「クックックッ、恐怖とは実に甘美な物だ、お前の様な極上の餌を見つけたのは、全く幸運と言って差し支えんだろうな……だが、まだ物足りん」
――ズォォォッ――
瘴気を吸収しながら、それは紫の光を放つ目で見据えながら言葉を吐く。
「爪を突き立て、尾を振り回せ、牙で食い千切り、炎を浴びせろ、再生させて敵が死ぬまで、何度も、何度も、何度も何度も何度でも殺せ、さぁ立て、お前は竜なのだろう、誇り高い竜なのだろうッ、何時までトカゲのフリをしている、翼を広げて立ち上がれ」
淡々と殺意を浴びせる化物、その瞳を覗いた竜は無言で、何も言わず見上げる姿勢のまま立ち尽くしていた。
「………何だ、死んだのか……つまらん」
その姿は傷付いて居るが健康そのものだった、しかしその目は虚ろで、口は開いたまま、涎を垂らし、死んでいた。
「このゲーム、実際に精神ショックデ死ぬとカ有るノか……凄いナ」
――グチュ……グニュ……――
火竜の骸を取り込みながらそう呟く竜の男……その視線の先には、火の光を灯しながら、遠く街から行軍する軍団が居た。
「プフゥッ……喰い終わったし、帰るか」
それだけ言うと、興味が無いとでも言うように、空の闇へ消える……後に残されたのは、大地が砕けた惨状と、大量に広がる血の海だけだった。
『特殊ボス【火吹竜:グリクス】を討伐しました』
『特殊クエスト【精霊樹への来訪者】が開始されます』
●○●○●○
――ガシャンッ!――
「何で!?何でよ!?」
何処かの屋敷、万人が近寄らない廃墟の屋敷で、高価な品を薙ぎ倒し錯乱する女が、目を血走らせ爪を齧りながら叫ぶ。
「〝お兄ちゃん〟の為に折角集めたのに、何でよ〝お兄ちゃん〟!?」
彼女等〝黒の崇拝者〟がまたしても街を壊そうとしたその時、正体不明の〝黒い影〟に殺された、という報告、そしてその現場に残されたメッセージが守護者達に晒された事が原因だった。
――『狂信は不要である、疾く失せろ』――
「ッそうだ、きっと私だって気付いてないんだ……そうだよ……ウフフッウフフフフッ」
――ポタッ……ポタッ……――
「そうだ、逢いに行けば良いんだ」
待っててお兄ちゃん、直ぐに逢いに行くから♪
○●○●○●
――ボトッ……ズズズズッ……――
竜の姿が縮まり、死肉がグズグズに溶けていく。
「フゥゥゥッ………動けん」
荒れ果てた森の中で、俺は大の字になって寝そべる……腕の1つも動かせない、当然だ、あれだけ無茶苦茶したんだから、反動が動けないだけなのは寧ろ奇跡だろう。
「アァそうだ、セレーネは?」
「此処だ……馬鹿野郎……」
「ハッハッハッ、ボロボロじゃねぇか……〝ホラ〟直したぞ」
砕けた四肢に死肉を継ぎ足す……適応に時間は掛かるだろうが、コレで最低限の治療は出来たな。
『『『『わーッ!!!』』』』
「は?―――ぶぇッ!?」
一息付いた瞬間、背後から声が響く、振り返った瞬間十数の精霊に集られる。
「あ、え!?な、何だぁ!?」
セレーネも同じらしい……何が起こったんだ?
『本当に竜をやっつけたんだ!』
『『『すごい!すごい!』』』
『ありがとー!お兄さん!』
『『『ありがとー!』』』
『精霊王様に伝えようよ!』
『『『そうだそうだ!』』』
『それじゃあお兄さん達も連れて行こう!』
『『『『さんせ〜い!』』』』
――フワッ――
次の瞬間、俺とセレーネは宙に浮き、精霊に連れられて運ばれていく。
「お〜いハデス!この餓鬼共何なんだ!?」
「ハッハッハッ!どうやら俺達は精霊王に逢いに行くんだとさ、面白くなって来たなぁセレーネ!」
「はぁ!?…ッ、ちょ、待――」
湖の真ん中まで運ばれ、落とされる……冷たい水が心地良く、次第に眠気が襲い来る。
――プツンッ――
そして、俺とセレーネは意識を閉じた。




