悪夢の劇場に狂騒は奏でられる②
――ゴーンッ……ゴーンッ……――
狂い鐘の音色と共に、ソレは繭を壊して現れた。
「※※※※※※※※!!!!」
皮のない剥き出しの肉体、膨れ上がり、繋ぎ合わさり、人の器官を狂った様に動かして這い回る異形、外道の成れの果てとは言え、この末路は余りに憐れであった。
――ズルズルズル――
それは複数有る鼻から匂いを嗅ぎ取ると迷い無く動き始め……民家を壊して侵入し……。
――ガシィッ――
「キャアァァァァ!?!?!?」
「ッ!?逃げなさいイーシャ!バン!」
「母さん!?」
其処に隠れた人間へその身体を伸ばした、静寂は一転し阿鼻叫喚の地獄へ姿を変えた。
先ずは不運にも母親が、その身体を触手に締め上げられ身体を折られて死んだ。
「ミリアァァァ!!!」
次に父親、憤怒と共に振り下ろされた斧は確かにソイツの触手を断った、痛みにのたうち回る化物は身体を振り回し、男を壁の染みに変えた。
「※※※※※!!!」
「「ヒィッ!」」
荒れ狂う化物は憎悪に身を包み、抱き合い震える子供達に触手を振り下ろした。
●○●○●○
「ゲームスタート……流石に相手が近くに居てこんな場所に隠れるのは悪手だろうになぁ」
「キシャーッ」
「うん?腹減ったぁ?お前そんなんだから肥ってるんだぞ?」
「キ、キシャーッ!!!」
「分かった分かった、分かったから噛むな噛むな!……ほれコレでも食ってろ、帰ったらダイエットだぞ?」
「キシィ……」
「た、助けて!」
「ん?」
アジィと戯れていると突如前から声が聞こえた……振り向くとどうやら、運悪く〝アレ〟に捕まったらしい、泣きそうな、恐怖の顔で俺へ手を伸ばしてくる男が居た。
「大丈夫大丈夫、一回死んでも実際に死ぬ訳じゃ無いから!ちゃんと守護者諸君が助けてくれるよ!頑張れ!」
「い、嫌だ!こ、殺されたくない……助けて、助けてェ!」
「そりゃ御愁傷様、近くに守護者が居ればワンチャン有ったな、残念残念……それじゃあ、他のトコも見てみようか」
貪られる住民に目もくれる事無く、ハデスは其の場から姿を消した。
○●○●○●
『―――ッ…――聞こえますか!?』
「あぁ、聞こえるよ……どうやら今回は通信妨害が無いらしい」
――ゴーンッ……ゴーンッ……――
狂った様に動く鐘、そして遠くから響く人の悲鳴が街を包む中、古臭い民家の中で、1人、会話を始める男……プロフェス。
『そうか、良かった』
「そうとは言い切れない、今回の〝遊戯〟は前の迷宮と比較にならない凶悪さだ、まさか1度しか見せていないあの術式を解析されると思わなかった」
『あぁ、やはりアレは異常だ、人間じゃない』
「そういう発言は控え給え……と言いたいが、今回ばかりは同意見だよ、短期間で我々の切り札を解析する異常な思考力、実物では無いと言え何の躊躇いも無く人を殺せる〝割り切り〟、そしてこのゲームに仕込まれたドス黒い〝悪意〟……同じ人間と呼ぶには何かがズレている」
『確かに……宣戦布告から2週間、何人ものプレイヤーが街の監視を続けていた、何の異常も見られなかったのに、どうやって……』
「〝大規模魔術陣〟……私の使うモノより遥かに大規模だ……恐らく、最悪の推測だが、街1つを丸々魔術陣に作りかえたんだろう…地面を掘って、或いは何かの目印でも創っていたのかも知れない、だが重要なのはこのゲームの本質だ」
『本質?』
「うむ、街を1つの牢獄に作り変える、其処に鬼を放つ、しかしその本質は脱出ゲームであり、そのまま脱出する事も可能、それがこのルールだ」
『………ッ!』
「気付いたかい?脱出出来るんだよ、鬼に喰われた〝彼等〟を見捨てれば……ハデス君…いや、ハデスの標的は我々だ、住民は資源に過ぎない……〝救う〟のか〝切り捨てる〟のか、我々の判断の過程を見物している……この世界は文字通り〝劇場〟なんだ」
『…悪魔が』
「正しく悪魔だ、さぁ、それが理解出来たなら手早く謎解きだ」
「リーダー、此方を」
「有難う……アーサー君、都合の良い事に少しの収穫が手に入った」
資料に目を通しながら、通話を続けるプロフェス。
「広場を訪れた調査員が〝ヒント〟を見つけたらしい、ソチラにも有るかも知れない、もしかすれば我々の脱出方法は違うかも知れない、探してくれ」
『分かりました、進展が有れば報告します』
通信を切り、〝鬼〟の位置を確認しながら、報告書と、其処に貼り付けられた写真を見る。
――――――――
狂った戦士は鉄錆た剣を
神が居座る地には反逆の十字を
統べる者の宝物庫に財貨を投げよ
妄信の果てに正義は穢れ
4つの楔で悪夢は出来た
総ての楔解きし時、狂鐘の音は止まり、悪夢は終わる
しかし留意せよ、夢に巣食う彼方の獣は悪夢が覚めるを望まない、悪夢の中では獣は死なず
――――――――
「成る程、4つの楔ね……彼等の〝咎〟か……?」
――ピピッ――
『リーダー、何か分かりましたか?』
「うむ、本当は確信を得るまで頷きたくは無いが、時間制限も有る、単刀直入に言うが〝上に目を〟放ってくれ、〝教会〟、〝領主館〟、〝街全体の形状〟を私に転写して欲しい」
『了解しました』
「鬼が近い、1度通信を終わるよ」
――プツッ――
――ズル……ズル……――
『嫌だァァァ!!!!』
「すまないが1度犠牲に成ってくれ」
近くで襲われたのであろう人の声に小声を返し、プロフェスは窓から家々を跳んで離れる。
●○●○●○
『おいおいボス、早速気付かれてるぞ?』
「んん?……お〜本当だ本当だ、偵察の使い魔……この感じ……プロフェスかな?」
バリッドの報告を受けて、俺は〝下〟を飛ぶ使い魔の姿を見る……空から大地を見ている、明らかに索敵では無いこの挙動に、〝賢者〟の顔を思い出す。
「アレの事だ、情報の共有は済ませている筈、今はヒントの場所を探し出してるって所かな?」
『どうするボス、潰すか?』
「否、コレで良い……このままで良い、ゲームバランスを崩すのは好きじゃないんだ、お前達が手を出して良いのは〝アレ〟だけだ」
『へいへい、了解』
――ズル……ズル……――
「ハァッ……ハァッ……――」
お、また見つかったか……ふむ、怪我は負ったが生きている、それなりの冒険者か、見た所少女を庇ったのか?
○●○●○●
「急げ!脚を止めるなよ!」
荒い息を吐きながら、俺はソイツ等の後ろを奔る、すぐ後ろには、肉を引き摺りながら迫る化物が居た。
「グッ……クソッ」
「御免……なさい………私のせいで」
「あぁ!?お前がそんな事気にするな!」
俺が脇に抱えた少女が吐いた自責の言葉を、俺は一喝する。
「(だがどうする?このままじゃジリ貧で全員死ぬ、冗談じゃねぇ、せっかく助けた生命をみすみす殺させてたまるかよ!)」
俺は走りながら周囲の音を探る……昔から半人前だった俺だが、耳の良さだけは誰にも負けたことは無かった。
――『―――』――
「(聞こえた!)――おいッ!お前走れるか!?」
「ッは、はい!」
「お前等走れ!絶対に止まるな振り向くな!」
只管走るソイツ等にそう言い俺は少女を降ろす。
「絶対に止まるなよ!」
少女にそう念を押し、俺は化物の方へ走る。
(あの声の野郎は確かに言った、ゲームクリアで全員生き返ると……なら!)
俺の殺ることは……1つだ!
●○●○●○
「おぉ!コイツマジか!?」
次の瞬間、背負っていた少女を走らせ、自分は〝アレ〟に向かって駆ける男、満身創痍の身体で突貫し……。
「守護者ァァァ!!!後は任せたァァァ!!!」
――ドォォンッ!!!――
自ら〝アレ〟に食われ、盛大に自爆した。
「見たか!?見たかバリッド!?彼奴、あの男の判断を!」
『あ、あぁ……見てたが、何でそんなテンション上がってんだ?』
上がるに決まってるだろうがお前、あの男は自分の限界を悟って瞬時に判断し、少しでも全員が生存する為に自らの生命を捨てたんだぞ!?
「覚えておけバリッド!アレが英雄だ!アレがヒーローだ!派手で完璧じゃ無い!泥臭く高潔なあの男がヒーローなんだ!」
やれ聖剣だ、やれ女神からの祝福だと特別な力で出来た贋作ではない、必死に一心不乱に諦めず立ち向かう〝人間〟こそが〝英雄〟に相応しい。
「フフフッ!……あぁ、そうだな…英雄の覚悟には相応の敬意が必要だろう?」
『おいボス、アンタ介入しないんじゃなかったのか?』
「基本はな、別に相手に不利になる事では無い、〝彼〟の守ろうとした〝人間〟への追撃を止めさせるだけだ」
俺が手を翳すとソレはピクリと震え、動きを停止させる……すると眼の前の獲物が居ないとでも言うように、くるりと方向を変えた。
「彼の名前は……そうか〝ライア〟と言うのか」
覚えたぞ。
「それじゃあ、次の場所へ行こうかね」
『おう、行ってらっしゃい』
思わぬ〝拾い物〟に抑えられぬ感激を押し込めて、俺は次の街へ消えた。




