獣の軍靴と強欲者④
「聞くだけ聞こうか」
俺は眼の前の少女、リーアを見据え、続きを促す。
「この街の人達を守って欲しい」
「……ふぅむ……俺がこの街に何をしたか、知っている筈だが?」
「知ってるよ……でも、今この街の中で、この街に居る魔物を倒せるのはハデスさんだけだと私は思ってる」
「その根拠は?」
「ううん、無い……でも、きっとそう……アーサーさんやプロフェスさん、他にも凄い人は居るけど、ハデスさんみたいな事は出来ないから……だから、取引として、ハデスさんに街を助けて欲しいの」
「俺がこの街を滅ぼそうとしていてもか?」
「だから守って欲しい……街も、人も」
「……その対価は?」
「私の全部」
「………」
俺の問に、彼女は即答する……凡そ10万人余りのこの街、それを救う対価が、この娘一人の魂ねぇ?
「その意味が分かっているのか?お前は今、この街の住民全てと、お前一人の生命が同等と言っているに等しい、お前一人でその全ての要求を呑ませられると?」
「私はお菓子作りなら誰にも負けないよ?何時でも美味しいお菓子を作れる、ハデスさんの好きなアップルパイも」
「………お前の生命1つで、この街の全てを護れと?」
「うん」
迷い無く答える〝リーア〟、その〝色〟は〝自信〟と〝覚悟〟に染まっていた。
「……クッ、フフフッ♪」
ただの菓子が美味いだけの童だと思っていた……人の良い、純真なただの童だと……思い違いだったか、リーア、お前は何とも……〝欲張り〟な奴だ。
「アッハッハッ!良いだろう、良いだろうとも、その契約、呑んでやろう……ただ」
こんな無茶苦茶な契約を提示し、あまつさえ自分の全存在を取引材料にしたんだ。
「お前に相応のモノを用意するぞ?……死んで両親に逢うことは叶わないと知れ、お前はこの世が終わるその時まで、精神の摩耗すら許されず、知己を得ては失う喪失の苦痛を味わう事になる」
俺は自分の身体から肉を千切る。
「〝我は悪の魔、有らん限りの呪詛を込めて、我は新たに創造せん〟」
握り締め、呪詛を流し、魔力を込める。
「〝不死の肉、不浄の力、人道を歪ませ、外道へ誘う悪意の種、悍ましき不死の呪い、解けぬ魂の縛り、かつて人が求むる不老は、最悪を以て顕現せり〟」
魔力を込めて、俺は暫く呪詛を込める……暫くして掌を開くと、赤黒い結晶が出来ていた。
―――――――
【不死の呪薬石】
不浄の魔力と、不浄の肉を用いて創られた薬石、飲む者に不老不死の力を与え、精神を固定する力が有る……しかし忘れるな、コレは悪意より生まれた呪薬、後悔しても、もはや取り返しのつかぬ道へ続いている
―――――――
「コレを飲め、〝強欲の少女〟、今更無理とは言わせんぞ?」
「……分かってる」
俺の手から薬石を摘むリーア、ソレを持ちながら目を閉じる……そして、ソレを飲んだ。
――ドクンッ――
「ッ!? ア”ア”ア”ァ”!!!」
身体を呪いの痣が奔る……肉体を蝕み、魂を繋ぎ、苦痛を与える……だと言うのにリーアは、涙一つ流さず、耐える。
「………」
痣が身体を這い回り、そして手の甲に異様な紋様を作る。
「グ……フーッ……フーッ……」
「今この時より、お前は人では無くなった……〝強欲の魔女〟リーア、お前の覚悟、お前の狂気を、俺は憶えておくぞ……魂の形を歪めたのだ、二度と御国へ渡れんぞ?」
「分かってるよ……ハデスさん」
「よろしい……それでは、俺も契約を果たすとしよう、全住民の〝守護〟を、な」
店を出て、俺はインベントリから〝ある物〟を取り出す。
「ソレは……〝笛〟?」
「正解」
俺は息を吸い、そして笛に息を送る。
――ブオォォォンッ――
地の底から響く様な、そんな寒気のする音色、ソレを街全体に響かせる。
「この笛は〝災いを呼ぶ笛〟、俺が造った呪物、その初めての成功品だ」
静まり返った街の中で俺はリーアへ語る。
「この笛〝自体〟には攻撃性は無い、普通のものが使おうともただの笛でしか無い……だが、俺の様な死霊に関する者、尚且つ相応の力を持つ者が扱えば、その真価は発揮される」
――ゴポッ――
俺より分かたれた〝影〟が泡立つ。
「かつて、不遜なる人を間引く為に、天使が遣わされた、その天使は笛を吹き、〝災い〟を喚んだ」
――ゴポッ、ゴポポッ――
「〝空より来る火〟? 否…〝全てを喰らう暗い濁流〟? 否……〝震え噴き出す大地の怒り〟?……否、否ッ」
――……ジ――
「それは単なる〝現象〟、しかして人々はその〝災害〟を恐れ、〝生命の天災〟と形容した」
――ジジジッ――
「人の何倍も小さな体躯、しかしその悪食は凄まじく、その貪食は留まるを知らない……一を喰らい十となり、十を喰らい百と成り、百を喰らい千に、千を万に、万は億に」
止め処無く増え続ける〝貪食の害魔〟。
「来たれ、食い尽くす悪獣」
”災いを呼ぶ笛”、そこより出る災禍。
「”招来:満ち知らずの蝗王群”」
――ガチガチガチガチガチガチガチガチッ――
「〝蟲を喰らえ〟」
何十万の蝗の群れが羽音を鳴らしながら羽ばたく……悍ましい速さで、ソレは近くに居た蟲を見つけると向きを変えて飛び出し。
――ブンッ――
通り抜けた……其処に〝蟲〟の姿は無い。
「繁殖力と繁殖力の勝負……姿形は小さくても、コイツ等の食欲は天井知らずだ、自分の何倍も喰らい、そして際限無く増えるぞ?」
んん? そんなモン呼び出して大丈夫? 馬鹿じゃねぇのだと? 問題ないんだなコレが。
「獲物が無くなれば共食いして一匹以外は消滅する」
その一匹も活動限界を迎えて死ぬ。
「そんで例の女王種だが……ふむ、西はアーサー達が行ったか、なら……コレでよし」
――〝出て来い、我の眷属達〟――
俺の声と共に、影から6人の死霊が出てくる。
「や〜っと出番だぜぇ〜!監視者通して見てたけどアレ殴り甲斐が有りそうだぁ♪」
「セレーネ、待たせたな、雑魚は〝アレ〟が処理する、お前達はそのまま女王種を潰せ、西は行かんで良い、アーサー達にやらせる」
「ニシシ、りょーかい!」
6人が3方に分かれて飛んで行く、コレで良いだろう
「リーア、紅茶と菓子の用意を、どうせなら鑑賞でもしながら観物と洒落込もう」
「あ……え?」
「ほら、早く行った行った、紅茶とテーブルは俺が用意するから、菓子を持ってきてくれ」
「わ、分かっ……た?」
○●○●○●
――ザシュ……ヒュンッ…――
「だぁ〜!数が多過ぎんだよッ!鬱陶しい!」
「良いから攻撃して!絶対に此方に近付けさせないでよ!?」
円卓本拠……入口の至る所を、避難所を重点的に護る数百の守護者達が吠える、終わりの見えない光景にストレスが溜まり、場の空気は凍えていた。
「ボス……頼むぞ」
砦の指揮者、円卓の幹部である〝アグラヴェイン〟は、女王討伐に行った長達を思い出しながらそう呟いた。
「どけい!」
――ザンッ――
轟音が響き渡る、大通りを人影が駆け、その剛剣を振り回す、一人だけではない、ワラワラとその男に続く様に、大通りを行軍する者達が各々が各々の方法を以て、蟲を駆除していく。
「フゥ……復活に時間が掛かってしまった、お陰で大惨事だ」
「まぁ、住民の被害は今の所少ないらしいですよ?怪我人だけで死傷者は居ないらしい」
「ソイツは重畳、アーサーがボスを倒す間、俺達は街の蟲を駆除していく、避難所の周辺を優先しろ」
「「「うす!」」」
――ブブブブブッ――
「ッ!?リーダー! 前方から生命反応……数が多過ぎて分からない!新手だ!」
「ッ!」
一人の男がそう告げると、全員が殺気立つ……前方に見えるのは、羽音を鳴らしながら蟲達を飲み込む黒い〝靄〟……否。
「バッタッ!?」
「蝗害かよッ!?……ん?」
初めはその多さに悲鳴を上げていた面々であったが、その異様な行動に皆の手が止まる。
「GIGIGIGI!?!?」
「蟲を……喰っている?」
眼の前の一団には目もくれず、直向きに周囲を飛び回る蟲と、蟲の死骸を包み込む蟲の群れ……やがてソレは、周囲に蟲が居ないと理解したのか、空へ消えて行った。
「「「「「………どうなってんの?」」」」」
「知らねぇよ……マジで何だったんだ?」
●○●○●○
「〝炎嵐〟、さぁ手早く行こう」
平原を、炎の嵐が吹き荒ぶ、周囲の蟲を諸共に飲み込み、塵に変えていく5人の集団、学者の風貌をした男性が杖を降ろし、向き直る。
「ッ!皆静かに、アレを見て」
斥候の少女がそう告げ、指を指す……其処には、〝蟲の女王〟が居た。
「露払いは任せ給え、私とフィネル君で散らす、本命は君達3人で仕留めてくれ」
「「「了解」」」
「では……〝爆炎〟」
プロフェスが魔術を行使する、それと共に四人が駆ける。
『「キィィィィッ!!!」』
甲高い絶叫が場に響くと同時に蟲の群れが5人へ殺到する。
「〝威圧〟、プロフェス」
「無論……〝土操作〟」
――コンコンッ――
少女が放つ濃密な死の気配に本能から脚を止める蟲達、その瞬間地面を陥没させ、埋め殺すプロフェス。
「〝聖撃〟」
神聖な斬撃が飛翔し、正面の蟲を諸共に蹴散らしていく、異様な程に柔らかく、まるで抵抗を感じさせずに。
「やはり、コイツは〝悪魔〟の性質を持っているッ、皆!聖水を使えばコイツは効く!」
「ウラァ!……それよりアーサー!〝溜めれる〟か!?」
「時間は掛かるッ」
「上等!ならブチかまして削れ!その間は守ってやるよ!」
アーサーを守る様に集まり、蟲を散らす3人、直後アーサーが開放した聖剣の魔力を感じてか、蜘蛛の異形は金切り声を上げる。
「『キ、キィャァァァァ!!!!』」
ソレはさっきの声とは比較にならない大絶叫、皆がそれに警戒を高め、奇襲に気を遣っている……だが、いつまで経っても援軍が戻る気配はない。
「どうやらお仲間は今手が離せないらしいね」
「ブチかませアーサー!」
白銀は金を帯びて、空へ伸びる。
「キィ――」
その圧倒的な脅威を前に、逃げようとした異形の半身を、抉り取った。
こうして、苦戦する事無く、西の化物は討伐されたのだった……援軍が来ていれば、勝負は分からなかったが。
〝何故〟来なかったのか……それを彼等が知るのは、まだ少し後の事だ。
残るは3の化物……しかしそれも時間の問題だろう。
何故ならば。
化物を狙う、飢えた獣の様な者達が近付いているのだから。
「んん、美味い」
その主である男は、呑気に茶をしばいているが。




