147 悲惨なパラレル昭和男子
◇原山良作、昭和27年生まれ
俺は、貧乏な家に生まれた男子は種馬として使い潰していいって村の生まれ。
普通は男子を村長の家に差し出す。お袋は拒否。一緒に住んでた婆ちゃんも、お袋に賛同してくれた。
時代も変化してるっぽいし、どこかで国に助けを求めようって考えていたんだ。
俺の将来を心配してた。
俺が会ったことない父親、同じく会ったことがないお袋の同世代男子2人。お袋は、彼らの悲しい種馬生活を知ってた。
だから俺を村から逃がそうとしてくれた。
暮らしか?
小さな村で村長に睨まれてんだぞ。いいわけねえだろ。
俺も村長の娘が同世代と女の子と遊ぶの邪魔すっから、家族が孤立してた。
小学校にも何度か行ったが、嫌がらせで机さえねえ。5~6回しか通わんかった。
そんでもお袋は働いて、少しずつ金貯めてくれて、俺を連れて都会に出ること考えてた。
6歳までは家に婆ちゃんいたから、2人きりは5年くらいだな。
俺も畑を手伝ったけど、なにぶんガキだ。
メシは作れるようになった。
男子を生んだときに出る出産祝い金制度ってやつができてて、俺名義で貯金してあった。これだけは村長も手出しできんわな。
俺が生まれたときに村を出てれば良かった?
だろうけどお袋も江戸時代みたいな風習の村で生きてきた人間。ネットどころか、家にテレビもねえから外の情報も少ねえ。
慎重になったと思うんだ。だから金貯めて俺を新天地で食わせられるように準備した。
そこの小さな社会しか知らねえのに、村を出たら2度と帰れず縁も切れる。
その覚悟してくれただけでありがてえよ。今でもお袋に感謝してる。幸せだったな・・
だから俺も抵抗する気持ちが持てたんだと思うぞ。
けどな、お袋も周りに色々と言われながら孤独の重労働を続けてたんだ。体がボロボロだったんだよ。
俺が11歳の7月、母親が畑で倒れた。無理もたたってたし、自分で立てなかった。なんとか引きずって家の中に入れた。
俺は考えた。
村長に頼んで、医者の手配を頼もうって思った。けどお袋は言った。
「大丈夫。私は寝てれば治る。村長だけには頼っちゃいかん」
あんまりにも鬼気迫る言い方だったし、その日は言われた通りにした。
けどお袋は、治るどころが衰弱していく。お袋が倒れて3日目に村長の家に医者の手配頼みに行くことにした。
もう夜で9時くらいだったかな。
家を出る前、お袋は自分にもしものことがあったらとか、縁起でもねえこと言うんだ。
村長の家に飛び込んだら、医者は呼ぶって言われた。
「けど、条件があるんだよね」
お袋の面倒をみる代わりに養子になれって言われた。
お袋が考えてた通りだった。俺は、解放される訳じゃなかった。
精通が始まるのを待って、村で子作りさせられたあとに『出荷』される予定だった。
お袋が農協に米売ったり、野菜売ったりすんの、意外に妨害されんかった。餓死したりしねえように調整されてた。
逆に細かな情報がうちの親子に届かないように操作してたんだな。
大人達は勝手に俺を他の村にも子種レンタルすること考えてたんだな。手を出してこなかったのは、時期が来てなかっただけだった。
お袋の命の方が大事だから、ひとまず養子を承知した。
誰かに車出させて隣村の診察所から医者連れてくる。4時間くらい待ってろって言われた。
お袋が心配だから、俺だけ家に急いだ。
けどよ、家に帰ったら、お袋がもう・・
お別れもできんかったよ。
あっと、すまねえ。涙じゃねえよ、汗だ。
バカヤロ、男が簡単に泣くかよ。
依子、ハンカチありがとな。
そりゃ悲しかった。1時間くらい呆然としてた。けど普段から、お袋に言われてた言葉を思い出した。
自分に何かあったら村長に拘束される。だから通帳、ハンコ、現金持って、とにかく村を出ろって。
道路は使うな。川を使えって準備してた。
そして俺は決意して動いた。




