第二十一話「彼の秘密」
オー爺。
プレイヤーを惑わせる『罠の選択肢』だったはずの家庭教師。
知識もなく、魔力も無かったはずの彼が……魔法の名門・フィンランディ公爵家の一族だった?
「殿下、その名前は……!」
慌てた様子のオー爺に、オズワルドはたったいま思い出したように手を打ち、悪びれることなく両手を頭の後ろに回した。
「あ、そうか! オー爺の本当の名前は父上と僕、三人だけの秘密だったな!」
「まったく……あれほど申し上げましたのに」
「うっかりしていた! だが大丈夫だ! ソフィーナにはちゃんと秘密にするよう言い含めておく」
「ソフィーナお嬢様は大丈夫そうですが、殿下は心配ですな」
オー爺はため息を吐いてから、王宮の入口に向かって身体を向けた。
「一度お父上に言って厳しく叱ってもらいましょう」
「そんな!?」
ヘラヘラ笑いから一転、涙目になるオズワルド。
それを余所に、私は表示されたウインドウを睨みながら思考を回していた。
『オーガスタスにレイラを守らせますか?』
初めての選択肢だ。
この場所でこんな質問をしたのは初めてなのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
内容から察するに、今回のイベントを解く鍵になりうる可能性を十分に秘めている。
戦力としてはアテにできないが、フィンランディ家と繋がりがあるのなら当主に謝罪させる作戦が可能になるかもしれない……!
ただ、不安もある。
フィンランディ家であることを隠しながらこんなところにいるのだ。
何か後ろ暗いことがあるかも……いや、あるだろう。
(いま考えても仕方がない。なるようになれ、だ!)
結局、私ができることは一つしかなかった。
出現した選択肢をすべて試し、お姉様が幸せになるルートを探し出す。
それだけの人生――
――みんなでハッピーエンドになろうね
ふとノーラの言葉が頭をよぎり、私は首を振るった。
(……お姉様に幸せになってもらって、私も最低限の生活を享受する)
『オーガスタスにレイラを守らせますか?』
→はい
いいえ
▼
「頼むオー爺! 父上にだけは言わないでくれぇ!」
「今回ばかりはなりません」
「そんなぁ!」
オー爺の足にすがりついて喚くオズワルド。
どうやらオー爺=オーガスタス・フィンランディであることは相当な秘密なようだ。
その辺りの事情をまずは聞きたい。
(まずは邪魔者を退けるか)
「オズワルドさま。ちょっとこちらへ」
オズワルドを引っぺがし、こっそりと耳打ちする。
「オー爺さまの説得は私に任せてください」
「できるのか!?」
「お任せくださいっ」
「おお! お前もたまには役に立つじゃないか!」
投げ飛ばしてやろうか。
ぐぐっと怒りをこらえ、無邪気な笑顔を維持する。
「もちろんですっ。オズワルドさまのお役に立てるのなら、私は何だってやっちゃいますよー」
「いい心がけだな!」
「ただ、今回は少し時間がかかると思います。オズワルドさまは先に戻って勉強していてもらえますか?」
「うむ!」
先程までピーピー喚いていた姿はどこへやら、ふんぞり返りながら邪魔者は去った。
「あ!」
裏庭の出口に差し掛かった時、オズワルドは振り返って人差し指を自分の口に当てた。
「ソフィーナ、オー爺の本名は秘密だからなー! 誰にも言うんじゃないぞー!」
「……」
デカい声で秘密を叫ぶな。
▼
「オズワルドさまが失礼いたしました」
「いえ、元はと言えばワシが迂闊だったせいです」
どうやら隠れているオズワルドに気付かず、ここでエルヴィス陛下と会話してしまったらしい。
秘密にするよう言い含めてはいたが、あっさりと暴露されてしまった。
オー爺は決まりが悪そうに被っていた帽子の位置を何度も正す。
「今の話は聞かなかったことにしておいていただけますかな?」
「もちろんです。秘密は守ります」
「ありがとうございます。では、ワシはこれで」
きびすを返し、そそくさとこの場を立ち去ろうとするオー爺に、私は声を掛ける。
「オズワルドさまは陛下に叱られたくらいでは懲りませんよ」
一時的に秘密を守るようになるかもしれない。
しかし時間が空けばそれも忘れ、また『うっかり』してしまうだろう。
あいつはそういう奴だ。
私の言葉を受け、オー爺は身じろぎした。
「そのご様子ですと、あなたがここに居ることがバレるとまずい相手がいる……ということでしょうか」
「ソフィーナお嬢様。余計な詮索は無用に願います」
「詮索ではありません。ただの独り言です」
くるりとオー爺の前に回り込み、私は微笑んだ。
「今回、オズワルドさまの『うっかり』によって秘密を知ったのは私だけでした。けれど次はもっと別の場所で『うっかり』してしまうかもしれません」
「……」
その様子をありありと想像できたのだろう。
オー爺は「うぐ」と呻いた。
「けれどご安心ください。私が一緒にいる限り、オズワルドさまの口から秘密が漏れることはありません」
これから先、私とオズワルドが一緒にいる時間は増えていく。
特に、『うっかり』が多くなりそうな社交の場などは必ず私が同行している。
オー爺の秘密が漏れそうになったとしても、私ならそれを止められる。
「秘密の保持に協力してくださる、と?」
「ええ。ですが事情を知らないままでは協力できるものもできません。話してくださいませんか? 名門フィンランディ公爵家のあなたが、どうして名を伏せて庭師をしているのかを」
「…………」
オー爺は顔を上げ、空を仰いだ。
話すことを迷っているような素振りだ。
うまく言い繕ったとしても、しょせん今の私は八歳の子供。
信頼に足る相手ではないと判断しているのだろうか。
こういった場合だと子供は不利だ。
早く大人になりたい。
沈黙が長く続き、もう一押し必要か……と思い始めた頃。
オー爺は備え付けのベンチにゆっくりと腰を下ろした。
息を大きく吸い、覚悟を決めたように椅子の隣を叩く。
「――分かりました。お話しいたしましょう」
「! ありがとうございます」
「少しばかり長くなります。お掛けください」
「はい」
私は一礼してから、ちょこんとオー爺の隣に座った。
「さて、どこから話せばいいのやら」
オー爺は迷いながら、少しずつ話し始めた。
「既にご存知の通り、ワシの名はオーガスタス・フィンランディ。現フィンランディ家当主ウェルギリウス・フィンランディの兄です」
▼
オー爺はフィンランディ家に生を受け、弟ウェルギリウスと共に成長した。
しかし、それは決して恵まれたものではなかった。
フィンランディ家の家訓は『魔法の実力がすべて』。
生まれた順番、血筋、性別、性格、主義、嗜好。
優れた魔法使いであればすべてが肯定され優遇される。
逆に言えば、魔法の実力が無ければ本家の人間であろうと否定され冷遇される。
オー爺は後者で、彼の弟は前者だったらしい。
「弟は才能に恵まれ、早くから魔法の実力を伸ばしておりました」
オー爺とウェルギリウスの年齢差は十。
にも関わらず、魔法の実力はウェルギリウスの方が上だった。
それも相まって、オー爺は非常に肩身の狭い生活を送っていたという。
しかし、ある時を境にそれが変化した。
「良い師に恵まれ、ワシはそれまでの伸び悩みが嘘のように魔法の実力を伸ばしました」
「良い……師?」
「西大陸の魔法使いです」
「どこで会ったんですか!?」
思わずオー爺の服を掴み、引っ張った。
西大陸。
どうやっても戦争を回避できなかった敵国だ。
「この話はあまり本筋とは関係ありませんが……」
「いいから教えてください!」
お姉様を殺す最強の敵にも関わらず、かの国のことはほとんど分かっていない。
・大国であること
・魔法技術が高度に発展していること
幾度となくループして、得られた情報はこれだけだ。
だから、西大陸の情報はほんの些細なものでも喉から手が出るほど欲しい。
「どんな人でした!? 名前は? 性別は? 年齢は? 服装は? 魔法の属性は?」
「分かりました、お話しますので落ち着いて下され」
引っ張った服の裾を直しながら、オー爺は丁寧に答えてくれた。
「年齢はワシと同じくらいの女性です。服装は民族衣装のようなものでした。魔法の属性は……全部です」
「ぜんぶ?」
漠然とした物言いに私は首を傾げた。
「西大陸の人間が使う魔法は我々の精霊魔法とは似て非なるものです。それでもあえてこちらの様式で表現するのなら、すべての属性に適性を持っている――こう表現するしかないのです」
まだ西大陸の恐ろしさを理解していない頃、何度か徹底抗戦をしたことがある。
その結果は悲惨なものだった。
西大陸の国の魔法は非常に強力で、こちらの攻撃をいとも簡単に無効化し、向こうからの攻撃はあらゆる防御を紙のように貫通してきた。
あらゆる手を講じても一月と持たず壊滅。戦争の体すら成さなかった。
その時に感じた圧倒的な力の差の理由が、オー爺の話を通して少し理解できた。
「名前は聞いておりません。私は彼女を師匠と呼んでおりました」
「その方は今どこにいますか?」
「分かりません。彼女と会ったのは若い頃のほんの数ヶ月だけで、以降は一度も会っておらんのです」
もう何十年も前の話だ。
仮にオー爺が居場所を知っていても、会えるかどうかは定かではない。
「……ありがとうございます。続きをお願いします」
ほんの僅かでも敵のことが分かったんだ。
足りないものを嘆くより、得たものを喜ぶことにしよう。
「彼女の手ほどきにより、ワシはわずかな期間で弟を超える魔法の体得に至りました。味方は増えましたが、同時に敵も増えました」
「……敵」
「ええ。急激に実力を伸ばしたワシに立場を奪われることを恐れた弟により…………家を追われてしまうことになるのです」
私に気を遣ってかなり濁した言い方をしたが、相当手荒な真似をされたのだろう。
彼を困らせるだけなので、あえて深くは聞かなかった。
「よほどワシが気に入らなかったんでしょうなぁ」
オー爺は少しだけ顔を上げ、遠いところを見つめる目になった。
「……」
お姉様がスイレンに『嫉妬』されているように。
オー爺もまた、弟に『嫉妬』されていたのだ。




