第十九話「ようやく一歩」
「――という訳で、ノーラは悪くないんです」
私がした言い訳はこうだ。
屋敷に迷い込んだノーラを発見。話をしているうちに仲良くなり、一緒に遊んでいた。
はしゃいで走り回っていたところで石に躓いて転んでしまい、思わず泣いてしまった。
なのでノーラに何かされた訳ではない。
「…………ふぅん」
私の説明を聞いても、お姉様は疑いの目をノーラに向けていた。
警備員も、ノーラの首根っこを掴んだままで離そうとはしなかった。
未だ宙ぶらりんにされているノーラに、お姉様が詰問する。
「それじゃあ、本当にあなたのせいでソフィーナが泣いたんじゃないのね?」
「ええ、まあ……はい。そんなところです」
歯切れ悪くノーラは答える。
そこははっきりと言い切ったほうがいいのに――と思ったが、そういえば嘘を付くのが苦手、と言っていたことを思い出す。
私が泣いたことも自分のせいだと思っているようで、その罪悪感も手伝っていつも以上に目が泳いでいる。
正直なことは美徳ではあるが、この状況においては悪手だ。
案の定、お姉様は目を半眼にして、じぃ、とノーラを睨む。
「怪しいわね」
「……」
ノーラはぷるぷると震えている。
「あなた、ソフィーナにそう言わせて難を逃れようとしてない?」
「いえ! 決してそんなことはっ」
「おねーさま。ノーラはそんな子じゃないです」
慌ててフォローを入れるが、お姉様はより視線を鋭くした。
「じゃあ聞くけれど。ソフィーナ。転んだのよね?」
「はい。ノーラと遊ぶのが楽しくて、つい……」
「それじゃあ、どうして洋服が汚れていないの?」
「――――――――あ」
「ほら見なさい」
まるで犯人を追い詰める名探偵のように、お姉様はノーラに詰め寄った。
「さあ、本当のことを話しなさい!」
「ひいぃ~!?」
(……さすが、私のことに関しては勘が鋭いな)
いや、私の言い訳が下手くそすぎただけか。
この場を言い逃れできたとしても、今後ノーラを家に招くことはできなくなる。
――まあ、まだほとんどシナリオは進んでいないので、ここはやり直す方が早いだろう。
「おねーさま」
「どうしたのソフィーナ?」
ノーラの頬を手で挟み、彼女の口を「3」の形にして詰め寄るお姉様に、私は笑みを浮かべた。
「私のことを心配してくださってありがとうございます。けど、だいじょーぶですよ」
むん、と両手を握り締める。
「次は必ず、お姉様を助けてみせます」
「私を、助ける……?」
首を傾げるお姉様に笑みを残し、私は呟く。
「戻れ」
▼ ▼ ▼
スタート地点に戻ったあと、少しシナリオを進めていつもの橋の下でノーラは合流する。
「ごめん。私のせいで酷い目に遭わせてしまったな」
宙吊りにされて長いこと詰問されていたノーラだったが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「ううん。それだけレイラがソフィーナのことを思ってるって証拠だよ。でへへ……姉妹愛、てぇてぇ」
可愛い顔を台無しにしながらにまにまと笑みを浮かべるノーラ。
ニホンの言葉を色々と教えてもらったが、未だに「てぇてぇ」の意味はよく分かっていない。
『感情が溢れた時に使う言葉』ということは知っているのだが、それを使う場面が全く思い浮かばない。
「それより、スイレンについて教えてくれ」
「あ、そうだったね」
ノーラは持ってきたクッキーで糖分を補給しつつ、スイレンについての話を聞かせてくれた。
大筋は私の持っている情報と同じもので、量や深さが物足りなかった。
やはり貴族の情報は貴族間の方が集めやすいということだろう。
……しかし、彼女はひとつだけ私が掴んでいない情報を持っていた。
「婚約破棄?」
「うん」
スイレンには婚約者がいたが、直前で破談になってしまった、という話だ。
その相手は、魔法の名門・フィンランディ公爵家。
「本人は縁がなくて独り身……とか言ってたぞ」
結婚ではなく、後任を育成するという形で社会貢献するために家を出た……と言っていた。
リーベル家を尋ねた時も、婚約の話は出てこなかった。
「たぶん、秘密にしておきたい何かがあったんじゃないかな」
「……」
ふと、最初にスイレンに殺されたときの叫びが脳裏をかすめた。
――才能のある者はみな壊れてしまえばいい。それこそが私の幸せよ!
あれと婚約破棄の話が繋がっているとしたら。
私が未来で知り得たフィンランディ公爵家の情報と統合すると、一つの仮説が思い浮かぶ。
……もしかして、お姉様を壊そうとする理由は。
「ソフィーナ?」
「……分かったかもしれない」
ノーラの情報は、閉ざされた壁の隙間から差し込む一条の光だ。
その先に何があるのかは分からないが、それまでの閉塞感は消えた。
「というか、どこでそんな情報を仕入れたんだ?」
「うちの近所に噂好きのおばさんがいるの。特に恋愛話は大好物だから、それで知ってたんだと思うよ。レイラとソフィーナが婚約者を交代したことも知ってたし」
「なんで!?」
平民の情報網、恐るべし。
▼
しばらくは通常通りに過ごし、スイレンと出会うところまでシナリオを進める。
そして、お姉様がスイレンの元を離れたタイミングで私は彼女に接触を試みる。
――例の噂の、裏取りをするために。
「レイラお嬢様の才能の前には、私なんて全く。いつ追い越されるか、気が気でなりません」
「そんなことありません。お姉様はいつもスイレン先生はすごい! って言ってますよ」
以前質問をした時のように、スイレンの身の上話を聞く。
ここまでは前回と同じだ。
「魔法を覚えたのは実家です。かなり力を入れてまして、ソフィーナお嬢様くらいの年齢から叩き込まれていました」
「先生も貴族ですよね? 結婚のお話とかは無かったですか?」
「――いえ、残念ながら縁がなくて」
「先生ほどすごい魔法使いなら引く手数多でもおかしくないのに。みんな見る目がないなぁ」
こてん、と首を横に傾げる。
「本当になかったんですか? 例えば……フィンランディ公爵家とか」
「――――――――。ふふ。そんなところと縁談があったのなら、今こうして家庭教師なんてしていませんよ」
スイレンの反応は普通だった。
普通だったが……妙な『間』があった。
「そういえば先生、知ってますか? フィンランディ公爵家はより強い魔法使いを生むために、婚約者に求める条件は家柄じゃなくて魔法の才能の方を重視するらしいですよ」
未来の私は優秀な魔法使いとして認知されていた。
だから婚約者候補として、フィンランディ公爵家の長男に何度か言い寄られたことがあった。
もちろん蹴ったが(物理的に)
この情報は公にされていない。
今の私が知り得るはずがないものだ。
「……どうして、あなたがそれを知っているのですか」
警戒したように、スイレンの声が低くなる。
「風の噂で聞いただけです」
私はあくまで、にこにこと無邪気な微笑みの仮面を向ける。
「スイレン先生ほどの方なら候補者としてあげられてもおかしくないなぁと思ったんですけど、本当に話も無かったんですか?」
「……何が言いたいんでしょう」
「先生。あなたはフィンランディ公爵家に見初められた過去がある」
「……」
「けれど直前で婚約破棄された。その原因は――」
――。
目の前で星が瞬き、天地がひっくり返った。
スイレンに頭を掴まれ、テーブルに叩きつけられたと分かったのはその後だ。
「……どこでそれを知ったのかしら」
「ふ、ふふ……」
「答えなさい」
「ははははは」
「答えなさいッ!」
スイレンが、容赦なく私の身体を踏みつけてくる。
鋭い痛みが各部を駆け巡るが、構わず私は笑い続けた。
言質は取れた。
ようやく。
ようやくスイレンがお姉様を狙う理由が分かった。
まだ解決には至らないが、ようやく私は一歩、前に進んだのだ。
BAD END
スタート地点に戻ります。




