第十七話「取り返しがつかない」
お姉様の幸せのため、私は多くの人間を手にかけてきた。
お姉様を妬む令嬢たちを矯正し、
お姉様を阻む貴族たちを排除し、
お姉様を狙う間者たちを粛正してきた。
これでお姉様は幸せになれると信じて、何人もの敵を葬ってきた。
……けれど。
やればやるほど、お姉様の本当の幸せからは遠ざかっているのかもしれない。
――あんなやり方、絶対間違ってる
ノーラの言葉が頭の中で繰り返される。
平和ボケした脳天気娘の言っていた戯言のはずが。
これだけループを繰り返し、お姉様の幸せを願い、行動していたはずの私よりも本質を突いていた?
じゃあ、じゃあ……私がこれまでしてきたことは、全部全部、間違っていた?
「……な、ソフィーナ」
「……」
「ソフィーナ! おい、聞いているのか!」
「うるさいッ!」
ぐらぐらと揺すってくる手を振り払い、怒鳴り声を上げる。
「……あ」
そこで私は、今がどういう状況かを思い出す。
オズワルドと一緒に勉強の真っ最中だった。
思考に集中しすぎて、表のほうに裏の顔が出てしまった。
「……ひぐ」
「あの、オズワルドさま。今のはなんというか……」
「うう、うわあああああああああああああああん!」
私に怒られるとは微塵も思っていなかったのだろう。
オズワルドは大きな声を上げて泣き、部屋を飛び出した。
――その出来事をきっかけに、私との婚約は破談になってしまった。
誘拐イベントで得た信頼を、私は自分で断ち切ってしまったのだ。
あいつが気難しい性格なことは分かっていたのに、こんなところで躓いてしまった。
「くそっ! やり直しだやり直し! 戻れ!」
▼ ▼ ▼
ここ数回、凡ミスが続いている。
オズワルドはもとより、奇病のときも何度か失敗してしまった。
たるんでしまっていると、私は何度も自分を責めた。
愚図。
鈍間。
役立たず。
出来損ない。
お姉様の幸せのためにこの身を捧げると誓ったはずなのに、自分自身が揺らいでいる。
お姉様の、そして――ノーラの言葉によって。
▼ ▼ ▼
「なんだソフィーナ。そんなところも分からないのか? 仕方がない、この僕が教えてやろう!」
「ありがとうございます! やっぱりオズワルドさまは頼りになります♪」
初歩的なミスを犯さないよう注意を払いながら、オズワルドを褒め称える。
例の頭を悩ませていた件だが、とりあえず考えないことにした。
私はどうしようもない愚図で、鈍間で、役立たずの出来損ないだ。
そんな私が器用に二つのことをこなせるはずがない。
だから、当初の目的であるスイレンの排除に改めて照準を定める。
ここ数回のループでスイレンについての調べは済んでいた。
伯爵家出身。十八で家を出て他国を渡り歩き、いまは家庭教師の仕事をしている。
さすがに他国の足取りまでは調べられなかったが、奴の実家や、分かる範囲で教え子たちと会ったりもしてみた。
誰もが口を揃えて「いい先生だ」と言っていた。
本人が言っていたように誰彼構わず敵意を向けるのではなく、自分よりも才能を持つ相手にだけ本性を出す。
その理由は――嫉妬。
説得するようなとっかかりなど何もない。
ここまで調べて理由が出てこなかったのだ。殺すしかない。
そう結論づけて、私はその日が来るまで準備を続けた。
▼
そして決行の日。
スイレンの後を追おうとする私の前に、一人の子供が立ちはだかった。
誰かと言うまでもない。ノーラだ。
最近は付きまとってくることもなくなったと思っていたが、この日はやはり止めに来ると予想はしていた。
「そこ、通して」
「だめ。通さない」
ノーラは通せんぼするように両手を広げている。
「まだ私の邪魔をするつもりか」
「友達が間違った道に進もうとしているなら、止めるに決まってるよ」
「……」
「ソフィーナ聞いて。スイレンさんについて私なりに調べたの」
「聞く必要はない」
下町の状況ならいざ知らず、スイレンは貴族だ。
貴族に関する情報は私のほうが手が届きやすい。
聞いたところで知っているものしか出てこないだろう。
「今回は邪魔される訳にはいかない」
「だめだよソフィーナ……それじゃ」
ノーラの潤んだ瞳が私に向くたび、言い様のない苛立ちが募った。
私のこれまでを否定したこと、ではなく。
……私以上に、お姉様を理解していることに。
だからと言って、今のやり方を変える訳にはいかない。
私の手はもう、汚れきってるんだ。
「たすけてくださーい!」
「っ」
私が大声を上げると、門の影に隠れていた門番がノーラを捕まえた。
彼女が邪魔してくることは予測できていた。
だから予め、門番に待機してもらうよう頼んでおいたのだ。
「ありがとうございます。私が戻るまでしっかり捕まえておいてください」
「はっ」
宙吊りにされたノーラの横を悠々と通り過ぎる。
「だめっ、ソフィーナ、ソフィーナああああ!」
私を引き留める声はしばらく続いたが、スイレンを追いかけることに集中している内に聞こえなくなった。
▼
「先生! こっちの方がいいかもしれないです~!」
スイレンにお姉様のことを相談するふりをしながら、川に移動する。
ここまでは前回をなぞっている。
奴から川に来るよう仕向け、
予め掘っておいた落とし穴を避けて通り、
スイレンが穴に嵌まるよう誘導する。
「ソフィーナお嬢様。あまりはしゃがれると――」
――ここだ!
前回のようなラッキーが起こるとは限らない。
私は一歩だけ、先に足を踏み出した。
「……」
「!?」
しかしスイレンは落とし穴に嵌まらなかった。
直前で足を止め、地面を一瞥する。
「何か様子が変だと思ったら。これ、落とし穴ですね?」
「……!?」
気付かれた!?
前回はすんなりと嵌まってくれたのに、今回はあっさりと見破ってきた。
もしかして、落とし穴に嵌まること自体がラッキーだったのか?
「くすくす。庭でレイラお嬢様を教えている時から思っていたんですが」
「!? かっ」
ひゅん、と、何かが喉元を通り過ぎ。
私の喉が、ぱっくりと開いた。
声を出そうとしても、笛が鳴るような音しか出ない。
息を吸おうとしても、避けた穴から空気が漏れてしまう。
「あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ」
「……っ、……、ッッ!」
一分にも満たない間に呼吸困難になった私は、そのまま意識を失った。
BAD END
スタート地点に戻ります
▼ ▼ ▼
「……」
私はベッドの上で天井を眺めながら、ただひたすら呆然としていた。
スイレン殺害は、あっさりと失敗した。
――あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ。
あの言い方からすると、相当前から勘付かれていたらしい。
ループ序盤こそ排除する敵を前に緊張してしまい、似たようなことを何度も言われて失敗した。
数々のイベントを経験した今、気配の隠し方は相当に上手だと自負していたのに。
「……、仕方がない。次だ次」
私はすぐに切り替え、来る日まで過ごした。
さすがに今回、ノーラは来なかった。
今度という今度こそ、完全に愛想を尽かしただろう。
目の前のイベントに集中できるようになって丁度いい。
今度はもう、気配が漏れるなんて初歩的なミスは犯さない。
……けれど。
次も、次も、そのまた次も。
私は同じ失敗を繰り返した。
五度も気配を悟られるともはや原因は明らかだ。
「……ノーラ」
彼女の姿が脳裏をよぎるたび、蓋をしていた悩み事が鎌首をもたげて私の心を揺さぶり続ける。
迷いは焦りになり、それが気配として外に漏れている。
自分のやってきたことを否定されて怒りを覚え、短絡的な判断を下してしまった。
彼女と縁を切るべきではなかったのだ。
もっとじっくり時間をかけて、話をして、話を聞くべきだった。
「私は……取り返しのつかない選択肢を、間違えた」
ここに来て、ようやく私は最大の失敗を自覚した。




