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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第四章 嫉妬編

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第十七話「取り返しがつかない」

 お姉様の幸せのため、私は多くの人間を手にかけてきた。


 お姉様を妬む令嬢たちを矯正し、

 お姉様を阻む貴族たちを排除し、

 お姉様を狙う間者たちを粛正してきた。


 これでお姉様は幸せになれると信じて、何人もの敵を葬ってきた。

 ……けれど。

 やればやるほど、お姉様の本当の幸せからは遠ざかっているのかもしれない。


 ――あんなやり方、絶対間違ってる


 ノーラの言葉が頭の中で繰り返される。

 平和ボケした脳天気娘の言っていた戯言のはずが。

 これだけループを繰り返し、お姉様の幸せを願い、行動していたはずの私よりも本質を突いていた?


 じゃあ、じゃあ……私がこれまでしてきたことは、全部全部、間違っていた?


「……な、ソフィーナ」

「……」

「ソフィーナ! おい、聞いているのか!」


「うるさいッ!」


 ぐらぐらと揺すってくる手を振り払い、怒鳴り声を上げる。


「……あ」


 そこで私は、今がどういう状況かを思い出す。

 オズワルドと一緒に勉強の真っ最中だった。

 思考に集中しすぎて、表のほうに裏の顔が出てしまった。


「……ひぐ」

「あの、オズワルドさま。今のはなんというか……」

「うう、うわあああああああああああああああん!」


 私に怒られるとは微塵も思っていなかったのだろう。

 オズワルドは大きな声を上げて泣き、部屋を飛び出した。


 ――その出来事をきっかけに、私との婚約は破談になってしまった。

 誘拐イベントで得た信頼を、私は自分で断ち切ってしまったのだ。

 あいつが気難しい性格なことは分かっていたのに、こんなところで躓いてしまった。


「くそっ! やり直しだやり直し! 戻れ!」



 ▼ ▼ ▼


 ここ数回、凡ミスが続いている。

 オズワルドはもとより、奇病のときも何度か失敗してしまった。

 たるんでしまっていると、私は何度も自分を責めた。


 愚図。

 鈍間。

 役立たず。

 出来損ない。


 お姉様の幸せのためにこの身を捧げると誓ったはずなのに、自分自身が揺らいでいる。

 お姉様の、そして――ノーラの言葉によって。



 ▼ ▼ ▼


「なんだソフィーナ。そんなところも分からないのか? 仕方がない、この僕が教えてやろう!」

「ありがとうございます! やっぱりオズワルドさまは頼りになります♪」


 初歩的なミスを犯さないよう注意を払いながら、オズワルドを褒め称える。

 例の頭を悩ませていた件だが、とりあえず考えないことにした。


 私はどうしようもない愚図で、鈍間で、役立たずの出来損ないだ。

 そんな私が器用に二つのことをこなせるはずがない。


 だから、当初の目的であるスイレンの排除に改めて照準を定める。



 ここ数回のループでスイレンについての調べは済んでいた。

 伯爵家出身。十八で家を出て他国を渡り歩き、いまは家庭教師の仕事をしている。

 さすがに他国の足取りまでは調べられなかったが、奴の実家や、分かる範囲で教え子たちと会ったりもしてみた。

 誰もが口を揃えて「いい先生だ」と言っていた。


 本人が言っていたように誰彼構わず敵意を向けるのではなく、自分よりも才能を持つ相手にだけ本性を出す。

 その理由は――嫉妬。


 説得するようなとっかかりなど何もない。

 ここまで調べて理由が出てこなかったのだ。殺すしかない。


 そう結論づけて、私はその日が来るまで準備を続けた。



 ▼


 そして決行の日。

 スイレンの後を追おうとする私の前に、一人の子供が立ちはだかった。

 誰かと言うまでもない。ノーラだ。

 最近は付きまとってくることもなくなったと思っていたが、この日はやはり止めに来ると予想はしていた。


「そこ、通して」

「だめ。通さない」


 ノーラは通せんぼするように両手を広げている。


「まだ私の邪魔をするつもりか」

「友達が間違った道に進もうとしているなら、止めるに決まってるよ」

「……」

「ソフィーナ聞いて。スイレンさんについて私なりに調べたの」

「聞く必要はない」


 下町の状況ならいざ知らず、スイレンは貴族だ。

 貴族に関する情報は私のほうが手が届きやすい。

 聞いたところで知っているものしか出てこないだろう。


「今回は邪魔される訳にはいかない」

「だめだよソフィーナ……それじゃ」


 ノーラの潤んだ瞳が私に向くたび、言い様のない苛立ちが募った。

 私のこれまでを否定したこと、ではなく。

 ……私以上に、お姉様を理解していることに。


 だからと言って、今のやり方を変える訳にはいかない。

 私の手はもう、汚れきってるんだ。


「たすけてくださーい!」

「っ」


 私が大声を上げると、門の影に隠れていた門番がノーラを捕まえた。

 彼女が邪魔してくることは予測できていた。

 だから予め、門番に待機してもらうよう頼んでおいたのだ。


「ありがとうございます。私が戻るまでしっかり捕まえておいてください」

「はっ」


 宙吊りにされたノーラの横を悠々と通り過ぎる。


「だめっ、ソフィーナ、ソフィーナああああ!」


 私を引き留める声はしばらく続いたが、スイレンを追いかけることに集中している内に聞こえなくなった。



 ▼


「先生! こっちの方がいいかもしれないです~!」


 スイレンにお姉様のことを相談するふりをしながら、川に移動する。

 ここまでは前回をなぞっている。


 奴から川に来るよう仕向け、

 予め掘っておいた落とし穴を避けて通り、

 スイレンが穴に嵌まるよう誘導する。


「ソフィーナお嬢様。あまりはしゃがれると――」


 ――ここだ!

 前回のようなラッキーが起こるとは限らない。

 私は一歩だけ、先に足を踏み出した。


「……」

「!?」


 しかしスイレンは落とし穴に嵌まらなかった。

 直前で足を止め、地面を一瞥する。


「何か様子が変だと思ったら。これ、落とし穴ですね?」

「……!?」


 気付かれた!?

 前回はすんなりと嵌まってくれたのに、今回はあっさりと見破ってきた。

 もしかして、落とし穴に嵌まること自体がラッキーだったのか?


「くすくす。庭でレイラお嬢様を教えている時から思っていたんですが」

「!? かっ」


 ひゅん、と、何かが喉元を通り過ぎ。

 私の喉が、ぱっくりと開いた。


 声を出そうとしても、笛が鳴るような音しか出ない。

 息を吸おうとしても、避けた穴から空気が漏れてしまう。


「あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ」

「……っ、……、ッッ!」


 一分にも満たない間に呼吸困難になった私は、そのまま意識を失った。




 BAD END

 スタート地点に戻ります



 ▼ ▼ ▼


「……」


 私はベッドの上で天井を眺めながら、ただひたすら呆然としていた。


 スイレン殺害は、あっさりと失敗した。



 ――あなた、敵意の隠し方が下手すぎるんですよ。



 あの言い方からすると、相当前から勘付かれていたらしい。

 ループ序盤こそ排除する敵を前に緊張してしまい、似たようなことを何度も言われて失敗した。


 数々のイベントを経験した今、気配の隠し方は相当に上手だと自負していたのに。


「……、仕方がない。次だ次」


 私はすぐに切り替え、来る日まで過ごした。

 さすがに今回、ノーラは来なかった。

 今度という今度こそ、完全に愛想を尽かしただろう。


 目の前のイベントに集中できるようになって丁度いい。

 今度はもう、気配が漏れるなんて初歩的なミスは犯さない。





 ……けれど。


 次も、次も、そのまた次も。

 私は同じ失敗を繰り返した。


 五度も気配を悟られるともはや原因は明らかだ。


「……ノーラ」


 彼女の姿が脳裏をよぎるたび、蓋をしていた悩み事が鎌首をもたげて私の心を揺さぶり続ける。

 迷いは焦りになり、それが気配として外に漏れている。


 自分のやってきたことを否定されて怒りを覚え、短絡的な判断を下してしまった。

 彼女と縁を切るべきではなかったのだ。

 もっとじっくり時間をかけて、話をして、話を聞くべきだった。


「私は……取り返しのつかない選択肢を、間違えた」


 ここに来て、ようやく私は最大の失敗を自覚した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 排除に固執したソフィーナもよくないけど、これまで払ってきた犠牲を否定するノーラもバッドコミュニケーション 1から10までお姉様を殺そうとする外的要因が悪いのであってソフィーナを説得するのは…
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