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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第四章 嫉妬編

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第十三話「邪魔」

「いいお天気ですねー」


 私はスイレンと並んで歩き、目線を合わせないように注意した。

 目は口ほどに物を言う――なんて言葉があるように、目は言葉を発さないが雄弁だ。

 たぶん、スイレンは私の殺意に感付くだろう。

 ひとたび警戒されれば、最初の一撃が失敗すればもう終わり。


 いつもならそれでも良かった。

 成功するまでやればいいだけなのだから。

 しかし今はノーラがいる。

 予定外のループをすれば何があったのか尋ねられるだろう。

 一度や二度なら誤魔化せるが、何度も同じ地点でループすれば勘付かれてしまう。


 今回のイベントだけは気軽にやり直せない。

 そのため保険として、殺害が失敗した時用にプランBも用意している。

 とはいえ緊張感はいつものイベントと段違いだ。

 殺人への緊張とは別の意味で身体が強張った。


「木陰の中は空気が気持ちいいですねー」


 私は緊張を解くため、わざと深呼吸を繰り返して心を落ち着かせた。


 ――大丈夫。やれる。

 そう自分に言い聞かせる。


「それで、お話とは何でしょうか」

「実は、お姉様のことでご相談がありまして」

「レイラお嬢様の?」


 戦いは既に始まっている。

 私はスイレンが絶対に食い付くであろうお姉様を話題の中心に据え、興味をそこに集中させた。

 『ある言葉』を引き出すために、会話を組み立てる。


「はい。なんというか……最近、魔法の調子が悪いみたいで」

「そうなんですか? 授業中はそんな風に見えませんでしたが……」

「先生の前で情けない姿を見せたくない、と言ってました」


 お姉様は体面を気にするタイプだ。

 責任感の強い性格のお姉様に母があれだけゴチャゴチャ言えばそうなってしまうのは仕方がない。


「それが心配で……魔法って、使いすぎると才能を失うんですよね?」

「ええ。過剰な負荷をかけすぎると精霊に見放され、魔法そのものが使えなくなると言われています」


 どこまでやれば過負荷になるのかは個人差があり、それを事前に知る(すべ)は発見されていない。

 お姉様のように糸が切れてから初めて分かる場合もあれば、もっと早くから分かる場合もある。


「だからこそレイラお嬢様の負担にならないよう気を付けていたのですが……」


 嘘を付け。

 お前はむしろこの状況を喜んでるんだろうが。

 ――なんて風にスイレンを糾弾することはできない。

 私だっていま、嘘を付いているんだから。


 私は憎悪に歪む表情を心配に変え、

 奴は愉悦に綻ぶ口元を心配に変えている。


 嘘つき同士の上っ面な会話だ。


「そういう状態でしたら、しばらく実技は控えるようにしましょう。試験も延期にします」

「ありがとうございます。けれど、お姉様を説得するのは大変だと思いますよ」

「まあ……確かに。簡単には納得しそうにありませんね」


 いきなり実技をゼロにすればお姉様は物足りなさを覚え、自主訓練に励むだろう。

 魔法にのめり込むお姉様を私以上に間近で見ているスイレンは、神妙に頷いた。


「では、負荷が少なくなるような場所で訓練させる……というのはどうでしょう」


(きた)


 代替案を持ち出したスイレンに、私の心臓が少しだけ跳ねた。

 彼女の提案は、私が望んでいた『ある言葉』を含んでいたからだ。

 それを表に出さぬよう、こてんと首を傾げる。


「負荷が少なくなる……場所?」

「ええ。魔法は自然界にあるものを流用したほうが使う魔力が少なく済むんですよ」

「そうなんですね!」

「街の郊外に川があります。実技はそちらでするようにしましょう」

「その川ってどういうところですか? 見たいです!」

「分かりました。案内しますよ」


 スイレンから見えない位置で、私は暗い笑みを浮かべた。


(やっぱりあの川を選んだか)


 一度、お姉様の負荷を気にして早い段階でスイレンに相談したことがあった。

 あの時はまさかこんなことが起きるとは思っていなかったが……その時もスイレンは郊外の川を選んだ。

 そして、スイレンを最初に家庭教師として選ばなかった時にお姉様と出会ったのもそこだ。


 何か思い入れのある場所なのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 これが重要なのだ。


 ――まさか自分が提案した場所に、既に罠が仕掛けられているとは夢にも思わないだろう。



 ▼


「わぁ、きれいな場所ですね」


 案内された川の前で、私は両手を広げた。


「ここの水を使えばレイラお嬢様の負荷も減らせます。もちろん、練習量自体も控えめにしますけどね」

「スイレン先生、ありがとうございます」


 にぱ、と微笑みを向けるフリをして――私は、スイレンの後ろに視線を向けた。

 彼女の横を素通りし、川のほとりにある茂みを突っ切る。


「先生! こっちの方がいいかもしれないです~!」


 無邪気に手を振る私に、スイレンはやれやれといった様子で肩を上げた。


「ソフィーナお嬢様。あまりはしゃがれると転んで――」


 重なった小枝が踏み折れる音と共に、スイレンの目線が私よりも低くなる。


(かかった!)


 落とし穴。

 古典的ではあるが、気付かせないためにいくつかの布石を打っていた。

 スイレン自身に場所を指定させた。

 私が自らその上を通ってみせた(私の体重は軽いので落とし穴は作動しない)

 遠くから手を振ることで、私に視線を集中させた。

 それらが複合的に絡まり、スイレンはまんまと罠に陥った。

 しかも都合のいいことに利き腕も穴に嵌まっている。


「これは……どうして」


 奴はまだ状況を掴めていない。

 腕一本なら。身動きが取れないなら。

 私でも――殺せる!


「ッ」


 前のめりになる私を止めるかのように、目の前にウインドウが現れる。


『スイレンを説得しますか?』

 はい

 いいえ


(そんなこと言ってられる状況はとっくに過ぎてるんだよ!)


 私は払い除けるように『いいえ』を選択した。

 隠し持っていた小ぶりなナイフを両手でしっかりと持ち、無防備に空いた首筋に――






















「やめて!」

「!?」


 突然、横から体当たりをされ私の身体が宙を舞った。

 割り込んできた相手は――。


「ノーラ!?」


 何でこんな所に!?

 いや、そんなことより今はスイレンだ。

 急いで立ち上がろうとする私に、ノーラがしがみつく。


「何してるんだよ、離せ!」

「それはこっちのセリフだよ! この手に持っている物で何をしようとしていたの!?」


 怒っているような、悲しんでいるような。

 そんな声でノーラが叫ぶ。


「そんな方法じゃ誰も幸せになれないよ!」

「うるさい! こうするしかないんだ!」

「レイラだって悲しむわ!」


 ノーラのその言葉に、私ははたと手を止めた。

 お姉様が、悲しむ。


「知った風な口を効くなよ。お前に……お前に何が分かるんだ!」


 私はお姉様が幸せになる為なら何だってやると決めた。


 お姉様の為なら大嫌いな相手とだって結婚する。

 お姉様の為なら人を蹴落とすこともする。

 お姉様の為なら――人だって殺す。


 そうしない限り、お姉様を待っているのは死なのだから。

 お姉様が幸せであればそれでいい。

 それだけが、私の唯一の望みなんだ。


「綺麗事でこの運命(シナリオ)がハッピーエンドになるならとっくにやってる! けどできない! 誰かが手を汚す必要があるんだよ! こうすることが最善なんだ!」

「違う違う! 絶対間違ってる! みんなでハッピーエンドにするって約束したじゃない! ソフィーナだけが不幸を被るなんてダメ!」

「私のことなんてどうでもいいだろうが!」

「よくない!」


 私以上の声量で、ノーラが叫ぶ。


「あなたが道を踏み外したと知って、レイラはどう思うの!? 妹が自分のために手を汚していると知って喜ぶと思うの!?」


 ノーラの言葉が、まるで鋭利なナイフであるかのように私の胸を突き刺す。


「う――うるさいうるさいうるさい! この――!」

「まあまあ。随分と仲が宜しいことで」


 頭上から、たおやかな声が落ちてきた。

 私たちがもみ合っている間に、スイレンは悠々と罠を脱していた。

 千載一遇のチャンスが、ノーラの邪魔によってあっさりと潰えてしまった。


「ソフィーナお嬢様、やはり気付いていたんですね……私がレイラお嬢様を壊そうとしていることを」

「くっ」


 自然体で立っているが、警戒を剥き出しにしている。

 もう小細工を労することはできない。

 スイレン殺害計画は、あっさりと頓挫した。


(ノーラの邪魔さえ入らなければ……! いや、今はそんなことを言っている場合じゃない)


 ノーラへの怒りを押し込め、私は頭を切り替えた。


(仕方ない……プランBに移行だ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 一回殺されてるのは知ってる筈なのになぁ、そんなにソフィーナとレイラを苦しませたいのかと思っちゃう
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