第八話「忘れていた選択肢」
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まだ読んでないよ、という方は前の話から閲覧くださいませ(2/2)
「ずっといてほしい……ですか」
ミレイユを家庭教師に変更し、お姉様のいないタイミングを見計らって私は彼女に懇願した。
「はい。できればずっとおねーさまを教え続けてほしいです」
「もちろん長くいるつもりではいますよー。けれどお約束はできないんです、ソフィーナお嬢様」
「先生がやめたらおねーさまが泣きます」
「大袈裟な。まだ教え始めて一月も経っていませんよ」
実際に泣く場面を見てきた私と、それを知らないミレイユ。
ループするとこういった齟齬が起こり、それを説明できないというジレンマがたびたび発生する。
頭の中の記憶を相手に伝える魔法でもあれば楽なんだが……。
「お願いします。おねーさまにはミレイユ先生が必要なんです。どうか、どうか」
お姉様にはもう後がない。
ミレイユがダメだったら、もうスイレンしかいなくなってしまう。
「ありがとうございます。そこまで必要としてくださってとても嬉しいです」
ミレイユは柔らかく微笑み、私の頭を撫でた。
「じゃあ……!」
「けれど私の答えは変わりません。レイラお嬢様が私を超えれば辞めます。生徒の足枷になるなんて、教師失格ですから」
「そんなことはありません!」
「大丈夫ですよ。私がいなくとも教師なんてたくさんいますから」
いないから言ってるんだよ!
権威を振りかざすだけの奴。
お姉様を邪な目で見る奴。
金しか要求してこない奴。
実力が足りていない奴。
そして生徒を潰すためだけに魔法を教える奴。
水魔法の教師はそんなろくでなししかいないんだ。
ミレイユだけが希望なのに……!
いくら頼んでも、ミレイユは持論を曲げようとはしなかった。
それは彼女が本当に優れた教師であるという証明になるが、このイベントを乗り越える手立てにはならない。
スイレンの凶行を説明したところで、このループでお姉様とスイレンはまだ赤の他人だ。証明のしようがない。
……本当に、どうしようもない。
「……わかりました。今日はもう諦めます」
「あはは。まだ完全に諦めてないんですね」
ミレイユは苦笑していた。
お姉様の命がかかっているのだから、一度断られたくらいで諦められるはずがない。
諦めの悪いこと以外、私に取り柄なんてないのだから。
「ちなみになんですけど、先生がやめたあとに他の先生を紹介してもらうことはできますか?」
念のためにそう提案すると、ミレイユは困ったように頬を掻いた。
「すみません。水魔法を使える人が知り合いにいなくて……」
「そうですか……じゃあ、お友達にそういう人がいないか声をかけてもらう、というのはできますか?」
重ねてお願いをすると、ミレイユは気まずそうに視線を逸らした。
「あの、その……私、友達と呼べる人が……」
最後まで言い終える前に、私はすべてを察した。
「ご無理を言ってすみません」
「謝らないでください。そんなことをされたら、なんだか自分が惨めな存在に……うぅ……」
「……」
ミレイユの意外な一面を見たような気がした。
▼
「紹介してもらう作戦も無理……と」
別の日、ノーラとの作戦会議にて私は頭を抱えていた。
「ミレイユ先生以外の先生たち、本当にダメだったんだね」
「ああ。揃いも揃って、な」
「しばらく魔法の訓練をお休みするとかはダメなの?」
「ダメだ」
入学の直後、お姉様自身が戦うイベントがある。
いわゆる模擬戦で、危険はない。
ない……のだが、お姉様が負けたとき『不慮の事故』が起こり、折れた模擬剣がお姉様の首を強打してしまう。
命こそ落としはしないものの、以降、お姉様は身体が動かせなくなってしまう。
自らの未来を嘆いたお姉様は、使用人に毒を飲ませて欲しいと懇願する。
使用人のうち一人がお姉様に同情して――。
これを回避するためには、お姉様が勝つ必要がある。
だからある程度の戦闘能力を鍛えておいてもらわなければならない。
これまではオズワルドのための戦闘訓練がそのイベントを乗り越えるための最適解だった。
しかし今のお姉様はオズワルドの婚約者ではないので、戦闘訓練はまだ受けていない。
あのイベントを乗り越えるには、魔法をある程度まで修めておいてもらわなければならないのだ。
「そんなイベントがあるんだ……さすが続編」
「前作もこんなに血生臭いイベントばかりだったのか?」
「まあ、乙女ゲームにしては暗かったり悲しかったり痛かったりなお話だったかな。★1レビューの大半はそれに関してのことだったし。けど悲しいお話を乗り越えるとハッピーエンドが待ってるんだよ! ようやく報われた主人公ちゃんにプレイヤーも涙! 『ああ、苦労が報われんだ』って。それがすっごくハマるんだよね~」
幸せそうな笑みを浮かべ、ノーラは持ってきたクッキーをさくさくと口に運ぶ。
それを横目に見ながら、私は町中を流れる水路の流れを目で追った。
(血生臭いイベントが避けられないのなら、やはりスイレンとは戦わないといけないのか?)
スイレンへの説得は諦めている。
ああいう手合いにそもそもまともな話し合いは通用しないからだ。
戦い、殺すことそれ自体に忌避感は……ない。
ないが、ただ殺すだけではなく、私が犯人だと分からないようにする工作もセットでやらなければならない。
貴族を殺すとなるとかなりの下準備が必要で、単純に手間がかかる。
よく物語の中では「邪魔なら殺せばいい」なんて台詞を言うヤツがいるが、実際にやった身としては下策もいいところだ。
死人に口なしは確かにそうだが、殺せばすべてがなくなる訳ではない。
死体はもちろん残るし、そいつと仲良くしていた人物の嘆きや哀しみが遺恨となって残る。
殺人はすべてをスッキリと解消する手段ではなく、むしろ多くのものを残してしまう。
だからこそ最終手段なのだ。
「念のため、スイレンの周辺を洗ってみるか」
「私がやろうか?」
「いや、大丈夫だ」
ノーラは人当たりの良さから情報収集を得意としているが、下町では貴族の情報は集まらない。
今回は私がやった方がいいだろう。
「あとは……紹介してもらえるような伝手はないか」
「うーん。お父さんに聞いてみたけど、知り合いの魔法使いさんは熱か火か土なんだよね。知り合いの知り合い……とかもいないみたい」
「……だよな。簡単に探してもらえる人なんて、そんな都合良くいるわけ――」
――。
ふと引っかかりを覚え、私はクッキーに伸ばしかけた手を止めた。
「どうしたのソフィーナ」
「あった」
「え?」
水魔法の家庭教師を探してもらえる伝手。
ひとつだけ、あった。
記憶に留めておこう――と思っていたのに、今の今まで忘れていた選択肢。
――『オズワルドにレイラの家庭教師を探してもらいますか?』
以前、スライムの生態を調べるときに本を持ち出せるよう、オズワルドにおねだりをしたことがある。
その最中に出た選択肢は、このイベントを突破するための鍵なんじゃないか?
「きっとそれだよ!」
「ああ!」
私とノーラは互いの手のひらを合わせた。
そして、呟く。
「――戻れ」
おまけ
「神の国には本当に色々な娯楽があったんだな」
「うん。ゲームだけじゃなくて本もあったよ」
「そうなのか?」
てっきり下位世界を創造して遊ぶ、みたいな『神々の遊び』めいたことしかしていないと思っていたが、そういう話を聞くとやはりあの世界とこの世界の住人に大きな差はないのかな、と思ってしまう。
「どんな物語があるんだ?」
「私のオススメは『国を守護している聖女ですが、妹が何より大事です~妹を泣かせる奴は拳で分からせます~』かな。妹が好きすぎるお姉ちゃんが主人公で、聖女なのになんでもパンチで解決するところがギャップがあっていいんだよね~」
「明日発売だからって露骨な宣伝やめろ」




