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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第四章 嫉妬編

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第六話「最良の手?」

 スイレンとお姉様はこのループでは初対面。

 ゆえにお姉様は警戒の姿勢を取った。

 護衛も付けずに外に出ていてもしもの事が起きれば大問題だし、何も無くてもバレると母に叱られるためだ。


 私が比較的自由に外を出歩けているのは、オズワルドの協力あってこそだ。

 あいつと会っていたと口裏を合わせるだけで父も母も何も言えなくなる。

 ……その後に膝枕をしなければならない、という代償はあるものの、まあ安いものだ。


「――ありがとうございます。けれどまだまだなんです」


 お姉様はスイレンをひと目見て、すぐに強ばった肩を弛緩させる。

 見た目は品行方正な貴婦人だ。警戒する理由がない。


 私も、豹変した奴を見ていなければ警戒なんてしなかっただろう。


「そうかしら。お嬢さんの年齢から考えるともう十分だと思うけれど」

「私、この国で一番の水魔法使いになりたいんです」

「どうして?」

「先生と約束したんです」


 流れる川を眺めながら、お姉様はミレイユとの約束を語った。

 私はスイレンが何かした時にすぐ出られるよう、距離を詰めながら二人の様子を伺う。


「私は自分で自分の才能を信じられていません。だからこそこの国で一番になりたいんです。私を教えてくれた先生の目は間違っていなかったことを、この手で証明したいんです」

「素晴らしい師弟愛ね」


 たおやかに、優しく、スイレンは静かに目を細めた。

 優雅とも思える動作で水面に向かって指を向ける。


「『精霊の友よ。区区(くく)たる(あぶく)にて虚空を踊れ』」


 スイレンが呪文を唱えた瞬間――川から泡が飛び出した。

 形は大きなものから小さなものまで。それぞれが青や赤、黄色や白といった色がついている。

 一つ一つが意思を持っているかのように自由自在に飛び回り、泡同士がぶつかるとそれらが持っていた色を組み合わせた新しい色の泡に変化する。


「わぁ――すごい、すごい!」


 お姉様は派手な見た目の魔法に釘付けだ。

 眩しい笑顔を浮かべ、尊敬の念の籠もった目でスイレンを見やる。


「あなたも水魔法の使い手なのですね!」

「ええ。一応教師の免許も持っているわ」


 色鮮やかな泡を漂わせながらスイレンは膝を曲げ、お姉様と目線を合わせた。


「もし良かったら――あなたの夢を追う手伝いをさせてもらえないかしら」



 ▼


「まさかあなたがイグマリート家のご令嬢だったとはね」

「私もまさかです。あんなところで水魔法の先生にお会いできるなんて!」


 とんとん拍子でスイレンはお姉様の教師役に納まった。納まってしまった。

 完全に行き詰まっていたお姉様に、あの場で見せた奴の魔法は劇的に効いた。

 前のループよりもさらに目を輝かせながら、喜々としてスイレンに師事している。


「それではレイラお嬢様。今日はこの魔法を練習しましょうか」

「はい!」


 スイレンが教師になってからというもの、お姉様はそれまでのスランプが嘘のようにめきめきと能力を伸ばした。


 お姉様に見せたあの泡の魔法。

 攻撃性こそ皆無だったが、数多くの泡を大小合わせて十数個も操り、さらにそれぞれ異なる色が付けされていた。

 魔法を知らない者が見れば「わぁ綺麗」の一言で終わるが、魔法を深く知る者であれば、どれほど高い技術を組み合わせているのかがよく分かった。

 目眩がするほど高度な制御と、それを可能にする魔力量。


 やはりスイレンは優秀だ。

 教師役の第一候補に選ばれただけあり、覚えている魔法の数・魔力量・制御力、どれも他よりも頭ひとつ抜けている。


 だからこそ、牙を剥かれると勝てない。


 成長した私であれば勝つ自信はある。

 幾度とないループを経て引き継いだ魔力と、文字通り血を流しながら得た制御力。

 それらを十全に活かせる二十歳の私であれば今のスイレンなど相手にならない。


 ただ、今の私は六歳だ。

 水を湯に替える程度、紙切れを燃やす程度の魔法でも身体には大きな負担がかかる。

 戦闘用の魔法などもっての他だ。


(逆立ちしても勝てないな)


「すごいですねレイラお嬢様。この分だと私が教えることもすぐに無くなってしまいそうです」

「そ、そんなこと言わないで下さい」


 教師が去ってしまう寂しさを思い出したのか、レイラはスイレンの服の裾を掴んだ。


「お願いです。スイレン先生はどこにも行かないでください」

「ふふ。冗談ですよ」


 泣きそうな表情を浮かべるお姉様の頭を優しく撫でるスイレン。


「私はどこにも行きませんよ。ずっと。ずーーっと一緒ですよ」

「ありがとうございます、スイレン先生」


「……」


 美しい花のような笑みを浮かべるお姉様を、私は複雑な表情で眺めていた。



 ▼


「どうするの? ソフィーナ」


 いつもの秘密基地で、私とノーラは膝を突き合わせていた。

 スイレンが来てからというもの、ノーラは怖がって家に来なくなった。

 自分を殺した人間が何食わぬ顔で魔法を教えているのだから、まあ当然と言えば当然か。


(私も、自分を殺した奴と自然に話せるまでけっこうかかったもんな)


 イグマリート家の中には、使用人に扮したスパイがいる。

 そいつがいることでお姉様を殺すイベントが発生してしまう訳だが、進め方によっては私が殺されることもある。

 殺された直後は顔を見ただけで拒絶反応が出る。

 本能的に自分を守ろうとして、勝手にそうなってしまうのだ。


「……あまり気は進まないが、ダメだった他の家庭教師たちをもう一度試したい」


 お姉様が喜んでいるとはいえ、スイレンを長く傍には置いておけない。

 クビにした連中にもう一度だけチャンスをやり、その中にマシな奴がいることを願う。


「それでもしダメだったら……?」

「しばらくはスイレンを置いておくしかない」


 現状、お姉様の才能を一番伸ばせるのはスイレンだ。

 皮肉なことに、一番教師にしたくない奴が規格外の才能を持つお姉様には最適なのだ。

 あいつの過負荷な訓練にお姉様が耐えられなくなるのは十歳。

 逆に言えば、それまでは最高の教師と言える。


 スイレンをお姉様の傍に置く。

 どうしようもなく嫌だが、現状思いつく中で最良の手はそれしかない。


 スイレンが本性を現すまでの猶予は二年。

 その頃、私は八歳になっている。

 全盛期とは比べるベくもないが、今よりも少しだけマシな魔法が使えるようになる。


 勝負はその時だ。


「大丈夫なの……?」

「ああ。今のうちにお姉様の才能をできるだけ伸ばしてもらおう。そして最後には……」



 ――私の手で、殺す。



「? どうしたのソフィーナ。急に黙りこくって」

「……いや、なんでもない。お腹空いたな。何か甘い物ないか?」

「もちろんあるよー」


 喜々として持っていた包みを開くノーラ。

 ――手伝ってもらうとは言ったが、彼女をこういうことに巻き込みたくはない。


 私は最後の言葉を言わないまま、口を噤んだ。

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