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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
もう一つのプロローグ

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転生ヒロイン・ノーラ はじまりの物語(1)

 何かに夢中になることが好きだった。

 興味のあることや楽しいことにのめり込んだ時、私は幸せを実感する。


 私の興味は多岐に渡った。

 料理、雑学、ゲーム、アニメ、マンガ、音楽、ダンス、かわいいもの鑑賞。


 とりわけアニメやゲームでお気に入りのキャラグッズを集めることが好きだった。


 『推し活』


 それが私の生きる活力であり、理由だった。



 ▼


 私の名前は×××××。


 ありふれた幼少期を過ごし、

 ありふれた学生生活を送り、

 ありふれた社会人となった、いわゆる一般人だ。


 経歴はもちろん、名字も名前もありふれたもの。

 容姿も性格もこれといって特徴がなく、特技もない。

 ……強いて言うなら、誰とでも話を合わせられるくらいかな。

 それを特技にしていいかはかなり微妙だけど。


 だって――よく、こんなことを言われていたから。


「ねぇ。××さんってさ」

「うんうん。ちょっと私たちとは違うよね」

「相手に合わせて自分を変えてるよね。どこのグループにも私の居場所はない、ってお高く止まってる感じ」


 高校生の頃。

 友人たちがそう囁く声を偶然聞いてしまった。


「……」


 確かに私は彼女たちのようなオタクグループにも入っているし、陽キャグループにも入っている。

 クラスカーストなんて関係なく、私にとってはみんな等しく『友達』という括りなんだけど……どうやら彼女たちの目にはそうは見えていなかったみたい。


 毛並みの違う者とは相容れない。

 かと言って爪弾きにもされない。

 当たり障りのないぬるま湯のような交流。


 そして、当人がいなければ陰口を叩く。


(……私って、嫌な八方美人なのかな)


 胸の内にもやもやが溜まり、知らずに唇を噛みしめる。

 けれど、それを表に出すことはない。


 不満を露わにしても、空気が悪くなるだけだ。


「おはよー。昨日の深夜アニメ、楽しみすぎてリアタイしちゃったー」


 彼女たちの振る舞いも、自分の胸の内も知らんふりをして、たった今来たかのように挨拶をした。



 ▼


 高校、大学を卒業し、私は社会人となった。

 同期の新卒が次々に辞めていくいわゆるブラック会社だったけれど、私は運が良いのか悪いのか、その環境に適合してしまった。


 劣悪な環境でも、慣れてしまえばそれが普通になってしまう。


 会社の中でも、私は当たり障りなく人と接していた。

 誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ強――そんな風に褒められる裏では、学生時代のように陰口が横行していた。


「×××ちゃんお疲れー。たまにはメシ行こうぜ。今日は予定ないでしょ?」

「えっと……はい」


 そんな中、先輩に食事に誘われる。

 何度も断ると印象が悪くなると思った私は、一度だけ彼の誘いに応じた。


 一時間もしないうちに、私は来たことを後悔していた。

 先輩はいかに自分がすごいことをしてきたかとか、こんな自分を評価しない会社はオワコンだとか、そういう話しかしなかった。


「課長も部長も全然『先』が見えてねえよなぁ。そう思わねえ?」

「はぁ……」


 同意を求められても返答に困ることばかりだ。

 曖昧な苦笑いしかできない。


「×××ちゃんは休みの日なにしてるの?」

「えっと。アニメ見たりゲームしたり、ネット小説を読んだり」

「うわ、オタクってやつだね」

「そうなんです。推しキャラを見てるだけで無限に時間を過ごせます」


 ようやく楽しい話題に転換しそう――という時に、冷水のような言葉を浴びせられる。


「早めに現実を見た方がいいよー? 女の賞味期限は短いからね」

「――っ」


 めちゃくちゃ失礼なことを言われ、さすがにカチンと来てしまう。

 ビンタしても今なら許されるんじゃないかと、右手に力がこもる。


 けれどその怒りを、私はぐっと抑え込んだ。

 逆上されたら力では勝てない。

 この場で何もされなかったとしても、今後会社でどんな嫌がらせをされるか分からない。

 それに……人なんて、殴ったことないし。


 誰かを傷付ける自分を想像しただけで手が震えた。

 私は物語の主人公なんかじゃない。

 ゲームで言えばただのモブキャラだ。

 何かを変える力なんて……ない。


「……すみません。ちょっとお手洗いに行ってきます」


 トイレに立つふりをしてやり過ごし、嫌な気持ちを押し流す。

 ささくれ立つ心を、推しキャラの待ち受けを眺めることで静める。


「はぁ。『Ⅱ』の発売まだかなぁ」


 待ち受けに映し出された美形キャラ。

 実はまだ、彼が登場するゲームは発売されていない。


 『Ⅰ』が発売されたのは五年前。

 私はどっぷりとハマったけれど、人気はそれほどでもなく「知る人ぞ知る」といった類のゲームだった。

 しかし、とある有名配信者さんが実況動画を上げてから人気が爆発。

 今では知らない人がいないくらいのゲームとなった。


 人気に押される形で続編製作が発表されたのが三年前。

 その時、新ヒロインと共にヒーローの紹介PVが動画サイトで公開された。

 私の待ち受けは、その時のPVをスクショしたものだ。

 公式からの素材供給が少なすぎてつらい。


 暗めの茶髪と包容力のありそうな優しい瞳をした彼に、私は一目惚れしていた。

 どうも私はこういう『お兄さんタイプ』がツボにハマりやすいようだ。

 同性だと『妹キャラ』とか、そういうものにも目がない。

 シチュエーションでいえば『姉妹愛』とか『ギャップ萌』とか、他にも他にも――ああ、話し出すとキリが無い。


 推し(になる予定のキャラ)を眺めているうち、先輩への怒りはどこかに飛んで行っていた。



 ▼


 その後も、先輩はたびたび私を食事に誘ってくれた。

 前回嫌な気持ちにさせられたので、さすがにもう行く気にはならなかった。


 私はあまりピンと来なかったけれど、先輩は顔がカッコイイと一部女子から持て囃されていた。

 そのお誘いを幾度となく断る私は「お高く止まった女」なんて言われるようになっていた。

 だんだん、職場にも居辛くなってくる。


(……転職、しようかなぁ)


 休憩所で甘い紅茶を飲みながらそんなことを考えていると、ビルの用務員さんたちが前を通り過ぎた。


「屋上の老朽化したフェンス、交換は来月以降になるそうだ。それまでは立入禁止にしろってさ」

「もっと早く依頼出しときゃすぐに直ったのにな」

「しょうがないだろ。オーナーがなかなか首を縦に振らなかったんだから」

「あのケチ野郎め」


 ……どこの業界も、上の人に苦労してるのかな。

 だったら、転職しても同じなのかな。


「……はぁ」


 ため息をつきながら、私は飲み干した紅茶をゴミ箱に投げ入れた。


 憂鬱ばかりが続く日常。

 そんな時、待ちに待った『Ⅱ』の発売日が告知された。



 ▼


「キター! ついにこの日が来たのね! もう延期したりしないよね? 今度こそ大丈夫だよね?」


 『Ⅱ』は三度の延期と諸々のトラブルが起こり、一時は発売中止の噂さえ立っていた。

 けれど、それらをすべて乗り越え、発売に至ったのだ。

 夢じゃない。


「製作者のみなさん。ありがとうございます、ありがとうございます」

「×××ちゃん。今日こそ一緒に飲みに――って、何してんの」

「いえ、神に祈りを捧げていただけです」


 いつもなら顔を見ると嫌な気持ちになる先輩にも、余裕の笑みで対応できる。

 推しの力は偉大だ。


「すみません先輩。今日は予定があるので」

「また? 付き合い悪いなホントに。俺がこれだけ誘ってやってるのに」


 先輩が不満を露わにすると、オフィスにいた女性社員たちが私をじろりと睨んだ。

 もう十回以上断り続けているし、さすがに行ったほうがいい……のかな。


 私は最速プレイとかにはあまり興味がない。

 気に入ったゲームをゆっくりと長くやり込むタイプだ。

 『Ⅰ』はスチルの枚数が多く、レアなものは条件が鬼のように複雑だった。

 同じ流れを汲んでいるであろう『Ⅱ』も、相当な時間がかかることはカンタンに想像できる。


(今日行けば、次に誘われるまで間隔が空くと考えたら……行っておいた方がゲームの時間が確保できる)


 しばらく悩んだ末、今後邪魔されないようにするため、今日を我慢することにした。


「分かりました。ご一緒します。ただ」

「ただ?」

「先に用事があるので、その間だけ待っていてもらえますか?」

「いいよ。ここでカラ残業しとくわ。どうせ残業代出ないし」


 とんでもないことを言いつつ、先輩は了承してくれた。


 プレイは我慢できても、発売日入手は我慢できない。

 二十時に退社した私は、一目散にオタクショップへ走った。



 ▼


「やった、やった、やった……!」


 とうとう念願のゲーム(初回限定版+店舗購入限定品付き)を入手し、私はほくほくで会社に戻った。


「先輩、お待たせしました」

「おーう。って、何ソレ?」

「ゲームです!」


 私が弾んだ声でそう言うと、先輩の顔が急に曇った。


「は。俺よりゲームを優先したの?」

「はい。どうしても今日、手に入れたくて」

「……×××ちゃん。ちょっと外で話そっか」


 先輩は私を、ビルの屋上に連れて行った。

 いつもはスムーズに行ける屋上だけど、今は『立入禁止』の看板が立っていた。

 それを廊下の端に追いやり、先輩は進んだ。


「あの、先輩。屋上はいま危ないって」

「すぐ終わるから平気だよ。いいから来て」


 無言の圧にやられ、私は先輩の後に続いて屋上に出た。

 雑多なオフィス街なので暗さはそこまで感じないけれど、吹き抜ける風が強くて思わず身を縮こまらせた。


「先輩。お話って」

「×××ちゃん。前にそういうのは止めた方がいいって言ったよね」

「はぁ」

「いつまでも妄想に浸ってちゃ駄目だよ。これ、君のために言ってるんだからね?」


 私より何世代も上の人はアニメやゲームに忌避感を覚える人が多い。

 彼らが現役世代だった頃はまだそういったものが社会に浸透していなかったので、なんとなく悪感情を持たれていたらしい。

 けれど、先輩は私と十も離れていない。

 アニメやゲームと一緒に青春を過ごしてきたはずだ。


 どうしてそこまで否定するんだろ……。


「そのくだらない趣味やめてくれたら、君と付き合ってあげてもいいけど。この会社の中だと×××ちゃんレベル高いし」

「いえ、結構です」


 なんでそういう話になるの?

 疑問よりも先に拒否の言葉が口をついて出た。

 先輩の言葉尻を捉えるほどの即答をしてしまい、あからさまに顔をしかめられる。


「は!? この俺が現実の楽しみを教えてあげるって言ってるんだぞ!」

「現実も十分、楽しんでます。グッズ集めに聖地巡礼、コラボカフェ――」

「そんなくだらないことじゃなくて!」

「くだらない?」

「アニメやゲームなんて、しょせん誰かの考えた妄想だろ? そんなものに金と時間を費やすことをくだらない以外、なんと言えばいいんだ?」

「……」


 熱くなる先輩に対し、私はどんどん冷めた気持ちになっていった。


「俺と付き合おうぜ。女の喜びってやつを教えてやるよ。そしたらくだらない趣味なんて全部すぐにやめられるぜ」

「絶対に嫌です」


 私は静かに、強く言い切った。


「人が好きなものや大切にしているものをくだらないと断じる先輩のほうが、よほどくだらないです」


 言った。

 言い返してしまった。

 やんわり、のらりくらりと回避すれば良かったのに――という後悔が頭の中をぐるぐると回る。

 けれどそれ以上に、言って良かったという満足感が心の中を占めていた。


 今ここで言い返さなかったら、私は今後一生アニメやゲームを楽しめなくなる。


「……」

「すみません、今日の食事はやっぱりキャンセルさせてください」


 こんな空気では一緒にどこかへ行くなんて無理だ。

 それに、今まで気付かなかったけれど――先輩は私を()()()()()で見ている。

 そう思うと、得体の知れない気持ち悪さがあった。


 私はゲームを胸に抱きしめつつ、呆然とする先輩の横を足早に通り過ぎようとした。


「待てよ!」

「きゃっ」


 その瞬間、どん! と肩を強く押される。

 私は二、三歩たたらを踏み――フェンスに手を突こうとした。


 落下を防いでくれるはずのフェンスは、私の重みを支えてくれることなく、がこ、と情けない音を立てて壊れた。


「あ――」


 用務員さんが言っていた老朽化したフェンスの部分に、私は運悪く突き飛ばされたのだ。


(落ち――)


 濁った空が見えた。

 世界が逆様(さかさま)になり、つい数秒前までいた屋上が遠くに見































 ゴツゴツした感触に、私は目を開いた。


「目、覚めたか」

「……だれ?」


 知らない男の人が、私を撫でていた。

 身体を起こすと、額から湿った布がぺちゃんと落ちる。


「じっとしてろ。メシ持ってくる」

「ひっ」


 男の人は四十代くらいで、よく見るとかなり強面(コワモテ)だった。

 反射的に喉の奥から悲鳴が出て、私は身を縮こまらせた。


 ――その時、意識を失うまで胸に抱いていたものがないことに気付く。


「あれ、ゲームは?」


 自分の身体を見下ろして――強烈な違和感が湧き上がる。

 手足が縮んでいる。


「あ? あーいーうーえーおー」


 声も高い。

 どう考えても他人なのに、自由自在に身体を動かせてしまう。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()みたいだ。


 おかしいのはそれだけじゃない。

 室内を見渡す。

 まるで中世の生活様式を再現した博物館の一室のように、現代とは思えない古めかしいもので溢れていた。

 壁にはコンセントがなく、灯りはランタンの火。

 開け放たれた窓の外には、綺麗な星空が見えた。

 落ちる直前に見た、濁った空とは比べるべくもない。


 ベッドを降りて部屋を探索すると、曇った鏡を発見した。

 自分の顔を見やると――そこには。


「この子って……」


 鏡越しに見えた顔は、私が購入したあのゲームのヒロインそのものだった。

 少しだけ痩せ細っているけれど、何度も何度もPVを見返した私が見間違うはずがない。


 事故に遭い、目が覚めると見たこともない世界で別人になっている。

 この現象の名前を、私は知っていた。


「もしかしてこれ――異世界転生ってやつ!?」

「うるせぇぞ」

「ひいぃぃぃ!? ごめんなさいごめんなさい!」


 戻ってきた男の人に低い声で怒られ、私は身を震わせた。

入りきらなかった小話


先輩のその後。

すぐにその場を逃げ出すが、あっさり捕まる。

「俺の誘いを断ったあいつが悪い!」という自分勝手な言い分がもちろん通るはずもなく、社会的に制裁を受け服役中。


入りきらなかった小話2


先輩がオタクを嫌う理由

大学時代に狙っていた女の子をオタク趣味の男に取られたため。

(取られた、というのは先輩の主観であり、女の子は付きまといに近いことをされ困っていた)

それ以降、アニメもゲームも大嫌いになる。

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