第十三話「ドヤ顔」
「ノーラ。これを見ておいて」
私はノーラ用に作成した、お姉様の死亡イベントをまとめた年表を渡した。
概要しか書けなかったが、詳しいことは時期が近付いたら話せばいいと思い省いてある。
「え、こんなにあるの……?」
「起こる可能性の高いものだけ抜粋した。場合によってはもっと増える」
年表の最後は国歴三百三年。
西大陸のとある大国から宣戦布告を受けた我が国は、圧倒的な国力差を前に半年ともたず滅亡する。
目下の目的はその回避だが、成功したとしてもそこから先、お姉様の死亡フラグが無くなるとは限らない。
「橋の下で聞いていたし、ループの回数もだいたい分かるからある程度想像していたけど、数も内容もそれ以上だよ……」
紙一枚では到底収まりきらない死亡イベントの数々を見ながら、ノーラは顔を歪めた。
「……あれ」
ノーラの目が年表の端に移動した際、形の良い眉が八の字に曲がった。
「どうした?」
「なんか……これ、ヘンだね」
「変とは?」
「何か違和感があるんだよね。なんだろ……」
違和感。
私にとっては何の罪もないお姉様がここまで酷い目に遭うシナリオそのものが違和感の塊だが。
前世の知識を持つノーラには、別の何かが見えているのかもしれない。
ただ、うまく言語化できないようで、年表を見ながら「うーん、うーん」と頭を抱えている。
結論が出なさそうだったので、話を先に進める。
「知っての通り、今はシナリオを大幅に変えて私がオズワルドの婚約者になっている」
お姉様がオズワルドと婚約したまま進んでいたシナリオを便宜上Aルートとすると、今はBルートを進んでいることになる。
基本的には同じ流れを踏襲するが、シナリオが変われば起きるイベントも変わる。
ほとんど起きないはずの奇病が絶対に起きるイベントに変わっていたり。
直近では、魔物に襲撃されるという未知のイベントも発生した。
Bルートはまだまだ手探りの状態だ。
「私は具体的に何をすればいい?」
「イベントが起きた際のサポートと、それ以外の時間はできる範囲での情報収集をお願いしたい」
成長してからは父を利用してある程度の情報網を築けるが、下町の情報には疎い。
貴族にしか掴めない情報もあれば、平民にしか掴めない情報もあるはずだ。
父の仕事を手伝っているノーラはあちこちに顔が利く。
情報収集には打ってつけと言えた。
「任せて」
「連絡は週に一度手紙で行い、月に一度はこうして会って話をしよう」
今回は大丈夫だったが、あまり会う頻度を上げると招待を制限される可能性がある。
イグマリート家とノーラの秘密基地、交互に行き来するくらいが丁度いいだろう。
「あーあ。スマホがあったら毎日通話できるのになぁ……」
「そんな便利なものはない。我慢しろ」
「はぁい」
一通りのすり合わせと行動指針が決まったところで、私は席を立った。
「それじゃ、始めるぞ」
「うん。ハッピーエンド目指して頑張ろうね」
ノーラに手を振られながら、私はいつもの言葉を口にする。
お姉様を救う。
そのためだけに。
「――戻れ」
▼ ▼ ▼
「彼にひとめぼれしました! 私とオズワルド様を婚約させてください!」
オズワルドをお姉様から奪い、Bルートに変更する。
その後の行動はいつも通りだったが、ノーラのおかげで細かい部分でのストレスは激減した。
例えば、誘拐事件。
「ここを脱出しましょうオズワルドさま。見てください。都合良く天窓に縄がかけられています」
「本当だ。しかも等間隔に足を引っかけるところまである!」
誘拐犯によって水車小屋に運び込まれた後、ノーラに脱出用の縄を用意してもらった。
このおかげで狭い水路を通ることも、外でオズワルドの下敷きになって後頭部をぶつけることも、オズワルドに臭いと言われることもなくなった。
▼
奇病ではノーラの直接的な出番はなかったが、オズワルド相手に溜まっていく愚痴を会う度に聞いてもらった。
「家で解けた問題が私の前で解けなくて、それでまた癇癪を起こしたんだ。前のループは四回だったのに今回は七回だぞ!」
「大変だねぇ」
うんうん、と同情を寄せてくれるノーラ。
彼女なら、ループのことも含めて話す内容に制限はないし、幼少期の舌っ足らずな話し方にする必要もない。
ノーラ本人が聞き上手ということもあり、愚痴の聞き役としてこれ以上ないほど適任だった。
「オズワルドがそういうキャラって言うのは知らなかったなぁ。事前情報では俺様系のイケメンだったけど」
「そんないいもんじゃない。あんな奴ゴ○だゴ○」
「こら。人のことをそんな風に言っちゃダメ」
つん、と私の額を押してくる。
いつか、どこかのループでお姉様にされた感触を思い出し、懐かしい気持ちになった。
▼
そしてやって来た魔物襲撃イベント。
これを回避するためにしてはいけないことは、お姉様の訓練の制限だ。
前回は下手に横から口を出したせいでスケジュールが変わってしまった。
お姉様にかかる負荷を軽減するため、水源が豊富な郊外で訓練をすることになり――結果、魔物に襲われて死んだ。
だから今回は訓練に関して何も言わない。
「レイラ様の制御力はもう十分ですね。次からは魔力の使用量を増やしてひとつひとつの威力を高める練習をしましょう」
「はいっ」
今のお姉様には過剰な領域の訓練に差し掛かったが……スイレン先生ならきっとうまくやってくれるだろう。
▼
『レイラをお泊りに誘いますか?』
→はい
いいえ
襲撃の当日はお姉様をお泊まりに誘った。
魔物襲撃から完全に守るという目的を達成しつつ――アレックスと会わせるために。
「やあレイラ、ソフィーナ。よく来てくれた」
「アレックス殿下、ごきげんよう」
出迎えてくれたアレックスに、お姉様がお辞儀する。
……私が来たときは出迎えなんてなかったのに。
(本当にお姉様が好きだな。ありがたい)
ループを通して見える彼の行動の違いに、内心にやにやしてしまう。
この年齢でお姉様とアレックスが出会うことはAルートではあり得なかった。
『オズワルドの婚約者』という枷が無くなった今、このチャンスを逃す手はない。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「公式の場でもないんだ。前の様に気軽に接してくれ」
緊張を含むお姉様に柔和な笑みを浮かべるアレックス。
一見すると余裕ぶっているように見えるが……彼は表情の隠し方が上手い。
その鉄壁っぷりは何度もループして様子を観察していても、ほとんど真意を見破れないほど。
何でも顔に出るオズワルドとは正反対だ。
――しかし、ことお姉様を前にした時だけは手に取るように分かる。
断言してもいい。
アレックスも、お姉様を前にして緊張している。
(できれば二人きりにしたいところなんだが……)
「オズワルドと二人で回りたい」と言えば、お姉様を置いていくことはできる。
……が、自分から誘った手前、それはしたくない。
お姉様は気にしないだろうが、私が気にする。
それに、お姉様を一人残したとして、アレックスが案内をするとは思えない。
彼のヘタレっぷりはオズワルドのクズっぷりと並んでブレることはない。
きっとそこいらにいるメイドを呼んでお姉様を案内させるだろう。
(何か良い方法はないものか……)
表面を取り繕いつつ思案を巡らせていると、オズワルドが急に私の手を掴んだ。
「ソフィーナ、来い!」
「へ?」
いきなり走り出すオズワルド。
手を掴まれている私は彼に引っ張られるような格好になった。
「兄上! 僕はソフィーナを案内したいから、レイラの相手を頼むぞ!」
「お、おいオズ!?」
「行くぞソフィーナ!」
ぽかんとする二人を残し、私たちはその場を後にした。
▼
「うまくいったな!」
「……」
握っていた手を一旦離し、オズワルドは改心の笑みを浮かべる。
こいつの奇行は今に始まったことではないが、意図が分からない。
「『どうして二人を置いていったのか』と聞きたそうな顔をしているな……ふふふ」
眉を寄せていると、オズワルドが勝手に喋り出した。
「聞いて驚け! 僕も最近、ソフィーナの考えていることが分かるようになったんだ」
推理小説の名探偵が犯人を暴くように、私に指を突きつけてくる。
「ずばり! 『僕と二人きりになりたかった』だろう!?」
「……」
オズワルドの考える『二人きりになりたい』とは全く意味が違うが……一応、合ってる。
強引な手法ではあったが、私に落ち度のない形でお姉様とアレックスを二人きりにしてくれた。
後はアレックスが動いてくれるかだが……それもオズワルドが格好の言い訳を用意してくれた。
弟の不始末を受ける形で案内してくれているだろう。
……たまにはいいことをしてくれるじゃないか。
私は口を開き、驚く仕草を取った。
「すごい……すごいですオズワルドさま! どうして私の考えていることが分かったんですか?」
「はぁーっはっは! 僕ももう八歳だ。婚約者の考えることくらい分からなくてどうする!」
ノーラの言うところの『ドヤ顔』をされる。
気のせいか、鼻もなんだか高くなっているように錯覚した。
普段ならイラッとするところだが……思い通りに事態を動かしてくれた今なら何をされても許せてしまいそうだ。
お姉様の幸せの数々を台無しにしてきたこいつが、まさかアレックスとお姉様を二人きりにするきっかけを作ってくれるとは、誰が予想できただろうか。
「よしソフィーナ! この僕が端の部屋から案内してやる!」
「ありがとうございます、オズワルドさま♪」
私は珍しく、彼に心からの礼を述べた。




