表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第三章 ヒロイン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/192

第十話「てぇてぇ」

 口の中に広がる味に、私は顔を押さえてその場にうずくまった。


 馬鹿な……。

 馬鹿な…………!


「どどどどうしたの!? 口に合わなかった!?」


 慌てて駆け寄り、背中をさするノーラ。

 私はケーキをゆっくり咀嚼してから、一言。


「…………おいしい」

「リアクション派手すぎて草」


 独特の言い回し――草ってなんだ?――をしつつ、ノーラは笑う。

 しかし、決して大袈裟ではない。


 公爵令嬢である私は、食に関してはずっと恵まれた環境にいた。

 両親に冷遇されていた時代ですら「やせ細っていてはみっともない」と、ちゃんとしたものを食べさせてもらっていた。


 今はもちろん、未来では王妃の妹として王宮に何度も招かれている。

 平民では手が届かない国外の甘味を食べたことだってある。

 当然のように舌は肥えていて、多少の美味しい物では全く動じない。


 そんな私の舌が驚いてしまうくらい、ノーラのチーズケーキは美味だった。


「これ、本当にあなたが……?」

「もちろん」


 私は続けて二口、三口とチーズケーキを口にする。


 しっとりとした食感。

 ほどよい焼き加減。

 濃縮された甘み。


 実家の料理人ですら、ここまでのものは作れない。


「おいしすぎる……何を入れればこんな味になるんだ」

「卵、グラニュー糖、クリームチーズ、薄力粉、ミルク、レモン汁。全部普通のやつだよ」


 貴族は料理をしない。

 それは使用人の仕事であり、貴族がすべきことではないからだ。

 紅茶と珈琲だけは例外で、家族や伴侶となる人物に親愛の証として淹れることはあるが、それだけだ。


 料理の知識が皆無の私に『普通の材料』と言われても、それが本当に普通なのかは分からなかった。

 後で実家のシェフに聞いてみよう。


 私の反応に気を良くしたのか、ふふん、とノーラは得意げに胸を張った。


「前世はY〇utubeでいろんな動画を見るのが趣味だったの。あんまりSNS映えするデコとかはできないけど、基本的なお菓子はだいたい作れるよ」


 ユ……?

 動画?

 えすえぬえす?

 でこ?


 さっきの『草』の意味も正直よく分かっていない。

 まるで異国の人間と話をしているようだ(実際、そうなのだが)


「あなたと話していると、知らない単語がどんどん増えていくな」

「ノーラでいいよ。レイラの妹ちゃん」

「ソフィーナだ」

「ソフィーナ、ソフィーナ……」


 咀嚼するように、ノーラは私の名前を繰り返した。


「……私の知っている登場人物の中にはいない子だね」

「そうだろうな」


 製作者の言葉を借りるなら、私はモブだ。

 何の役割も与えられなかった、いてもいなくてもいい人間。


「その辺りも含めて聞かせてもらえるかな」


 ノーラはさっきと同じ場所にすとんと腰を下ろし、逸れた話題を元に戻した。

 私は残ったチーズケーキを食べ終えてから、彼女の対面に座る。


「少し長くなる」



 ▼


 私は、これまでの経緯をすべて話した。


 出来損ないだったこと。

 自分のせいでお姉様を死なせてしまったこと。

 ループし、お姉様の死を回避する機会を得たこと。

 回避する度にお姉様が死んだこと。


 そして、神々の世界に行ったこと。

 床も、壁も、机も、椅子も、人さえも真っ白な世界。

 そこはこの下位世界を創造した神々が住まう上位世界。


 彼らこそ、世界の創造主。

 万物の運命を司る彼らは、お姉様を死の運命に縛った。

 お姉様はこれから先、どんな運命を進もうと必ず死ぬ。


 事故、事件、天災、戦争。

 あらゆる矛先がお姉様の喉元を掻き切ろうとしているのだ。


 それに抗うため、私は神々の世界でループと選択肢の能力を得た。


 ……思えば、この能力は本来ノーラのものだったのかもしれない。

 私は、彼女に与えられるはずだった力を奪ったのだろうか。


「――という訳だ」


 包み隠さず、本当にすべてを話した。

 ここまで()()けに話したのは長いループの中で初めてだ。

 自分なりに短くまとめたつもりだったが、気が付けば建物の影が大きく動いている。

 時計は無いものの、太陽の位置が移動するほど時間が経っていることを示していた。


「気になってることを聞いてもいい?」

「ああ」

「つまりソフィーナちゃんは、転生者じゃないってこと?」

「生まれも育ちも下位世界(ここ)だ」


 ノーラのいた日本の一部では、輪廻転生が強く信仰されていたらしい。

 死んだあとは望む下位世界に転生し埒外の力――チート、と呼ぶらしい――で好きに生きることができる、と。


 彼女がそうだったので、私も同じ境遇だと思われていたようだ。


「巻き込んで申し訳ないとは思っている。けど、お姉様を救い出すまでループを止めるつもりはない」

「……終わる目途はあるの?」

「ない」


 正直に答えた。

 神が定めた運命は強力で、どこまでもお姉様を追いつめてくる。

 十五年後に起こる西大陸との戦争を回避する手段を探しているが……そこを乗り越えたとしても、次にまたお姉様を殺す大きなイベントが起きないとも限らない。

 既に数えきれないほどループを繰り返しているが、未だ道半ばなのだ。


「そっか」


 神妙な表情で、ノーラが立ち上がる。

 口を真一文字に引き締め、怒っているようにも見える。


 怒るのは当然か。

 ようやく見つけた迷路から脱出する手段を拒まれ、その上まだまだループすると宣言しているのだから。


 嘘で誤魔化そう――という考えは浮かんでこなかった。

 ループを共有している以上すぐにバレるし、何より……嘘をつきたくなかった。

 迷惑をかけている以上、誠実でいるべきだろう。


「私には何をしてもいい。けど、お姉様には手を出さないでくれ。お願いだ」


 私はノーラに懇願した。


「お金も、地位も、私ができる範囲のものは用意させてもらう。だから――!?」


 いきなりノーラが私の両手を掴んだ。

 少し痛いくらいの力強さで引っ張られ、彼女の整った顔がすぐ近くまで接近した。


 視界いっぱいに映るノーラの顔は、赤らんでいた。

 怒りによるもの――ではない。

 まるで意中の異性を前にした時のように、その表情はだらしなく(とろ)けていた。

 半開きになったノーラの唇が、言葉を紡ぐ。


「てぇてぇ」

「は?」

「推しであるお姉ちゃんのためにループを繰り返す妹……こんな美しい姉妹愛がある!? いえ、ないわ!」


 鼻息を荒くしながら手を上下にぶんぶんと振るうノーラ。

 なんだろう。怖い。


「前世でもここまでの人は見たことないわ! ソフィーナちゃん尊すぎてしんどい無理、死ぬ!」

「具合が悪いのか?」


 幻覚系の毒キノコをうっかり食べてしまった時のような奇行に、思わず背中をさする。


「あ、ごめんごめん。つい尊みが爆発しちゃった」

「……」


 言葉は分かるのに、意味が全く理解できない。

 神の世界の言い回しはこうも難解なのか。


「ねぇソフィーナちゃん。提案なんだけど――」


 ひとしきり騒いで落ち着いたノーラの言葉に被さるように、半透明の窓が出現した。


『ノーラを仲間にしますか?』

 はい

 いいえ



 ▼


「あ、選択肢だ」

「見えるのか!?」


 さすがヒロインと言うべきか、選択肢はノーラも見えるらしい。

 『はい』を選べば、彼女を仲間にできる。


 願ってもない話だ。

 ノーラとならループを挟んでも話にズレが生じない。

 一度きりの作戦ではなく、いくつものループを跨いだ前提の作戦だって組める。

 私が持っていない神の世界の知識を持っていて、私の視点では見えない突破口も見いだせるかもしれない。

 味方として、これ以上に頼もしい相手はいないと言える。


「いいのか?」


 私はすぐに『はい』を選ばず、意思確認をした。

 お姉様のことを思うなら答えは決まっているのだが……ノーラには不義理を働けない。


「もちろん。てか、ちょうど私も提案しようとしていたから」


 反対側から『はい』の部分をちょいちょいと突つくノーラ。

 どうやら、見ることはできても選ぶことはできないらしい。


「神の使徒なのに、神に反逆することになるんだぞ」

「確かに前世は日本人で、あなたの言葉を借りるならここは下位世界。けど、今の私はもうこの世界の住人だよ。神の使徒でもなんでもない、ただの平民」


 とん、と自分の胸を叩く。


「私たちはいわば同志よ」

「同志?」

「そう。同じ熱量で推しを愛することができる同志!」


 推し、の意味はちょっと分からないが。

 彼女とは――彼女となら、本当の意味で仲間になれるかもしれない。


 私は手を伸ばす。

 半透明の窓を挟んで、両者の手のひらが重なった。


「これからよろしく。ノーラ」

「こちらこそ、ソフィーナちゃん」


 選択肢を選ぶと、いつもはすぐ消えるはずの窓が、別の文字を映し出した。





『――ノーラを仲間にしました。セーブ能力を開放します』

ソフィーナ視点だけだとノーラの意図が分かりづらいので、章の終わりにノーラ視点の短編を挟む(予定)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最初、前回の引きからどうなるのか戦々恐々してましたが、ノーラの「てぇてぇ」で物凄い安心しました!! 推しができて語彙力消失するのがオタク特有ムーブで笑ってしまいました。 [気になる点] …
[一言] 前話でノーラにソフィーナがだましうちで毒殺でもされたのかと思った(笑)。 ソフィーナ(モブ)がヒロインの推しキャラになった感じですねー。
[良い点] ノーラが気が遠くなるほどループ繰り返してるにしては対応が軽い感じがしたが セーブ機能を駆使していたのなら納得です [一言] 前話の食べたリアクション紛らわしいわw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ