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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第三章 ヒロイン編

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第五話「思い違い」

「オズワルドさま、この部屋は何でしょう?」

「……」

「教えてください、お願いします」


 アレックスとの会話の後、オズワルドはすっかりだんまりを決めてしまった。

 どうやら自分よりもアレックスを優先されたことでスネてしまったようだ。


「第二応接間だ。そんなことも知らないのか」


 ぶっきらぼうに告げる彼に、こめかみがピキリと疼く。


 知ってるわ!

 お前に説明なんかされなくても、全部分かるわ!


 ――と言いたい本心を気合いで抑え込み、私は努めて笑顔で対応した。


「すみません。(今回の人生では)初めてなので分かりませんでした。教えてくださってありがとうございます」

「……フン」


 いい加減機嫌直せよ。

 ほんのちょっとアレックスと話しただけだろうが。


 ――と言いたい本心を気合いで抑え込み、私は努めて笑顔で対応した。


「オズワルドさま。この装飾がとってもきれいな箱は何でしょうか?」

「……隣国の国王と父上が仲良くなった時に貰ったモノだ」

「そうなんですね。中には何が入ってるんですか?」

「隣の部屋に鍵があるから、見たいなら勝手に探せ」


 オズワルドはそう言って、応接間の長いソファにごろんと寝転んだ。


()()をして疲れた。僕は少し休む」


 ――プチ。


「ん? 今何か、切れてはいけない糸が切れたときみたいな音がしなかったか?」

「私には聞こえませんでした。気のせいじゃないでしょうか?」

「そうか」


 聞こえてたのは、たぶん私の我慢の糸が切れた音だろう。

 奥歯を食いしばり、拳が震えるくらいに手のひらを強く握りしめ、ソファごと蹴り倒したい衝動を気合いで以下略。


 落ち着け。

 今回のお泊りの目的は、オズワルドと仲睦まじい姿を隠れているであろうヒロインに見せつけ、あぶり出すためだ。

 ここで心のまま行動すれば、計画はすべてパァになる。


 我慢だソフィーナ。

 怒りを抑え込め!

 お姉様の幸せのために、我慢しろ……!


「――――――――疲れさせてしまってごめんなさい。少しお休みしててくださいね」



 ▼


 部屋を移動した私は、隣に音が響かない程度に壁を殴る。


 ――よく耐えた。

 偉いぞソフィーナ。


 そうやって自分を鼓舞しないと、頭から血が吹き出そうだった。


 オズワルドは一度スネてしまうとなかなか機嫌が戻らないようだ。

 ひとつ、オズワルドに関する知見を得た。


(お姉様はやはりすごいな)


 オズワルドの婚約者になってからというもの、何度ぶち切れそうになったことか。

 それを「お小言」程度で済ませていたお姉様の忍耐力の強さと懐の深さに、改めて尊敬の念を抱いた。

 あんなゴ〇を見捨てなかったお姉様は、きっと慈愛の女神の生まれ変わりに違いない。


 何はともあれ、小休止だ。

 オズワルドに抱いた殺意が落ち着くまで、ここでしばらく休もう。


 ――なんて思っていた矢先、部屋の扉が開いた。


「……っ。これはソフィーナ様」


 入って来たのは、掃除用具を持ったメイドだった。

 人がいると思っていなかったのだろう。私を見て、少し驚いた表情をしている。


「オズワルド殿下とご一緒ではないのですか?」

「……実は、私のせいで少し機嫌を損ねられまして。今は隣の部屋で休んで頂いています」

「まあ。そうだったんですね」


 眉を下げるメイド。

 彼女の身体に、半透明の窓が重なった。


『オズワルドに近づく女子について聞きますか?』

 はい

 いいえ



 ――選択肢!

 ここでこんな質問が出るということは、やはりオズワルドに接近する誰かがいるということだ。

 その人物こそ、ヒロインだ!


 私は迷わず『はい』を選択した。


『オズワルドに近づく女子について聞きますか?』

 →はい

  いいえ


「ソフィーナ様には何も言わないとばかり思っていましたが――」

「あの! お尋ねしたいことがあるんですけど」

「? はい、何なりと」


 メイドの口上を遮り、私はそれとなく選択肢の内容を口にした。



 ▼


「オズワルド殿下と仲良くされている、同い年の女の子……ですか」


 話を聞いた後、メイドはほぼ即答に近い形で答える。


「いませんね」

「へ?」


 想像とは全く異なる答えに、思わず間抜けな声が出てしまった。

 あんな選択肢が出たのだから、てっきりいると思っていたのに……。


 ヒロインが物語に登場しお姉様と実際に相対するのは学園に入学してから。

 それ以前にどういう動きをするかは全く知らない。

 あの手紙を受けて、すぐに邪魔をしてくるものだとばかり思っていたがそれもなく。

 こうして私――ヒロインから見れば、役割も何も与えられていないモブキャラ――が外堀を埋めていっているのに、それを邪魔しようともしない。


 警告はしてきたが、行動に移そうとはしてこない。

 ヒロインの行動がちぐはぐだ。


「あの、本当にオズワルド様と仲良くしている女の子はいませんか?」

「ご安心ください。オズワルド殿下はソフィーナ様一筋ですよ」

「……」


 だとすると。

 これまでとは別の可能性が浮かび上がる。


(もしかして、ヒロインはオズワルドに接触()()()んじゃなくて、()()()()んじゃないか?)


 ヒロインは神々の寵愛を受けた存在で、どんなルートを選んでも幸せな未来が約束されている。

 だからこそ、神々が定めた物語に逆らうことができない。


 お姉様やオズワルドとは物語の中で初めて出会うことになる。

 それよりも前に会っているとなると、物語の中身が異なってしまう。

 だから会いたくても会えないんじゃないだろうか。


 そう考えると、手紙だけ送ってきたことにも説明がつく。


 ……けど。



 一旦出そうになった結論に、私は眉を歪めた。


 物語の強制力が働いているなら、どうして私はヒロインの姿を知らないのだろう。



 まだやり直しの回数が浅い頃、ヒロインの排除を優先したことがあった。

 物語の中心人物である彼女さえいなければ、お姉様が死ぬフラグも減ると見込んでのことだ。


 はじめは学園の中で目立つ人物を。

 次に、可もなく不可もない平凡な人物を。

 最後に、日陰者と呼ばれる目立たない人物を。


 お姉様以外の生徒全員、みな最低一度は排除した。

 しかしお姉様が死ぬフラグの数は変わらなかった。


 お姉様の死は神々が定めたもの。

 ヒロインの有無は無関係と、すべてのパターンを試してようやく悟ったのだ。



 ▼


 かつて出した結論と、今の仮説は相反している。

 『ヒロインは神々が定めた運命に逆らえない』なら、絶対に学園の中にいるはずだ。

 そしてオズワルドと結ばれるルートを選べば、必ずお姉様と敵対することになる。


 かつて排除した生徒の中にヒロインが含まれていたのだろうか?

 しかし誰も排除しない状態にしても、オズワルドと本気で結ばれようとする人物は現れなかった。


 おかしい。

 私は何か、思い違いをしているのだろうか……?


「ソフィーナ様。そんな不安そうな顔をしないでください」


 考えにふけり、だんまりしてしまった私の肩に、メイドが優しく手を置く。

 視線を背の低い私に合わせてから、彼女はにこりと微笑んだ。


「ここだけの話ですが……オズワルド殿下、ソフィーナ様と婚約されてからはずっとあなたのお話しかされないんですよ」


 気色悪いことを暴露された。

 どうやら今の私は『他の女にオズワルドを取られないか疑心暗鬼になっている婚約者』に見えているようだ。


 違う違う。

 全然違う。

 妙なタイミングで思考の迷路に入り込んでしまったことを悔いる。


「いえ、そういう心配をしているわけではなくて――」

「オズワルド殿下は外見だけは良いので心配になるのは分かります。けれど」


 さりげなくオズワルドの悪口――に聞こえるか聞こえないか、ギリギリの発言をしながらメイドは自信たっぷりに拳を握った。


「オズワルド殿下は心底ソフィーナ様を愛しておいでです。私を含め、ここで働くメイド全員が保証いたします」

「……わぁい。照れちゃいますね」


 結局、誤解は解けないままだった。

 外堀を埋めるという視点から見れば成功している……ということにしておこう。

おまけ(メイド視点)


「あの、オズワルドさまと仲良くしている女の子はいませんか?」


 オズワルド殿下の婚約者、ソフィーナ様にそんなことを尋ねられました。

 まだ六歳という若さでありながら、殿下が女好きであることを見抜いておられるのかもしれません。


 ソフィーナ様の質問を一度否定しましたが、まだ不安が残っているご様子。

 私はソフィーナ様の小さな肩に手を置き、少しだけ屈みました。


「ご安心ください。オズワルド殿下はソフィーナ様一筋ですよ」


 以前の殿下は「僕だけの後宮を作りたい」などと抜かして――いえ、おっしゃっておいででした。

 メイドを自分の両側に座らせて高笑いする遊び――「ハーレムごっこ」もよくしておりました。


 しかしソフィーナ様が婚約者になってからというもの、そういった遊びはぴたりと止みました。

家では一切手を付けなかった勉強もよくするようになっています。


それとなく理由をお尋ねすると、「頭の悪い婚約者に僕が勉強を教えてやらないといけないんだ! できる男は困るよはっはっは」などとほざいて――いえ、おっしゃっておいででした。


 間違いなく、殿下はソフィーナ様を愛しておられます。

 でなければ大好きなハーレムごっこを止め、大嫌いな勉強をする理由がありません。


 ソフィーナ様が不安に思う要素なんて、これっぽっちもないのです。


 しかし惚れた弱み、というやつでしょうか。

 ソフィーナ様はお姉様と婚約するはずだったオズワルド殿下に一目惚れし、その場で婚約を頼み込まれました。

 好きだからこそ不安になるという気持ちは痛いほど理解できます。


「ソフィーナ様。そんな不安そうな顔をしないでください」


 俯き、眉を歪めるソフィーナ様に、私は力強く宣言しました。


「ここだけの話ですが……オズワルド殿下、ソフィーナ様と婚約されてからはずっとあなたのお話しかされないんですよ」

「いえ、そういう心配をしているわけではなくて――」

「オズワルド殿下は外見だけは良いので心配になるのは分かります。けれど殿下は心底ソフィーナ様を慕っておいでです。私を含め、ここで働くメイド全員が保証いたします」

「わぁい。それはとってもうれしいです」


 頬を染め、隠しきれない嬉しさで口をにまにまとさせるソフィーナ様。


 一瞬、ほんの一瞬だけ。

 目から光が消えたように見えましたが……。


「それでは、そろそろオズワルド様のところに行きますね」


 先ほどまでの不安はどこへやら、うきうきとしたご様子のソフィーナ様。

 ……やっぱり、さっき見たのは気のせいでしょう。

 まだ六歳のソフィーナ様が、外見を完璧に取り繕うなんてできるはずがありませんし。


 ソフィーナ様がお泊りに来られるたび、オズワルド殿下がいかにソフィーナ様を好いておられるかを話して聞かせましょう。

 それでソフィーナ様の御心が少しでも安らぐのなら。


「……いいことした後は気持ちいいですね」


 少女の悩みを取り除いた私は、晴れ晴れとした気分で仕事を再開しました――。

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