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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第三章 ヒロイン編

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第二話「見えない敵」

 警戒に警戒を重ねることさらに数か月。

 私は六歳の誕生日を迎え、お姉様も八歳になった。

 年を重ねても、やはりヒロインからの接触はない。


「オズワルド様。最近何か変わったことは――」

「毎日毎日いい加減にしろ! そう簡単に変わったことなんて起きるわけないだろうが!」


 同じ質問を繰り返し過ぎてオズワルドも癇癪を起こしがちだ。

 頭を撫でたりしてどうにかご機嫌を取っていたが、最近はそれも効き目が薄くなってきている。


「同じことばかりで申し訳ありません。けれど」

「くどい! 何もない!」

「……分かりました。回答して下さり、ありがとうございます」


 あー腹立つーーー。

 湧き上がる怒りを隠しつつ、私は努めて笑顔を貼り付けた。

 勉強はそれなりに捗っているが、やはりオズワルドはオズワルド。

 戦争回避に必須でなければ今すぐに『不幸な事故』を起こしたいくらいだ。


(落ち着け。このくらいで腹を立ててどうする)


 これ以上に腹立たしい場面も我慢してきたんだ。

 私は我慢強い子。目的のために諦めず、頑張れる子だ。

 自分で自分を慰め、鼓舞する。



 ヒロイン以外に関しては今のところ完璧だ。

 お姉様の魔法の家庭教師も見つかった。

 毎日晴れ晴れとした表情で、楽しそうに学んでいる。

 他のルートではアレックスと結ばれてからでなければ見ることも叶わない笑顔を、こんなにも早く見ることができている。


「やっぱり今日は気分が乗らない! 勉強はやめだやめ!」

「でしたら明日から膝枕はなしですね」

「うぐ……」


 よしよしはすぐに効果が無くなったが、膝枕は未だに効果ありだ。

 どれだけ好きなんだよ……。



 ▼


「いいかソフィーナ、歴史は起きた出来事とその年を覚える必要がある! 二つも覚えるのは大変だから語呂合わせで一つのものとして覚えるんだ! 例えば国歴百年に起きた国王の座を巡り争った兄弟戦争は――」


 得意げに説明するオズワルドの話を流し聞きしながら、私はこれからのことに思考を巡らせる。


 これからお姉様が学園に入学するまで、死亡イベントはかなり少ない。

 今回のルートでそうとは限らないが、傾向としてはそうだ。


 学園入学まで、あと四年。

 この間に、できる限りの準備を済ませて臨まなければ。

 大まかにやることとしては以下の三つ。


 一、イグマリート家の力を増大させること。

  四大公爵家といえば聞こえはいいが、他に比べればイグマリートの名はかなり弱い。

  それを強化する。

  家の力が強まれば、学園でお姉様を害そうという愚か者は少なくなる。

  強くなりすぎると逆に敵を呼び寄せてしまうので、ほどほどに、だが。


 二、父の不貞を暴くこと

 →後になって発覚すると、お姉様は男性不信になってしまう。

  いくつものパターンを試したが、学園に入る少し前あたりが最もお姉様に入るダメージが少ない。

  父の不貞は一の目的を達成するためにも最大限、利用させてもらう。

 

 三、学園に入学したとき、味方になってくれる者のリストアップ。

 →ルートによって敵と味方は簡単に入れ替わる。

  このルートで味方になってくれそうな相手を探しておく。


 上記に加え、今回はオズワルドの準備も必要だ。

 勉強はもちろんのこと、美人局に引っかからないよう倫理観を徹底的に叩き込む。

 ――「女に引っかからないようにする」が何よりも難しいのだが。


「さらに! 国歴百八十七年に起きた地震と飢饉は――」


(そうだ、アレックスも殴っとかないと)


 アレックスはお姉様ラブな癖にそれを頑として認めようとしない。

 オズワルドの婚約者を「好き」と認めてしまえば、余計に辛くなるだけだからだ。


 当然の防衛心理だが、それでは困る。

 「お姉様が好き」ということを、はっきりと自覚してもらわなければならない。


 そのために私がやるべきことは、殴ることだ。

 お姉様の話題を吹っ掛け続けると、アレックスはお姉様を小馬鹿にするようなことを言う。

 普段のアレックスは決してそんなことを言わないので、たぶん照れ隠しだろう。


 ――そこにすかさず拳を叩き込む。

 そうすることで、アレックスはお姉様を強く意識するようになる。

 これをしておかないと、アレックスとお姉様をくっ付ける難易度が跳ね上がってしまうのだ。


 これできるのは私が幼い今の時期だけだ。

 年齢をある程度過ぎてからでもできなくはないが……結構な大事になってしまう。


「まだあるぞ! 国歴二百七十七年に起きた隣国との緊張状態は――」


(……いや、待てよ。お姉様はもうオズワルドの婚約者じゃないんだし、殴る必要はないか?)


 オズワルドの婚約者だったからこそ、アレックスは『好き』に蓋をした。

 今はそうではない。

 だったら、アレックスの胸中は……。


(今度会ったときにさりげなく探りを入れてみるか)


 あのヘタレが自分から動くことは考えにくいが、もし動く意思があるのなら、全力でサポートに回る所存だ。


「どうだ! これでバッチリだろう!」

「ありがとうございますオズワルド様。おかげで理解が深まりました」


 ほとんど聞いていないが、とりあえず拍手喝采しておく。

 オズワルドは得意げに、ふふん! と腕を組んだ。


 後でノートを確認すると、しっかりと問題を解けている。

 やはり自頭はいいのだ。


 全て順風満帆。

 あとはヒロインだ。

 ヒロインさえ見つけ出して排除できれば、このルートは盤石なものになる。


(動こうとしないのなら、こちらから動かせてもらうぞ)


 一向に接触してこないヒロインに、私は一計を案じることにした。



 ▼


「お泊り?」

「はい。実は私……お城のベッドで眠るのが夢なんです!」


 その日の帰り道。

 私は適当な理由を付け、オズワルドに「お泊りがしたい」とお願いした。


 ヒロインの顔を知らない私がいまできることは、オズワルドと仲睦まじく過ごすことだ。

 その証人が増えれば増えるほど、将来ヒロインはオズワルドを奪い辛くなる。


 焦ったヒロインが下手な行動をしたところを見つけ、排除する。

 これがベストな選択とは思わない。

 これまでを鑑みても、大して優秀でもない私が初手から最善手を選べるとは考えていない。


 しかしこのまま静観するよりは遥かにマシだ。


「いいだろう。父上に掛け合ってやる!」

「ありがとうございます。あ、着きましたね」


 ちょうど話が終わったと同時に家についた。

 名残惜しそうにするオズワルドを膝から退け、私は立ち上がる。


「それではまた明日」

「ああ!」



 ▼


 家に戻ると、お姉様が庭で魔法の練習をしているところだった。

 離れた場所に人形を置き、それに水をぶつけている。

 既に日は傾いているというのに、熱心だ。


「よし、今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございました!」


 家庭教師に向かって礼をしてから、浮かんだ汗を拭う。

 疲れてはいるものの、その表情はとても晴れやかだ。


「あらソフィーナ。おかえりなさい」

「ただいま戻りました、おねーさま」

「こんにちは、ソフィーナ様」

「こんにちは、スイレン先生」


 スイレン・リーゼル。

 年齢は確か三十後半だったはずだが、それを思わせないほど瑞々しい肌をした妙齢の女性だ。

 父が選んだにしてはなかなか優秀な水魔法の使い手で、お姉様との相性もいい。


「見て見てソフィーナ。今日は五メートル先まで飛ばせるようになったわ」


 目を宝石のように輝かせながら、子供っぽくはしゃぐお姉様。

 ――可愛すぎて眩暈がしてしまう。


「レイラ様は本当に優秀です。数年に一度の逸材でしょう」

「先生、それは言い過ぎですよ」


 謙遜しつつ、お姉様はにまにまと表情を崩している。

 ――可愛すぎて倒れそうだ。


「言い過ぎなんかじゃありません。この分だと、すぐに私を追い抜いていくでしょうね」


 ふふ、とスイレン先生は微笑み、お姉様の肩に手を置いた。


「けれど無茶な訓練で身体を壊しては元も子もありませんからね。夜はしっかりと休息を取ること」

「はい。明日もよろしくお願いします!」


 お姉様の尊い姿を眺めていると、不意に半透明の物体が遮った。


『レイラをお泊りに誘いますか?』

 はい

 いいえ



 ▼


 お姉様をお泊りに?

 アレックスとくっ付ける、という理由ならありな選択だが……今回の目的はヒロインのあぶり出しだ。

 ここでお姉様を連れて行けば、下手をするとヒロインと鉢合わせする危険性がある。


 ヒロインの力が未知数な以上、危険かもしれないところに連れていくことなんてできない。


 それに……これだけ魔法の練習に夢中になっているお姉様を遮るのも悪い。


(なしだな)


『レイラをお泊りに誘いますか?』

  はい

 →いいえ




 ――この選択を、のちに私は後悔することになる。

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