第十一話「よろしく頼む」
クソ野郎といえど、オズワルドは第二王子だ。
彼を愛称で呼べるような人物は相当に限られる。
オズワルドと同系統の金髪をなびかせるその人物は。
「アレックス、殿下……」
「う゛ぁにうええぇぇぇぇえぇぇぇええ!」
私を突き飛ばし、オズワルドはアレックスの胸に飛び込んだ。
「その様子だと、怪我は無さそうだな」
ほ、と安堵の表情を見せる。
「君も無事か、ソフィーナ」
「はい。あの……どうして殿下がここに?」
アレックスが誘拐イベントに関わったことなど、これまで一度も無い。
お姉様が誘拐された時でも、だ。
なのになぜ?
混乱する私に、アレックスは剣を仕舞いながら答える。
「昼間、オズを――」
「わああああん! ごわがったよぅあにうぇええぇぇ!」
「オズ。少し静かにしてくれないか」
「ぐず……ひぅ……ふぁい」
ピーピー泣いていたオズワルドが、アレックスに頭をひと撫でされただけで大人しくなる。
「昼間、オズを探していると言っていただろう?」
剣術の訓練が終わったアレックスは、たまたま城内を歩き回る家庭教師を見つけた。
そこで訓練前の会話を思い出し――私たちがいなくなったことを早い段階で知った、とのことだ。
「……あ」
私は唐突に、あの選択肢の意味を理解した。
――『オズワルドの居場所を聞きますか?』
あれは、アレックスが誘拐イベントに介入するためのフラグだったのだ。
「もしかして、私たちを探してくれていたんですか?」
「弟とその婚約者が消えたんだ。探さない方がおかしいだろう?」
いやいや。
アレックスは私たち以上に鍛錬や勉強漬けの毎日を送っている。
私たちを探す余裕なんてないはずなのに。
「さあ、帰ろう。みんなも心配している」
遅れて駆けつけてきた憲兵に指示を出し、誘拐犯を任せる。
「殿下、護衛は……」
「城は目と鼻の先だ。問題ない」
「畏まりました」
付き添おうとする憲兵を手で制し、アレックスはオズワルドの手を引いた。
「あにうえ……おんぶ」
「わかったわかった。さあ、ソフィーナも帰ろう」
「はい」
ぐずる愚図(駄洒落ではない)を背負い、アレックスは私を引き連れて帰路についた。
▼
「寝てしまったか」
十分と歩かないうちに、オズワルドは静かに寝息を立て始めた。
起きている時は何度も血管がブチ切れそうになるが、寝顔だけは可愛い。
……いっそこのまま、ずっと寝ていてもらえないだろうか。
「今日はいろいろありましたから、しかたないですよ」
「そういう君は……随分と平気そうだな。それに、誘拐犯を前に全く怯えてもいない」
「好きな人の前では、女のコは強くなるんです!」
力こぶを作る真似をしながら、心の中で吐瀉物をまき散らす。
言うまでもないが主目的はお姉様であり、オズワルドはそのための駒だ。
しかし今の性格のまま成長すれば、彼もシナリオの途中で悲惨な目に遭う。
そう考えれば、「オズワルドのため」というのはあながち嘘ではない。
「オズに一目惚れした、と言っていたが……本当なのか」
「はい!」
人生をやり直す中で嘘や表情を作るのは苦では無くなったが――オズワルドが好き、という嘘だけは口にするたび頭の奥がキリキリとした。
「……そうか」
特に疑問を差し挟むことなく、アレックスは頷いた。
私の頭に、ポン、と手を置き、優しく微笑んだ。
「これからも君にたくさん迷惑をかけると思うが……オズをよろしく頼む」
「はい。おまかせください!」
アレックスこそ、お姉様をよろしく。
――この言葉を言うのはいつになるだろうか。
そんなことを考えていると、城に辿り着いた。
▼
後日。
私は国王陛下の元に両親共々呼び出され、オズワルドを誘拐犯から守り抜いたとして表彰を受けた。
城下町へ彼を誘ったのは私だ。
罰則を受けることも覚悟していたが……そうはならなかった。
おそらく、アレックスが良い感じにまとめてくれたのだろう。
両親にとって今回の事件は、王家との仲を喧伝する良い材料になったらしい。
――娘を心配する気持ちなんて、欠片も無い。
父は喜び、私を褒めた。
「よくやったソフィーナ。これからもオズワルド殿下をお守りするんだぞ」
「……」
オズワルドを守れ。
オズワルドを見張れ。
多少ニュアンスは違えど、長らくお姉様を苦しめていた言葉だ。
この凶器がお姉様に向けられることがなくなるというのなら、案外このルートも悪くないかもしれない。
「はい。おとうさま」
情の無い激励の言葉に、同じく情の無い頷きを返す。
父には最初から何の期待もしていない。
いずれ公爵家を操るための人形になってもらう。
彼にはそれ以上は何も求めない。
▼
「ん」
鳥の鳴く声で、私は目を覚ました。
子供が寝るには広いベッドの隣には、目を閉じて眠るお姉様の姿があった。
誘拐から戻ってきてからというもの、お姉様が一緒に寝るようになってくれた。
心配をかけて申し訳ないと同時に、その分愛されていることを実感する。
こんなご褒美が待っていたなんて、嬉しい誤算だ。
「むふふ」
お姉様の胸に顔を埋めながら、お姉様の体温を堪能する。
――現代の魔法では、時を遡ることは不可能とされている。
原理や難易度といった諸問題は捨て置いて、そもそも人の精神が長い時間に耐えられない――と。
仮に実現できたとしても、百年やそこらで心が枯れ果ててしまうというのが定説になっている。
その理屈を私に当てはめるなら、私は壊れていなければならない。
何も分からなくなる廃人になっているのが普通だ。
それを防いでくれているのが、お姉様の存在だ。
目標を明確にすると共に、こうして――
「ぎゅー」
私の荒んだ心を癒してくれる。
お姉様さえいれば、私は何千年、何万年だろうとやり直せる。
「さて」
お姉様のぬくもりに包まれながら、今回起きたイベントを振り返る。
新規で出てきた選択肢はひとつ。
『オズワルドの居場所を聞く』
これはオズワルドと誘拐された時、アレックスが助けに来てくれるフラグだった。
それ以外のイベントのフラグも兼ねているかもしれないが、いまは分からない。
何にせよ、魔法を温存できたことはありがたい。
使わないと突破できないイベントなら使用を躊躇うことはないが、将来を考えるとあって困ることはない。
――そして、主目的であったオズワルドとの信頼関係。
あれから彼と会っていないので、どういう変化が起きたのかはまだ分からない。
これで変わらなかったら、別のルートを模索する必要がある。
しかし現状、誘拐以上に有用なイベントが思い浮かばない。
あれこれと考えを巡らせていると。
「お嬢様。お目覚めでしょうか?」
少しだけ急かすようなノックの音と共に、メイドの声がした。
チッ。お姉様との安らぎの一時を邪魔しやがって。
「はい、どーぞ」
不満をたっぷり乗せた顔は、扉が開く頃には年相応の眠たげな表情に変化していた。
わざとらしくあくびを一つ。
「ふわぁ。どうしたんですか?」
「あの、オズワルド様がお見えになっています」
「は?」
思わぬ来客に、素の自分が出てしまった。
▼
最低限の身支度を済ませて階段を降りると、屋敷のロビーでオズワルドがふんぞり返っていた。
「遅いぞソフィーナ! 僕を待たせるなんて!」
「いや、会う約束してませんよね?」
確信を突いたツッコミを入れたが、オズワルドにさらりと流された。
「兄上に言われたんだ」
「はぁ」
「ソフィーナは良い奴だから、仲良くしろと!」
成長してからもそうだが、オズワルドはアレックスに何かと頼り切りだ。
少し前の人生で私がブン殴った後も、すぐアレックスに報告していた。
裏を返せば、それだけ兄に絶大な信頼を置いているということ。
「だから認めてやろう! お前は僕の婚約者だ!」
オズワルド懐柔の鍵は、アレックスだった。
誘拐犯から身を挺して守ろうとした場面を見て、私にならオズワルドを任せてもいいと思ったのかもしれない。
「……ありがとうございます。オズワルド様に認めていただけてとっても嬉しいです!」
心にもないことを言いつつ、頬を紅色に染める。
私が想定していたシナリオとは全く違うけれども、オズワルドとの信頼構築は成功したとみていいだろう。
「城下町に行くとまた怒られるからな! 今日はお前の家で遊ぶぞ!」
「はい!」
もはや当たり前のように手を伸ばしてくるオズワルド。
私が手を握ると、彼は勢いよく駆け出した。
「よし、屋敷を案内しろ!」
「はーい」
成功したとはいえ、まだ何も安心はできない。
オズワルドに勉強を叩き込み、アレックスと同等レベルに育てる。
そのための土台作りができただけだ。
「まずは裏庭だ! 財宝が埋まっている場所に案内しろ!」
「そんなものはありませんよ」
「なに!?」
――私の、お姉様を救うシナリオはこれから始まるのだ。
第一章 誘拐編・完
次回
誘拐イベントを乗り越え、オズワルドとの絆も深まった(?)ソフィーナ。
しかし予期せぬ方向から来た絶望に叩き落とされ、再び長いループの旅が始まる。
第二章 奇病編へ続く




