第二話「婚約者を横取りする妹作戦」
お姉様の生存にはオズワルドが不可欠だ。
もちろん、必要なのは腑抜けたオズワルドではない。
彼の兄アレックスとまではいかなくとも、相当な優秀さを持ってもらわなければならない。
前回までは洗脳という方法で優秀なオズワルドを確保していた。
繰り返しになるが、この方法では最終的に詰んでしまう。
ならば回りくどくとも、育てるしかない。
……実はこの方法、洗脳の前に一度試している。
そのときの時間軸は学生になった頃。
逃げるオズワルドを捕まえ、講義や訓練をサボらせないというやり方だった。
それが駄目だったから洗脳に切り替えたのだが、方法は合っていたのだ。
ただ、始める時間が遅すぎたというだけ。
今回は私が家庭教師となり、みっっっっっっちりと必要な知識と技能を叩き込む。
ついでに、このどうしようもない性格の矯正も。
そのためにはまず、私とオズワルドの接点を増やさなければならない。
最も確実なのは、お姉様に変わりオズワルドの婚約者になること。
この会に私が参加した理由はそれだ。
「ひ、一目惚れ……?」
「はい! かっこよくてたくましくて、なによりその意思の強い目のとりこになりました! わたしとけっこんしてください!」
おぇー!
無邪気な笑顔の裏で、胃の奥からこみ上げる何かを必死で我慢する。
嘘は上手になったが、さすがに一ミリも思っていないことを口にすると吐きそうになる。
特にオズワルドに対しては好意より殺意の方が大きい。
こんなクソ野郎、さっさと池の底に沈めたいが……お姉様の生存のためには手を差し伸べるしかない。
本当に、制作者は意地悪だ。
「ソフィーナ。本気で言っているの?」
珍しく視線を鋭くするお姉様。
心臓が、ギュ……と痛くなる。
しかし私は気丈に振る舞いつつ、オズワルドの腕にさらに強くしがみついた。
「はい、お姉様。オズワルド様をわたしにゆずってください」
――未来の話だが、学園に通う頃になると決まって私とお姉様の不仲説が囁かれる。
どれだけ噂の出所を(物理的に)潰そうと、それが消えることは無かった。
それほどまでに貴族の姉妹仲は悪くて当たり前、というのが定説なのだ。
公爵令嬢だから外面だけ仲良くしているが、実は水面下でいがみ合っている――その方が、人々は納得できるらしい。
そんな世論を反映して、未来の世界では仲の悪い姉妹の物語が流行していた。
今回の作戦は、その物語を参考にさせてもらっている。
名付けて『婚約者を横取りする妹』作戦だ。
オズワルドの性格矯正は並大抵の方法では叶わない。
だからこそ、幼少期のこの頃から鍛えておかなければならない。
これもお姉様のため。
お姉様が生き延びられるのなら……クソ野郎の婚約者になることも、お姉様に嫌われることも……何てことは無い。
「ソフィーナ。戯れもそれくらいに――」
「まあまあ、良いではないか」
見かねた父が私を睨むが、それを止めたのは……意外なことに国王陛下だった。
「こちらとしてはレイラ嬢、ソフィーナ嬢のどちらがオズワルドの婚約者になってくれても構わんぞ」
陛下の目的は、オズワルドを私たちの家との繋がりに使うため。
お姉様でも私でも、婚約さえできればいいと思っているのだろう。
思わぬ助け舟に、お父様も口を噤んだ。
「お願いを聞いてくださりありがとうございます陛下」
「なに、構わんさ」
「それで……もしよろしければ、なのですが。お姉様をアレックス殿下の――」
「それはならん」
続く言葉をぴしゃりと遮られた。
あわよくば、この時点でお姉様とアレックスを婚約させられればと思ったが……さすがに無理か。
王族と公爵家は密接な関係にあり、私たち姉妹が王族の兄弟を独占すれば他の公爵家が黙っていない。
私が一度にできることは限られている。
欲張って足元を掬われては意味が無い。
今はこれで我慢するとしよう。
「オズワルド様、これからよろしくお願いします♪」
「ふ、ふん! しっかり僕を支えるんだぞ!」
偉そうにふんぞり返るオズワルドに、私は笑みを浮かべた。
「もちろん。しっかりと支えさせて頂きますよ。しっかりと、ね……」
▼
「ソフィーナ。入るわよ」
その日の夜。
寝間着姿のお姉様が、私の部屋にやってきた。
「おねーさま。勝手なことをしてごめんなさい」
理由はどうあれ、お姉様からすれば婚約者を奪われたことに変わりはない。
「それはいいのよ。私はオズワルド殿下を……そういう目ではまだ見れないし」
この年齢のお姉様にはまだ『自分がオズワルドを支えなければ』という意識はない。
これが芽生えると厄介だ。
たとえ円満に婚約を解消しようとしても、心が不安定になってしまう。
それを防ぐためにも、このタイミングでオズワルドを奪うことは必須だった。
「本当にオズワルドに一目惚れしたの?」
「はい」
明瞭に答える私を、じぃー、と見やるお姉様。
「あなた、何か私に隠していない?」
「なにもかくしてません」
じぃー。
姉は疑いの眼差しを向けている。
理由は分からないが、何かを隠しているように見えるのだろう。
お姉様は私のことになると勘が鋭くなる。
「お父様やお母様からああしろって言われたの? もし嫌々そうしているなら私から言うわよ」
「いいえ、本心です」
「…………なら、いいけど」
お姉様は心配してくれている。
常に自分のことは二の次。
何度繰り返しても、お姉様はお姉様だ。
その優しさに潤む目元を誤魔化すように、私はお姉様に飛びついた。
「わっ」
「おねーさま。今日は一緒にねませんか?」
「仕方がないわね……今日だけよ?」
やれやれ、と私の頭を撫でるお姉様。
二人で他愛のない話をしているうち、私たちはどちらからともなく眠りについた。
明日から、オズワルドをみっちりと鍛えなければ。




