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25話 一緒に寝ようよ!


 剣が闇を反射するくらいまで丁寧に研いで、腰に装備する。

 机の上に置いた家族宛の手紙に触れてから、机に背を向けた。


 左手に黒の革手袋を付けて、握りしめてその感触を確かめる。

 何本も装着された腰のスクロールから、一本を選び出して左手に広げた。


「行ってきます」


 寮の自分の部屋にそう声を掛けてから、左手に力を込める。

 温かな色で輝く魔方陣。自動的に開かれるその門の先にあるものは――



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「じゃあ、そこにいなさい。いいわね」

「はい」「クウ」「はい!」「了解だ」

4人並んで、地面に座る。アリスはそれを見届けたあと、いつものように飛翔のスクロールを使って空に舞い上がった。

 明日は3年に一度の新月の日。空にある月は、辛うじてその位置はわかるものの、姿はもうほとんど見えない。


 ここ一月の爆撃により、なだらかな傾斜ができつつある大渓谷のさきに見えるのは、いつもより激しくわき上がる土煙。ころころと、大きな石がすぐ近くまで転がってくるのが見えた。

「危ないから、もう少し下がろう」

真っ先に立ち上がったリルメージュがごろんと休んだ位置まで皆で下がる。もっと下がった方がいいかと、立ったまま確認していると、隣から視線を感じた。センパイが、俺をじっと見上げている。

「なぁ、俺たち必要か?」

「いや、まぁ……」

俺は何も言えなかった。

「でも、今日はやっぱ数が多いよ。合体するのも早いし」

魔物は小さいものが集まって大きくなる。現れた魔物はできるだけ早く処理しているつもりだけど、今日はそれでも追いつかず合体して大きくなってしまった魔物が多いように見える。

「だが、良い的だ」

そうなんだ。合体した魔物を、アリスが数が減ったと言わんばかりに片っ端から吹き飛ばしている。

 アリスは今日も絶好調だった。

「色々対策は練ってきたが、爆裂のスクロールだけで他は使わずに済んだのならばそれで良い。土煙でよく見えんが」

センパイの側に置かれた荷物の中には、緊急時に備えて予備のスクロールや、スクロール作成道具まで入っている。俺も自分の使える装備はすべて持ってきた。

 緊急時にはすぐ駆けつけられるように、立ったまま目をこらして、俺はアリスの戦いを遠くから見守っていた。



 爆撃が止んで、土煙が晴れてきた。魔物の姿はここからでは確認できない。

 空を見上げると、アリスが高度を落として、ゆっくりこちらに戻ってくるのが見えた。

「一段落付いたわ!」

「お疲れ!」

俺が上空のアリスに向かって叫んだとき、隣でセンパイがぼそっとつぶやいた。

「アリスティアは――あれではパンツは見えないのか?」

突然の話題に、ぎょっとしながらセンパイを振り向く。センパイは目をこらして空を見上げていた。

「センパイ興味あんの!?」

「いや、そうではないが、見えてしまうのではないかとさっきから気になって――」

「アリスはローブの下にぴったりとしたズボンをはいてるから!」

だから見えないのだと続けようとして、俺の顔を観察しているセンパイに気がついた。

「詳しいのだな」

「えっ、いや。あの……」

そりゃあ、誰だって、見るだろう? と全力で開き直りたいが、それをするには斜め下から軽蔑するような目でこちらを見上げているミラの視線が怖すぎる。

 何と言い逃れしようかを考えあぐねていると、ミラの視線がすっと俺からセンパイに移った。

「兄様」

「ミラ、見てくれ。まだ何も見えな――」

「兄様」

センパイは大空を指し示していた指を下ろして、大人しくリルメージュの横に正座した。数秒後にミラと目が合って、俺も慌ててその隣に座った。



「あら、何をしているの?」

「何でもありません」

センパイと並んで正座をして、俺たちはただ無言で大渓谷を監視する。

「アリス様、お疲れさまです。こちらをどうぞ」

「あら、ありがとう」

背中側からそんな声と、何かを飲む音がした。


「アリスティア。これで今日は終わりか?」

そう言ったセンパイの顔は、大渓谷側に固定されたままだ。

「いえ、まだもう少し出そうな気がするわ」

「じゃあ、後は俺がやるよ」

その場から逃げ出すために、後ろ姿だけは格好よく立ち上がった。

「リルメージュ、頼むぜ」

リルメージュに頼んでその背に乗せてもらって、大渓谷の中央でちょうど下ろしてもらう。

 よしやるかと気合いを入れてから、リルメージュに下がるよう伝えるために後ろを見ると、リルメージュはすでにアリスの下へ、まっしぐらに飛んで戻っていくところだった。


 頑張ろう……

 目をこらして大渓谷中を監視して、魔物が現れては斬ったり、爆破するを俺は延々と繰り返した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「終わった……」

ぼんやりと夜が明けつつあるのが見えてきた。いつもより量が多かったが、さすがにもう現れないのではないかと思う。

 リルメージュはアリスといちゃいちゃしていて迎えには来てくれないので、自分の足で歩いて元の場所に戻る。

「アリス」

やっとアリスの顔がはっきりと見えてきて手を挙げると、アリスが振り返してくれた。

「お疲れさま!」

「もういいかな?」

「ええ、今日はあそこで休みましょう」

アリスはそう言って、以前アリスを運び込んだ民家を指さした。そうしようと俺も頷いてから、センパイたちの姿が見えないことに気づく。

「あれ、センパイたちは?」

「ちょっと準備があるから一度戻るって。また、夕方に迎えに来てくれと言われたわ」

夕方か。まぁ、新月の日でも日中はほぼ出てこないという話だし、アリスと俺だけで大丈夫だろう。

「わかった。じゃあ休もう」

「ええ」と、俺の隣を歩くアリスが俺を見上げて微笑んだ。



 現在、俺たちが向かっているのは一軒の民家。

 今から、俺とアリスは二人っきり。そして――寝る。


 それに気づいてしまうと手と足が自分のものじゃないくらい、ぎこちなくしか動かせない。それでもアリスにはバレないように、顔だけはきりっと引き締めて前を向いて歩いた。

 さぁこれから始まるのは夢の時間だと、目を細めながら民家の扉に手をかけたとき――


 横からどーんと体当たりされた。


 吹き飛ばされながら体勢を整えて振り返って見えたのは、緑色の羽根先の目立つアリスの大親友。あの体勢は――さっきのは体当たりじゃない。(けつ)アタックだ。

 俺を尻で吹き飛ばしたリルメージュは、扉をガチャガチャと引っかき回すようにひねってから、体当たりをして扉を開いた。そして、丸々とした体の横幅を扉の枠にひっかけながらも、民家の中に押し入った。

「もうリルメージュったら! デューイ、大丈夫?」

「あぁ……」

自分で砂を払って立ち上がって、アリスのあとに続いて民家に入る。リルメージュがアリスから見えない角度で、俺を小馬鹿にするように笑っていた。

「あのさ。リルメージュはこのままこっちに居ていいの?」

何だったら俺が召還のスクロールで還すと思いながらアリスに聞くと――

「クウ! クウ!!」

リルメージュが俺の言葉に覆い被さるように可愛く鳴いてから、ごろんと寝転んでアリスを見上げてお腹をぽんぽんと叩いた。お前、本当にそういうの得意だな。

「リルメージュ。今日は一緒に居たいの?」

「クウ!」

「仕方ないわね」

アリスは嬉しそうに笑いながら、リルメージュの弾力のありそうなお腹に抱きついた。


 リルメージュがこちらを見上げる、勝ち誇ったようなその顔。しばらく無表情でにらみ合ってから、俺が先にさっと逸らした。もう寝よう。

 ベッドはあまり大きくないのでアリスとリルメージュは一緒には寝られない。どうせあいつも床だろうと、俺も床に寝る準備をする。さぁ寝るかと、寝転ぼうとした瞬間――

「デューイ」

その声に顔を上げると、アリスがちょいちょいと俺を手招きしていた。それだけで色々な妄想が頭を駆け巡る。

「リルメージュがこっちに来てほしいって」

アリスしか見えていなかったがリルメージュを見ると、確かにリルメージュの翼がアリスの手と同じように俺を手招きしていた。

「……何?」

意味が分からなかったが、立ち上がってリルメージュのそばまで行くと、急にリルメージュはファサーと翼を広げて立ち上がって、俺の両肩を押して地面に座らせた。そして満足そうに俺の頭をぽんぽん叩いてから、リルメージュは、俺とアリスの間にごろんと寝転んだ。

「えっと、ここで寝ろってこと?」

「クウ」

頭を掻いてしばらく考えてから、アリスの方を見ると、アリスはすでにリルメージュの隣に寝転がっている。

「アリス。ベッドを使えよ」

「いいの」

そうきっぱり断られると俺も何も言えなくなる。俺はどうするべきかしばらく考えてから――

「……寝るか」

吹っ切るように俺も後ろに倒れ込んだ。その状態から顔を傾けて横を見ても、リルメージュの体が邪魔すぎてアリスの顔は見えない。ほっとしたような、悲しいような気分で俺は目を閉じた。


 薄明かりが部屋を優しく照らしている。

「お休みなさい」

「クウ」

「お休み」

俺たちは3人横一列に並んで就寝した。




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