第13話「旅の終わりに」【Aパート メビウス幹部会議】
【1】
「では、訓馬網信専務。キャリーフレーム課の発表をお願いします」
真南の窓から眩しい日差しの差し込む午後0時。
壁面や床、テーブルさえもが白で統一された清潔感漂う会議室の中で、ひとりのメビウス電子の幹部がそう言った。
十数名の重役達が見守る緊張感に包まれた空気の中、指名された訓馬は涼しい顔ですっと立ち上がり、プロジェクターで映し出されたスライドの脇にある机の前に立って一礼をする。
そして、シワだらけの手に握ったポインターから発せられる赤い光で、スライドにでかでかと映された『無人キャリーフレーム計画』という文字の周りを指し示した。
「我々キャリーフレーム課は現在、キャリーフレームを無人で動かす技術について研究を進めております」
「無人というと、AIの開発ということですかな?」
「はい、その認識で間違いありません」
重役の一人からの質問に冷静に答えた訓馬は、ポインターについているボタンを押してスライドを次のページに進め、コホンと咳払いをする。
「現在、日本の七菱・江草重工・JIO社、アメリカのビッグハード社、月のクレッセント社と様々な企業がキャリーフレームの開発を行っております。これらの企業による開発競争は苛烈の一途を辿り、日進月歩の勢いでその性能は増しております」
訓馬の説明を聞きながら、椅子に座ったメビウス電子の重役達がウンウンと頷きながら、静かにテーブルの上のペットボトルを手に取り、その水で喉を潤す。
そうした仕草を気にすること無く、訓馬はスライドを次へと進めた。
「しかし、反面OSなどのソフトウェア開発はビッグハード社が独占しており、こと操縦AIについてはどの企業も研究が進んでおりません。理由は、キャリーフレームの動作というものが人間の無意識下に眠る行動イメージに頼っているからに他ならず、人工知能が今だその域に達していないためであります」
「確かに、人間の頭脳を完全に再現したAIなんてものは、今だ夢物語にすぎないな」
「左様でございます。しかし我々は現在、豊富なキャリーフレーム運用データを元にキャリーフレームの戦闘用AIの開発に専念しております」
戦闘用、という言葉に会議室の中がにわかにザワめく。
重役たちは「ここは日本だぞ」「物騒な話ではないか」「工事用のものと思っていたが」と口々に苦言を呈し、疑念と軽蔑の眼で壇上の訓馬を睨みつける。
そんな中にありながら、訓馬は顔つきを崩すこと無くスライドを進め、説明を再開した。
「昨今、日本の……特に、この代多市においてキャリーフレームを用いた犯罪が多発しております。警察発表ではこの6月で発生したキャリーフレーム犯罪の数は23件と、これまでの記録を大幅に塗り替えた数字となりました。しかし、警察は人手不足により内14件しか対応できておらず残りの9件は民間の防衛資格を持ったキャリーフレーム所有者によって解決されております」
「そういえば、先日も都市部で起こった愛国社による過激なデモが米国製キャリーフレームに搭乗した民間人によって鎮圧されたとニュースでやっていたな……」
「キャリーフレームによる戦闘は、危険が伴います。とは言え、最新の軍用機に限れば、緊急時にコクピットを包み込む時間停止障壁により搭乗車の安全は保証されています。しかし民間の防衛隊や警察で運用されている機体はそのような高コストの装置の搭載には至っておりません。キャリーフレームを運用する際、最もネックとなるのは人員の不足と損失です。そこで我々は人員の代替を開発しているのです。これを日本の警察、自衛隊だけでなく、米軍やコロニーアーミィなどに売り出せば、平和のために傷つく人間を減らすことが可能となります。これは弊社だけでなくひいては世界、更には宇宙全体の平和につながると私は考えております」
先程まで不満げな声を出していた重役たちの空気が、にわかに変化したことを訓馬は感じ取った。
小声で聞こえる「確かにな」「なにも兵器を作るわけではない」「我が社の先進技術となるのか」「平和の為というのなら」などという言葉は、訓馬の意見がこの空間内で正当性を持っていることを代弁している。
いかに綺麗事を言おうとしてもその実は利益を求める営利団体の構成員。
普段はこちらの部署についてろくに予算も回さない無関心ぶりだったというのに、同業者が未だ手を出していない、世のために有益な分野だと仰々しさを匂わせるだけで、これだ。
自社の製品が悪用されようなどとは露とも思わず、表層の言葉だけでしか判断できない浅はかな人間。
彼らの卑しさに汚らしいものを感じつつも、それを表情に出さず、訓馬はポインターのボタンを影で力強く押す。
「現在、我が課は秘密裏にキャリーフレームの実践データを収集しております。あらゆる状況と、それに対する対応策をコンピューターにインプットすることで人間と同等、いやそれ以上の成果を果たすことがシミュレーションで確定していますからな」
「だが、噂では貴課は非合法な手段でそのデータとやらを入手しているとあるぞ。弊社の損失につながる恐れが……」
「まあまあ、良いじゃないか!」
突然立ち上がり、豪快な笑い声をあげたのは大企業メビウス電子の社長・三輪勝元。
若干20歳という若さでメビウス電子を立ち上げ、10年にも満たない期間で巨大企業へと育て上げた指折りの実業家である。
三輪は若々しいスマイルを訓馬に向け、両腕を横に大きく広げるポーズを取って仰々しく口を開く。
「私は気に入っちゃったなあ、その計画」
「ですが三輪社長、噂が……」
重役のひとりが困り顔でそう言おうとしたところで、三輪は人差し指を振りながらチッチッと舌を鳴らし、その発言を遮った。
「噂は噂だろう? そのような流言に惑わされて大義を見失っちゃうのは良くない傾向だ。訓馬専務、私は君の働きを陰ながら応援することをここに宣言するよ」
「……ありがとうございます、三輪社長」
社長の胡散臭い言動にしかめ面をしながら、訓馬は建前の礼を述べた。
三輪社長は不敵な笑みを浮かべながら壇上の訓馬へと静かに耳打ちをする。
「予算アップの代わりに、ひとつあなたの部署にお仕事をまわしたいんだよね……!」
───Bパートへ続く




