第11話「宇宙海賊と成層圏の亡霊:前編」【Bパート 海賊のおじさん】
【2】
軌道エレベーター行きのシャトルがあった区画と比べると、民間船のエリアを歩く人々は全体的にガラが悪く、肩のひとつでもぶつかれば喧嘩が始まりそうな殺伐とした空気が広がっていた。
そんな環境の中を、エリィはまるで庭を歩くようにズイズイと進んでいく。
何度か人混みの中を何度かはぐれそうになった進次郎が、ひいひい息を荒げながら弱音を吐いた。
「ちょっと待ってくれよ銀川さん。一体どこに向かっているんだい?」
「さっきチラッと見知った顔が見えたから探してるのよぉ」
「見知った顔? 銀川、お前宇宙海賊に知り合いがいるのか?」
「そうとも言えないし、そうとも言えるかも……」
「何じゃそりゃ」
そんなやり取りをしながらキョロキョロ見渡しつつ港内を歩き回っていると、突然ジェイカイザーが携帯電話の中から叫び声を上げた。
『あっ!!』
「どうしたジェイカイザー!?」
『今、すごく綺麗な美少女が歩いていたぞ! 裕太が話しかけるから見失ってしまったではないか!! まったく』
「……おい、ここらへんにゴミ箱はないか?」
「ご主人様、私に預けてくれればこの手でその端末を粉砕しますが」
『やめないか!!』
怖い顔で指をボキボキと鳴らすジュンナの姿に戦慄していると、呼吸を整えた進次郎がポンと手のひらにこぶしを乗せて閃いたポーズをした。
「そうだ、サツキちゃんが宇宙船に変身すれば良いんだよ!」
「えっ、無理ですよ?」
「ありゃ、そうなの?」
「はい。私は自分の容量以上の物体には変身できませんから。あと、私はキャリーフレームの操縦もできませんからね。精神の構造が人間と違うらしく、コックピットの神経接続がうまく機能しないんです」
「そうなのか……」
そういったやり取りをしていると、人混みの奥から眼帯をつけた冴えない中年男性が裕太たちに近寄ってきた。
歳は40くらいと言った感じで、黒く大きなコートをマントのように羽織り、顎の無精髭をポリポリと掻きながら男はエリィに話しかけた。
「誰かと思ったらまー、お姫様じゃないの」
「あら! その声と顔、もしかしてナニガン・ガエテルネンじゃなーい! よかったー、やっと見つけた!」
懐かしい人に会ったと言った感じで、ナニガンと呼ばれた男とエリィが親しそうに会話をし始めた。
裕太たちでさえ先程ようやく知った、エリィが旧ヘルヴァニアの姫君だということを最初から知っているような口ぶりから察するに、彼はどうやらヘルヴァニアの関係者らしい。
その姫様に対して気さくに話しかけているのを見るに、このナニガンという男の身分は相当高かったことが伺える。
「何年ぶりかな姫様と会うの。寒ブリ、ゴキブリ……なんちゃって」
「その変なオヤジギャグやめなさいよぉ。あんまりくだらないこと言うとお父様とお母様に言いつけてあげるから」
「そりゃあ勘弁してほしいねえ」
まるで親戚のおじさんと再開したような仲の良さそうな会話を聞いて、裕太はある意味答えがわかりきっている質問をした。
「なあ銀川、この眼帯のおっさん知り合いか?」
「ええそうよ。一見冴えないおじさんだけど、こう見えても旧ヘルヴァニア帝国近衛兵長だったのよぉ」
「おっさんだの、おじさんだの……若い人は言うことがキツイねえ。おじさん傷ついちゃうなぁ」
(自分でおじさんって言っちゃってるよ……)
苦笑いしながら頭を掻くナニガンの容姿を上から下まで見ても、裕太はこの中年男がとてもそのような偉かった人とは思えなかった。
訝しげな目線を送る裕太に居心地悪そうにしていたナニガンの眼帯を、おもむろにエリィが引っ張り出した。
「いててて、姫様なにするんですかい……?」
「目をケガしてるわけでもなし、変装にもなってないしぃ……宇宙海賊っぽい格好に目覚めたのかしらぁ?」
「え、このおっさん宇宙海賊なのか?」
「ええ、そうよぉ」
「ちょっと姫様、それそっと戻してね……あ゛ーっ!! 目がぁぁぁ!!!」
伸ばされていた眼帯を離され、目にバチーンとやられたナニガンが目を抑えてうずくまった。
いいようにエリィに弄ばれているナニガンに、裕太は哀れみの情を抱かずにはいられなかった。
───Cパートへ続く




