第10話「フルメタル・ガール」【Hパート 忠義の口づけ】
【8】
コックピットから這い出て、背中から無数のケーブルを伸ばしたままの格好で、機械の女はエリィの前に跪いた。
こいつは一体何なんだ、という裕太たちの問いに対し、無数の弾痕とキャリーフレームの足跡が残る空き地の中で、エリィが静かに説明を始めた。
エリィ曰く、彼女はかつて旧ヘルヴァニア帝国が植民地としていた惑星の奴隷階級出身だそうだ。
その惑星は住人全員が機械化を果たしており、貴族階級は旧来の自由意志を持つことを許されたが、奴隷階級の者は受けた命令を忠実にこなすロボットとして生きることをプログラムされているという。
その奴隷階級を旧帝国は接収し、そのうち何人かはいずれ帝国が領土を広げた時の為にとカプセルに詰められ宇宙へと放たれたという。
いずれ、そのカプセルが放たれた先に帝国を統べる血を持つものが訪れた時、彼らを護衛する駒となるために。
「……ってことは、このSD-17っていう機械女は、銀川さんが月に来たことで目覚めた。と天才の僕は予想したのだが、どうかな?」
「ええ、あってるわ。だから多分、あたしをペシっと叩いた裕太を敵とみなして襲い掛かってきたんだと思う」
エリィの言葉にSD-17が黙ったままコクリと頷く。
裕太は自分の軽率な行いを反省しつつも、先程からずっと気になっていることをエリィに問い詰めた。
「なあ銀川、お前……何者なんだ?」
途端に口を紡ぎ、黙り込むエリィ。
これまでの経緯や会話を聞いて、裕太はその答えをある程度想像できている。
しかし、できればエリィ本人の口からその真実を聞きたかった。
黙ったまま口を開かないエリィに「言いたくないならいいけど」と諦め半分に言うと、エリィは声を震わせながらそっと口を開いた。
「騙すつもりはなかったの。そう、私の正体はヘルヴァニア帝国の女帝シルヴィアの娘、エリィ・レクス・ヘルヴァニア。けれど、ヘルヴァニア帝国はもう無くなっちゃったから、お父様の姓を名乗って普通の人間として暮らしていけと、両親から言われていて……」
不安そうな表情で目を背けるエリィの顔を、裕太はじっと見つめた。
そのまま数秒が経過し、緊張しているのかこわばるエリィの顔の前で裕太は「ぷっ」と吹き出した。
「ちょっとぉ、何で笑うのよぉ! シリアスなとこでしょうぉ!!」
「いや、銀川は銀川だなと思ってさ。お前がそのヘルヴァニア女帝の娘だからって、俺達が態度を変えるとでも思っていたのか?」
「そ、そんなこと……ちょっと思ってたりしたけどぉ……」
「安心しろよ。ほら、金海さんとだって俺達はうまくやっていけてるだろう?」
裕太から優しい言葉をかけられ、エリィは瞳を潤ませながら「そうよね」と言い、ニッコリと微笑んだ。
しかし、その傍らでSD-17が絶望的な表情で項垂れていることをジェイカイザーに指摘され、裕太たちはギョッとした表情で固まる。
「ヘルヴァニア帝国が滅亡……!? ということは、私の主人は……」
「えっとぉ、あなたに命令を下していたのはお母様の摂政をしていたグロゥマ・グーよね? 残念ながら、彼はもう……」
エリィがそう告げると、まるでこの世の終わりだという悲壮な表情をしながらSD-17は
「主人を失い、皇族の友人様へと危害を加えてしまった私に存在意義はないと判断します! 任務終了、自爆します!! 5、4、3、2……」
「わーっ!! 待て待て! せっかく助けてやったんだから自爆するのはやめろぉ!」
突然目の前でカウントダウンを始めたSD-17を、裕太は慌てて彼女の口を手で塞ぐことで無理やり止めた。
しかしそれでもなお、SD-17は裕太を振りほどこうとまるで子供のようにのたうち回って抵抗した。
「止めないでください。命令を下す主人がいなければ、私に存在意義など無いのです!」
『裕太! 何とかしてこの人を止めることはできないのか!?』
「えーと、えーと……。そうだ、主人がいればいいんだな? だったら俺が主人になってやるよ!!」
混乱した果てに叫んだ裕太の言葉に、周囲の空気が凍った。
笑いをこらえる進次郎に、ニコニコと微笑み続けるサツキ、ぽかんと口を開いたままのエリィ。
その空気を溶かすように、SD-17が柔らかな笑みを浮かべながら裕太の手に手を重ねた。
「わかりました。あなたが私の新しいご主人様……!」
『よっしゃぁぁぁ! よくやった裕太! 私は誉れ高いぞ!』
「おいジェイカイザー、まさかお前こいつに一目惚れしてたとかじゃねえだろうな!」
『悪いか! ともかく、これからよろしくなジュンナちゃん!』
「ジュンナ?」
『彼女はSD-17だろう? 17をもじってジュンナ、いい名だろう!』
「お前にしちゃあ悪くないセンスだがよ……」
ジェイカイザーの言葉に裕太が呆れていると、SD-17ことジュンナが裕太の手を握ったまま、裕太に顔を近づけた。
整った顔立ちの女性に急に顔を近づけられ、思わず顔を赤くする裕太。
「えっと、その……ナンデショウカ?」
「これよりご主人様のパーソナルデータのインプットを開始します。では」
そう言って、ジュンナは返答を待たずにその唇を裕太の唇に重ね、その口内に舌を入れた。
「っーーーーー!!?!?」
急にキスをされるという行為で口をふさがれ、声にならない声を出しながらジタバタともがく裕太。
しかし、人間を超えるパワーを持つジュンナに押さえつけられ、その抵抗は何の意味も果たさなかった。
頬を赤らめるサツキと愕然とした表情の進次郎、そして目を伏せていて表情の見えないエリィに囲まれながら、濃厚なキスは続く。
ジュンナは蛇のようにくねらせた舌を器用に動かし、満遍なく裕太の口内を舐め回すように行き届いていく。
「……………」
口の中をジュンナの舌で舐め尽された裕太はようやく開放されドサっとその場にへたり込んだ。
未だに自分がキスをしたことに呆然としながら、ジュンナは先ほどと打って変わって満面の笑みで……。
唇同士を繋ぐ唾液のアーチが途切れ、息絶え絶えの裕太の前でジュンナは初めて笑顔を見せた。
「DNAデータの取得完了しました。よろしくお願いしますね、笠本裕太さま!」
「ちょぉっと待ちなさぁぁぁい!! あなた今、笠本くんと……キ……キ……」
「はい、ご主人様と接吻をしましたが、何か?」
「何かじゃないわよぉ! あたしすら笠本くんとしたことないのにぃ!」
今まで見たことのないような激しい形相で責め立てるエリィの顔の前で、ジュンナは「ああ、忘れてました」とひとこと言って、彼女の口をその唇で塞いだ。
「んんーーっ!!?」
裕太と同じように口の中を舐め回されているのだろう。
最初は見開かれていたエリィの目が、やがてトロンとし始め、開放されたと同時に膝から崩れ落ちてエリィはその場に倒れ込んだ。
そんなことなど全く気にしていないふうにジュンナは涼し気な表情で微笑み、唾液で濡れた口を手で拭う。
「新しい皇族、エリィさまのDNAデータの登録完了しました。よろしくお願いしますね、マスター」
「……」
その場に倒れ込んでビクンビクンと痙攣するような動きをしているエリィには、返事をすることはできなかった。
それはファーストキスを彼女に奪われたショックからなのか、裕太と間接キスができたことを喜んでいたのか、それはエリィ以外誰もわからなかった。
※ ※ ※
その後、月の警察が裕太たちのもとへと駆けつけた。
ジュンナが逮捕されるのではないかと裕太たちは身構えたものの、彼女が奪ったキャリーフレームや破壊した車、襲った人たちは偶然にも全員月でテロ行為を企んでいた愛国社のメンバーと彼らが奪い使っていた盗品であった。
そのため罪は不問とされ、ジュンナは知らぬ間に月を救ったことになっていた。
かくして、修学旅行最後の月旅行は終りを迎えた。
ジュンナを加えた一行は先生と他の生徒達が待つ宇宙港へと戻り、あとは地球へ帰るだけだと、波乱万丈だった修学旅行の日々を思い返していた。
ヨハン墜落事件に巻き込まれた軌道エレベーター、ツクダニとの出会いからワタリムシとの戦いと様々な出来事が起こったスペースコロニー「アトランタ」。
そして、終わってみれば笑い話になった月におけるジュンナとの出会い。
色んな思い出が生まれた宇宙に名残を感じながらも、「また来れるわよ」というエリィの言葉に励まされながら、裕太たちはついに軌道エレベーターの搭乗口へ向かい、そして……。
「え? 俺たち軌道エレベーターに乗れないの!?」
……続く
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登場マシン紹介No.10
【量産型エルフィス】
全高:8.0メートル
重量:5.8トン
半年戦争終結後にクレッセント社が生産したエルフィスの量産タイプ
高性能だったエルフィスのスペックを落とし安価にしたタイプであり、評価はあまり高くないが、エルフィスタイプということで性能以上に評価されているフシがある。
基本装備は頭部バルカンと実弾タイプの20ミリライフル及びビームセイバー。
20年前のハイエンド機、エルフィスのスペックを落としただけあって現行の軍用機には性能で劣るが、民間機に対しては無敵を誇る。
そのため、一部のコロニーでは警察やコロニーアーミィの制式採用機にされているという噂もあるという。
【次回予告】
帰りの軌道エレベーターに乗れなくなった裕太たち。
地球へと戻る帰路を探し、たどり着いた手段は宇宙海賊だった。
海賊の戦艦で、芋の皮が飛ぶ。
次回、ロボもの世界の人々第11話「宇宙海賊と成層圏の亡霊:前編」
「……何で俺たちジャガイモの皮むきしてるんだ」
「実は芋の皮むきをさせるために、あたしたちを招き入れたんじゃないでしょうねぇ?」
「あっはは、まっさか~?」




