第10話「フルメタル・ガール」【Gパート 量産型とはいえエルフィス】
【6】
「どうだ裕太、かなり早かっただろう。なにせ僕は天才だからな」
目的の空き地では既に到着していた進次郎がジェイカイザーに寄りかかり、腕を組んでカッコつけていた。
裕太たちが敷地内でホバーボードを降りるとサツキがもとの姿にぐにょぐにょと変身して戻る。
「フッ、ジェイカイザーの操縦程度、天才の僕にかかれば……っておい裕太! 僕を押しのけるんじゃない!」
「それどころじゃねえって言ってんだろ! 銀川たちと一緒に隠れていろ、奴が来る!」
「来るって、何が?」
呑気に構えている進次郎を引っ張りエリィとサツキが物陰に隠れると、上空から降ってくるかのように〈量産型エルフィス〉がジェイカイザーの前に地響きを起こしながら着地した。
裕太は急いでジェイカイザーのパイロットシートに腰掛け、操縦レバーを握り神経接続を果たすと同時にペダルを強く踏み込む。
すると〈量産型エルフィス〉が手に持ったライフルから放たれた弾丸が、ジェイカイザーが後方へ跳躍するとともに、その足元だった場所に大きな弾痕を作り上げた。
『何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?』
「狼狽えるなジェイカイザー! こいつ、俺を殺す気だぞ!」
裕太が言い切らない内に〈量産型エルフィス〉は腰部の格納部からビームセイバーを引き抜き、ジェイカイザーに向かって振りかぶる。
咄嗟に裕太はメインコンソールを指で操作し、ジェイカイザーの左足に収納してあるビームセイバーを掴ませビームの刃でその一撃を受け止めた。
刃が交わる瞬間、稲妻が走るような閃光が〈量産型エルフィス〉とジェイカイザーの間をまぶしく照らし、裕太の目を一瞬眩ませる。
次の一撃を受け止めるのは無理だと判断した裕太は返しの一閃を横っ飛びでかわし、かすめたジェイカイザーの腕に熱で融解した短い線を形作りながら体勢を立て直す。
「ちょっと笠本くん! あなたビームセイバーなんていつ手に入れたの!?」
「……ヨハンの〈ザンク〉に返すの忘れてた。返してたら今頃ミンチになってたがな……! だがこのままじゃ勝てねえ、こうなったらコックピットを潰すしか!」
『待て裕太! それをやってはダメだ!』
突然のジェイカイザーの抗議に、目を点にしながら「は?」と聞き返す裕太。
『見ろ裕太! あのコックピットから覗く美しい女性を! あのような美人が目の前で喪われるのは心苦しい!』
「馬鹿かジェイカイザー! あいつは人間じゃねえ、殺人ロボットなんだぞ!」
『ならばなおさらだ! きっと何者かに命令されて、無理やり裕太を襲わせているのだ! 裕太も日頃から言っているだろう! 目の前で人が死ぬのは見たくないと!』
それを言われると弱い裕太だった。
かつて自分の母親を、救えなかったことに起因するトラウマ。
たとえ自らの命を狙う者であっても、命を奪うようなことはしてはいけない。
命を奪わずに止めてみせると、裕太は心のなかで決意を固めた。
「……ったく、しょうがねえな! もろとも死んでも知らねえからな!」
『善処はする!』
再びライフルに持ち替え射撃をする〈量産型エルフィス〉の攻撃を最低限の動きで回避し、その懐に飛び込むジェイカイザー。
足を切断し動きを制限させようとビームセイバーの横薙ぎを放つが、〈量産型エルフィス〉はその攻撃を的確にビームの刃で防ぎ、弾く。
今度は目を瞑って目眩ましをしのいだ裕太は縦に、横にとビームセイバーを振り回すものの、そのことごとくが機械のような精密な動きで受け止められ、なかなか決定打を与えられないでいた。
それどころか、敵の攻撃を回避しきれずにジェイカイザーの装甲に徐々に切り傷が増えていく。
「こなくそっ!!」
裕太は奇襲とばかりにジェイアンカーを放つも、すんでのところで回避されたばかりかワイヤーをビームセイバーで切断され、線を失ったアンカーはそのまま正面のブロック塀に大きな穴を開けた。
隙のない攻防に裕太の精神も消耗していくが、相手となる名も知らぬ機械の女はむき出しのコックピットの中からブツブツと何かを喋り続けるだけである。
『……なあ裕太、あの女性は何を言っているのだろうか?』
「知るかよ、俺のことを殺すとか言ってるんじゃねえの? それより銀川、あの機体に何か弱点はねえのか!」
「そんなこと言われたってぇ、あの〈量産型エルフィス〉はシェアこそ取れなかったけれど、スペックは全てがジェイカイザーを上回るバランスの良い良機体なのよぉ!」
「ちくしょー!」
兜割りの如く頭上に振り下ろされるビームセイバーを、横にした同じビームセイバーの刃で受け止めるジェイカイザー。
必殺のウェポンブースターを使おうにも、こうも攻撃が激しくては武器を強化するまでの溜め時間が確保できない。
現在の裕太に、勝ちの目は見えなかった。
【7】
「岸辺くん! このままじゃ笠本くんが死んじゃう! なんとかできない!?」
空き地を囲む塀の陰から戦いを覗き見していたエリィは、我慢できなくなって進次郎の肩を掴みガクガク揺さぶりながら訴えかける。
「無茶言うなよ! 僕に一体何ができるんだい! あの女、サツキちゃんのマシンガンも効かなかったんだろう!?」
「じゃあ私がバズーカ砲にでもなりましょうか?」
サツキがそう言いながら片腕をバズーカに変形させるも、進次郎は首を横にブンブンと振った。
「……流石に当てられる自信ないんだが。それよりもあの女、何かブツブツ言ってるらしいがヒントにならないかな」
「それじゃあこの拳銃型盗聴器発射装置なんていかがでしょう」
「サツキちゃん、君ほんとに何でも出してくるね……」
半ば呆れつつも、進次郎はサツキから受け取った拳銃っぽい物体を構え、慎重に狙いを定めて引き金を引いた。
拳銃から放たれた小さな弾は真っ直ぐ〈量産型エルフィス〉のコックピットへと飛んでいき、すっぽりとその中へと入っていった。
そしてサツキが手のひらから小さなスピーカーを出し、それに向かってエリィが耳をすませる。
ノイズ混じりではあったが、微かに女の言っていることが聞こえてきた。
「……ヘルヴァニア皇族の敵、排除する。ヘルヴァニア皇族の敵………」
そのセリフを聞いた瞬間、エリィは目を見開き驚愕した。
赤く光る目、機械の身体、そしてヘルヴァニア皇族を守るという言葉。
その情報を全て統合すると、この事態を一発で解決する方法が脳裏に浮かび上がった。
しかしそれは、エリィの秘密を公にしてしまう行為。
だが、目の前で愛する裕太が命の危機に瀕しているのを見て、居ても立ってもいられなくなり、エリィは戦場に向かって無我夢中で走り出した。
「お、おい銀川さん!」
「エリィさん、危ないですよ!」
「これは……私にしかできないことだから!」
ジェイカイザーと〈量産型エルフィス〉がぶつかり合う真っ只中にエリィは飛び込み、そして大きく息を吸って、叫んだ。
「ヘルヴァニア皇女、エリィ・レクス・ヘルヴァニアが命じる!! 任務を放棄し、戦闘行為を終了せよ!!!」
エリィが叫んだ途端、ほんの一瞬だけ〈量産型エルフィス〉の動きが止まった。
その僅かな時間は、ビームセイバーを持つ〈量産型エルフィス〉の腕をジェイカイザーが切り落とすのに充分すぎる時間だった。
腕を切り落とされ、両足を膝から薙ぎ払われ、横に崩れ落ちる〈量産型エルフィス〉。
裕太は激戦の勝利を噛みしめるように、溜め込んでた汗をどっと吹き出しながらコックピットの中で大きくため息を付いた。
───Hパートへ続く




