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第9話「コロニーに鳴く虫の音:後編」【Fパート 幕開けの轟音】

 【7】


 異常を最初に伝えたのは緊急事態を示す低く長いサイレンの音だった。

 館内に警報が鳴り、2,3度地面が揺れるような感覚に気づいた頃には、ひっそりとしていた博物館は決して多くない見学者達のざわめきに包まれ、にわかに不穏な空気が広がっていく。


「この警報、隕石の衝突のものでもコロニー内部の事故のものでもないぞ……!」


 低く真剣な声で進次郎が叫ぶと、何か巨大なものが衝突するような重低音と共に一際大きく建物が揺れ、天井からパラパラと破片のようなものが落下する。

 このままではこの博物館が倒壊するかもしれない、と裕太の父が叫ぶとその場にいた者たちは全員、一斉に博物館裏手に通じる非常用出口へと急ぎ走った。


「な、何だこりゃあ……!」


 建物の外に出て目の前に広がる光景に思わず、裕太の口から声がこぼれる。

 人工太陽が通っているコロニーの中心部分の、いわば空の部分をコロニーアーミィの可変キャリーフレーム〈ウィング〉が戦闘機形態で飛び回り、時折人型形態に変形しては手に持ったライフルを空中に浮く「何か」に向かって放っていた。

 そんな光景が一箇所だけではなく、視界の至る所で見られるのだ。

 やがて裕太たちの目の前を4輪のコロニー内用戦車〈ヴァイソン〉が低いエンジン音を轟かせながらレンガ造りの塀を突き抜けて通り過ぎていった。

 その動きを目で追うと、〈ヴァイソン〉は博物館前の広場でブレーキ音を鳴らしながら停止し、砲身をグルンと裕太たちの方へと向ける。


「お、おい! 俺達は違……」


 そう言い終わらない内に〈ヴァイソン〉の80ミリの大砲が一瞬輝き、直後に花火が爆発するような音とともに光り輝くプラズマ弾頭を発射した。

 青白く輝く弾丸は咄嗟に伏せた裕太たちの遥か頭上を通り過ぎ、裕太たちの背後にいた「何か」に直撃、爆発を起こした。


「キシャァァァァッ」


 金切り声のような甲高い声を響かせながら力なく崩れるそれは、まるでツクダニの色を変えてをそのまま巨大化させたような、高さ4メートルはあろうかという巨大な虫だった。

 見ただけでザラザラしていることがわかるような模様をした外殻の隙間から伸びる6本の脚は柱のように太く、体表面から火花を散らせながら絶命しつつあるとわかっていても恐怖で足がすくみそうになる。


「笠本はん、前からぎょーさん来おったで!」


 内宮の声を聞いて逆方向へ向き直ると、先程の虫と同じものが3匹、空中から〈ヴァイソン〉を踏みつけるように着地した。

 搭乗員と思われるコロニーアーミィの隊員が逃げるように脱出すると、虫達を巻き込むように〈ヴァイソン〉が大爆発を起こす。


「まるでSF映画とかに出てくる宇宙怪獣じゃないか!」

「いえ、怪獣というより虫っぽいからぁ……怪虫?」

「呑気なこと言ってる場合か! 早くシェルターに逃げ込まないと!」

「えっと、ここから一番近いシェルターは……14番シェルター、こっちだ!」


 裕太の父がタブレット片手に指差し、裕太たちを先導し走り出す。

 しかしその進行方向を塞ぐように、宇宙怪虫が1匹砂煙を上げながら着地し、「キュイイイン」と甲高い鳴き声で威嚇をした。

 その時、ツクダニを抱えたままのサツキが別方向に走り出すと、宇宙怪虫は裕太たちのことなど気にしていないように身体全体をサツキの方へと向け、背中の半透明の翅を広げ震わせ始める。


「飛ぶ!?」

「飛ばすかよ! どっせぇぇい!」


 威勢のいいヨハンの声とともに、脇道から〈ザンク〉が宇宙怪虫にタックルを決め、その身体をふっ飛ばした。

 そして起き上がり体勢を立て直そうとする宇宙怪虫にヨハン機はライフルを向けて20ミリの弾丸を乾いた音とともに数発放ち、宇宙怪虫の外殻を吹き飛ばす。


「ヨハン! そんなものどっから!?」

「へへ、実は車代わりにちょっと使っててな」

「……横領じゃねえか。あれ、そういえば内宮の姿がないような」

「それより、サツキちゃん大丈夫か!」


 ツクダニを守るように倒れ込むサツキの元へ、進次郎が走り寄る。

 そのまま彼女の身体を抱き起こし「早く逃げよう」と声をかけると、サツキはその場で立ち止まって首を横に振った。


「サツキちゃん、どうして!」

「あの虫達……ツクダニを狙っているんです! この子は私が守ってあげないと!」


 サツキが大声で主張をすると、その会話を聞いていたらしいヨハンが〈ザンク〉のコックピット越しに声を出した。


「どうやらその娘の言ってることは本当のようだ。レーダーに映る巨大生物の連中、アーミィの攻撃を受けてるから一見するとバラバラに動いてるみたいだが、目的地はここのようだ!」


 このコロニーを襲っている宇宙怪虫の全てがサツキ、いやツクダニに向かっているということは、迂闊にシェルターへと避難すればそのシェルターが宇宙怪虫の集中攻撃を受けることになる。

 宇宙怪虫は確かに巨大で凶暴だが、キャリーフレームで難なく倒せる程度の相手。

 無限に湧いてくるわけではないであろうから、いっそのことここで待ち構えて各個撃破をしていったほうがいいのではと裕太は考えた。


「よし、ここであの虫連中を迎撃するぞ! 来い、ジェイカイザー!!」

『おう!!』


 裕太がいつものように携帯電話を空高く掲げ叫ぶ。

 しかし、何秒たってもジェイカイザーどころか雰囲気出しの立体映像魔法陣すら現れる気配は見られなかった。


「……あれ、おかしいな?」

「ちょっと笠本くん! ジェイカイザーって研究所からじゃないとワープできないんじゃなかったっけ?」

「あっ!!」


 裕太はここに来て、いつも当たり前に満たしていたがゆえに忘れていたジェイカイザー召喚の前提条件を思い出した。

 ジェイカイザーをワープで呼び出すには、その本体がジェイカイザーが元いた研究所に格納されている必要がある。

 ワープをするのに必要な粒子を散布する機構がその研究所にしか存在しないからだと、以前説明を受けていたのを忘れていた。

 現在、ジェイカイザーの本体は軌道エレベーターで召喚した後、このコロニーの宇宙港まで運んでもらって、それっきり。


「肝心な時に役に立たねえんだからこいつはぁぁぁ!」

『私のせいにするな! 元はと言えば裕太が私の本体をぞんざいにあつかうから!』

「喧嘩してる場合じゃないでしょお! どうする? 取りに行く!?」

「取りに行くったって、ヨハンだけじゃ……」


 そうこうしている内にまたも宇宙怪虫が空から降り立ち、サツキに向かって歩を進め始める。

 サツキを守るように、裕太の父と進次郎は彼女の前に出て両手を左右に伸ばした。


「裕太の親父さん、巻き込んじゃってすみません」

「いやいや。あの子の友達を守るくらいやらないと、妻に顔向けができなくなるからな。……といっても、武器のひとつもないのが不安だが」

「武器ならありますよ!」


 明るい声でサツキがそう言いながら、2人に拳銃を手渡した。

 裕太の父は首を傾げながら不思議そうな顔で拳銃の出処を聞こうとしたが、進次郎が「状況が状況なので」と答えを濁らせた。

 ヨハンの〈ザンク〉が宇宙怪虫にライフルを向けるが、ザンクの腕(マニピュレーター)を震わせるばかりで引き金を引こうとしなかった。


「ヨハン! 何をやってる!」

「馬鹿か笠本! いま撃ったらあの子に当たってしまう!」


「くそっ! 喰らえ、怪獣め!」


 裕太の父が手に持った拳銃で宇宙怪虫に向けて発砲するが、強固な外殻に弾丸は阻まれ、キンキンと弾かれる音が虚しく響き渡る。

 狙いも定めずに適当に撃っているだったが、その内の一発が弾かれること無く宇宙怪虫へと食い込み、その動きを一瞬だけ止めることに成功した。


「お三方、そこで頭を下げときや!」


 突然、博物館の壁を突き破って内宮の声とともに〈エルフィス〉が現れ、そのまま宇宙怪虫をボールみたいに蹴っ飛ばした。

 遠くでひっくり返った宇宙怪虫に、ヨハンが銃弾を打ち込みとどめを刺す。


「どうや、うちかて機体があればこれくらいできるんやで!」

「って言うけど、それって展示品のやつじゃねえのか?」

「ま、まあ細かいことは気ぃせんと。緊急避難っちゅうやっちゃ! そらそうと笠本はん、ここはひとまずうちらに任せて、あんさんも早うあのナンタラキングみたいなロボット取りに行かんかい!」

『なんたらキングではない、ジェイカイザーだ!!』

「言ってる場合か、行くぞ!」


 内宮に促され、裕太は黙ってコクリと頷き、エリィがいつの間にか用意していた2脚バイクの後部座席に乗り込んだ。



    ───Gパートへ続く

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