第9話「コロニーに鳴く虫の音:後編」【Eパート 裕太の父親】
【5】
同じ頃、進次郎は博物館の出口近くにあった休憩スペースで、サツキと一緒に長椅子に座り、自動販売機で買ったコーラの缶を開けて一息ついていた。
白く斜めった天井に空いた、四角い天窓から降り注ぐ暖かな人口太陽の日差しを受けて、サツキの頭の上に乗ったツクダニがギュミギュミとゆったりした声を出してくつろいでいる。
知識というものは、それを得て有効に使える者とそうでもない者がいる。
エリィのようにキャリーフレームマニアでもなければ、裕太のようにキャリーフレーム相手に戦うわけでもない進次郎は、この博物館で得れる知識は有効に使えないものであった。
それゆえに、S字に入り組んだ見学順路を直進するように素通りしていき、最後に裕太たちがたどり着くであろうこの休憩スペースで彼らの到着を待つことにしたのだ。
「見てください進次郎さん! ツクダニが歌ってますよ! かわいいですね!」
「あ、ああ……」
サツキの膝の上で左右に身体を揺らしながら楽しげにハミングするツクダニを見て、引きつった笑みを送ることしかできない進次郎。
先程階段の転落から救ってくれたとはいえ、ゴツゴツした真緑のテントウムシめいたフォルムには抵抗感が強い。
そんなことを考えていると、ツクダニが歌うのをやめて短い足を伸ばしながら訴えかけるようにギュミギュミと鳴き始めた。
「進次郎さん、この子あのハンバーガーを食べたいみたいです」
「ああ、あの珍しい自販機バーガーの……って、サツキちゃんはこいつの言葉がわかるのか?」
「はい! 水金族は脳の言語認識部位の構造を変化させて多様な言語を理解できるようになりますから!」
ドヤ顔でそう言いながらツクダニを抱きかかえ、ハンバーガーの自動販売機に向かうサツキを見ながら、進次郎はそのぶっ飛んだ理論に頭を抱えた。
ガコンという音とともにゲンコツより少し大きいくらいのハンバーガーが紙にくるまれて取り出し口に落ちる。
そのハンバーガーを手に取ったサツキは包み紙から中身を取り出し、ツクダニの口元へと持っていって食べさせた。
そんな光景を眺めていると、進次郎は背後に人の気配を感じハッと上半身ごと後ろに振り向いた。
「お前は……確か軌道エレベーターで会った……えーと誰だっけ?」
「ヨハンだよヨハン! 見覚えのある顔がいたと思えば、何をやってるんだ?」
「なんて言えばいいのかな、あれは……」
「あっ! ヨハンさんヨハンさん!」
ヨハンの存在に気づいたサツキが、両手に抱いたツクダニを見せるように押し付けた。
急に巨大な虫を見せつけられ、ヨハンは引きつった顔を青くしながら素早いバックステップで距離を取る。
「なななな、何だいきなり! なんだそれは!?」
「ほら! ヨハンさんがくれた卵から生まれたツクダニです!」
「卵!? あれって卵だったのか!? こらこら、わかったから押し付けるな! 近付けないでくれぇぇぇ!」
壁を背にして声を震わせるヨハンを追い詰めるように、サツキがじりじりと近寄っていくのが面白くて、進次郎は思わず苦笑した。
しょんぼりした表情でサツキが離れると、ヨハンはゼェゼェと息を切らせながら前かがみになって手を両膝につける。
「まったく……やっとあの自分勝手な訛り細目女から開放されたと思ったら……君たちと出会ってからというもの、僕は災難続きだよ」
「ほーーーん、自分勝手な訛り細目女でえらいすまんかったなぁ……!」
ドスの利いた低い声が聞こえた方に三人が一斉に振り向くと、そこには仁王立ちで青筋を立てる内宮がいた。
【6】
「ええんか? あんさんの隠蔽している女絡みの失態のあれやらこれやら、エレベーターガードのお偉いにばら撒いたってええんやで。なあヨハンはん?」
「ひえええ! 脅迫反対! 恐喝反対ぃぃぃ!」
「自分からうちに教えといてよく言うわ。せやなー、そこのサイダー1本で手を打とうやないか」
「払わせていただきましゅぅぅぅ!」
「うんうん、素直なことはええこっちゃで~~」
ドS全開の内宮と絶賛キャラ崩壊中のヨハンによる壁際コントを尻目に、裕太は進次郎との合流を果たしハイタッチをする。
「よお裕太、意外と早かったな。その人は?」
「……俺の父さんだよ」
「ほうほう。これはこれは裕太くんのお父上、僕は岸辺進次郎と申すものです。よろしく」
まるで貴族がするような、片腕を前に出しながらのステップを交えた自己紹介に、若干引き気味の裕太。
一方裕太の父も深々と頭を下げて息子の友人へと誠実な礼を返す。
「エリィさん! ほら見てください! ツクダニ大きくなってません?」
「ええっ、わ、わからないわよぉ!?」
「よく見てください! こことか、こことか!」
「サツキちゃん、ちょっと落ち着こう。どうどう」
エリィにツクダニを見せつけるサツキを抑える進次郎。
その傍らでは自動販売機の前でガックリと肩を落とすヨハンとサイダーを飲みながらご満悦の表情をする内宮。
奇妙な光景の中取り残された裕太は、これはいい機会だと、隣で若者の青春劇を微笑みながら見つめる父に、この間見舞いに行ったときに確認した、変わらぬ母の容態をそっと耳打ちする。
「……そうか、母さんはまだ目覚めないか」
「医者が言うには、脳や臓器は完全に治ってるけれど、なぜか意識だけが戻らないままなんだって」
「そうか……裕太には苦労をかけさせるなぁ。父さんの仕送りだけじゃ生活も大変だろう」
「いや、そうでもない。今俺の貯金口座に100万くらい貯まってるし」
「どうしてそんなに? まさかフレームファイトを再開したのか?」
「うんや、これのおかげだよ」
と、裕太は胸ポケットの財布から、薄い銅板のようにも見えなくない民間防衛許可証を取り出して見せた。
「ほう。大田原さんから聞いてはいたが……。裕太、いつの間にキャリーフレームを買ったんだ?」
「いや、買ったんじゃなくてなんというか、拾ったというか」
『出会ったのだ! なあ裕太!』
「!?」
「あちゃー……」
不意に出しゃばったジェイカイザーに、頭を抱える裕太。
こうなった以上、父親に対しての説明責任が発生するからだ。
やむを得ず「えーと」と前置きをして、これまでの経緯を話す。
すると、父はハッハッハと小さな声で笑った。
「……何がおかしいんだよ」
「いやぁな、裕太も母さんの子だなあと思ってな! 血は争えないなハッハッハ」
『いやはやまったく、ハッハッハ』
「おめーわからないくせに釣られ笑いするんじゃねー」
何が言いたいのかイマイチわからない親父とジェイカイザーに冷ややかな目線を送りため息をつく。
修学旅行で、友達と博物館に来て、なんで親父が笑っているのか。
裕太はこの奇妙な状況をなんとかしてくれと心の中でつぶやいたが、その願いは最も理想からかけ離れた形で実現するのだった。
───Fパートへ続く




