第9話「コロニーに鳴く虫の音:後編」【Dパート 英雄機エルフィス】
【4】
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
大理石の敷き詰められた高級感あふれる博物館の入り口で、入館料の支払いを済ませ受付の女性のお辞儀を受けた裕太たちは、そのまま受付の脇を抜けて広大な建物の奥へと足を踏み入れた。
白亜の壁に囲まれた細い通路を進み抜けると、やがて天井の吹き抜けた大広間へとたどり着く。
そこに立っている巨大な物体を見て、途端にエリィが目を輝かせてその場でピョンピョンと子供のようにはしゃぎした。
「うわぁー! 見て見て笠本くん! すべてのキャリーフレームのご先祖様の〈コンテナキャリア〉よぉ! あそこにはJIO社の一番最初の試作機〈プロトザンク〉、あっちには世界初の民間機〈ガブリン〉も!」
「おい銀川、ちょっと待てよ!」
「待てなぁい!」
早口にまくし立てるエリィに圧倒されながら、早足で進む彼女を追う裕太たち。
展示されている数々のキャリーフレームが立ち並ぶ館内を、見渡すように左右に視線を移しながら通り過ぎていく。
「おい裕太、僕らはじっくり見て回りたいから銀川さんのことは頼んだぞ」
「おう」
進次郎とサツキを置いてエリィを追いかける裕太は、やがてひとつのキャリーフレームの前で立ち止まったエリィにやっとのことで追いついた。
「おい銀川、そんなに急がなくても……」
「これ、お父様の……!」
呆けた顔でそう呟きながらエリィが見上げているキャリーフレームを、裕太も見上げる。
全体に白の塗装が程され、頭部には意思を秘めた緑色の二つのカメラアイが覗き、両端にはまるで長い耳のように二本のアンテナが伸びている。
国民的ロボットアニメの主役機のような風貌のキャリーフレームを見ながら、裕太はエリィの妙な反応が気になった。
「お父様? 銀川の親父がどうかしたのか?」
裕太がそう尋ねると、エリィはハッとしたような表情をした後、慌ててごまかすように両手を振りながら口をパクパクとさせる。
「え、えっとね! お父様が好きなキャリーフレームだったなぁって思ったのよ! ほら、あたしってお父様の影響でキャリーフレーム好きになったんだし!」
「本当かぁ? でも、このキャリーフレームだったら俺でも知ってるぞ。こいつは確か……」
「ヘルヴァニアと地球の戦争、半年戦争において地球軍の勝利に多大な貢献をしたっちゅうキャリーフレーム〈エルフィス〉やな」
裕太が始めようとした説明を奪うように口を挟んできたのは、奥の方からゆっくりと歩いてきた内宮だった。
内宮はドヤ顔のまま、ゆったりとした歩調で〈エルフィス〉の脇にある階段を靴音を立てながら降りつつ、説明を続ける。
「確か、なんちゃらスグルっちゅう木星出身の若者が、こいつでぎょーさんヘルヴァニアの重機動ロボ落としたそうやで」
「それくらい俺でも知ってるよ。ノルマでもあるのかってくらい定期的にドキュメンタリー番組で取り上げられてるからな。それよりも内宮、お前一人で博物館に来たのか? 寂しいやつだなあ」
「そないな悲しゅうことするかアホゥ。入り口で親父はんに会うてな、おもろい話いろいろ聞かしてもろとったんやで」
「親父さん?」
首を傾げながら内宮の背後に現れた人物の影に裕太は、やや前かがみの体勢で目を凝らす。
〈エルフィス〉に隠れるように立っているその人物を見ようと、エリィも額に手のひらを立てて覗き込む。
もったいぶって出てこない行動と、内宮の言った言葉の意味を合わせて考えると、裕太の頭にはすぐにその人物が誰かの答えが浮かび、途端に呆れ顔になった。
「何やってるんだよ、父さん」
「笠本くんのお父様?」
「いやーはっはっはっ……本当は階段を飛び降りて格好よく登場しようと思っていたのだがなあ」
白髪混じりの髪の無精髭を生やした裕太の父、笠本信夫が乾いた笑いを浮かべながらトントンと階段を降りるのを見て、裕太は静かに「歳考えろよ……」と呟いた。
「君がうちの裕太の友達かな? いつも息子がお世話になってます」
「いえいえこちらこそ、聡明なご子息にはお世話になっています」
「銀川、お前は俺の何なんだ」
互いに深々と頭を下げ合い挨拶をする父とエリィの姿に、思わずツッコミを入れる。
裕太の父は元々専業主夫をやっていたのだが、稼ぎ頭であった裕太の母が昏睡状態になってからは知り合いのコネを使って江草重工で働き始めた。そして現在はこのコロニー「アトランタ」へと長期出張中であり、博物館の近くにある工場で働いているはずなのだが。
「……んで、父さんはこんなところで何をしてるんだよ」
「いやーはっはっはっ! 今日は仕事が休みなものでね、そういえば今日はお前がここに来ているなと思ってここで待ち伏せていたのだよ。聞けばこのお嬢さんはお前の友人だそうじゃないか」
内宮の方を見ながらそう言う父の姿に、裕太は思わず言葉を濁らせた。
「うーん、そいつは友達というか知り合いというか」
「失礼なやっちゃな、友達でもええやないか」
「はっはっは、ところでそちらの銀髪のお嬢さんは?」
裕太の父親の言葉に、待ってましたとばかりにエリィは裕太の腕に抱きつくように飛びついて、嬉しそうな声を上げた。
「あたしはぁ、笠本くんのこいびムググ……」
「友達だよ、友達!」
父親に恋人と紹介するのが気恥ずかしくなって、裕太はエリィの口を手でふさいで慌てて訂正した。
恋人というのを必死に否定されたからか、エリィは頬を膨らませて抗議の意を唱える。
裕太はとっさにエリィの耳元に「親に色々紹介するのはもっと後でも遅くないって」と囁くと、納得してくれたようで微笑みを返してくれた。
「なーなー、笠本の親父はん。うちらフレーム乗りとしては、〈エルフィス〉動かすんて憧れみたいなものやなんやけど、こいつって動かすことできへんか?」
「おい内宮、常識で考えて展示品に乗れるわけが……」
「いいや、動かすことは可能だよ」
「マジかよ父さん」
「一年に何度か、祭りのときにパフォーマンスとしてこの〈エルフィス〉で模擬戦をするんだ。明日からその祭りの日だから、実はもう燃料入ってるんだよねえ」
「へーえ」
生返事をしながら、かつての英雄キャリーフレームを裕太はじっと見上げた。
───Eパートへ続く




