第8話「コロニーに鳴く虫の音:前編」【Hパート 眠れぬ夜の歌】
【8】
「……ん? なんや、笠本はんと銀川はんやないか」
歌声を頼りに、ホテルから最寄りの公園にたどり着いた裕太たちを待っていたのは噴水の縁に腰掛けた内宮だった。
内宮の近くには自転車が停めてあるのを見るに、これを借りてここまで着たのだということが予想できる。
静寂に包まれた公園の中で、裕太はホバーボードを降りて噴水に歩み寄る。
「何だはこっちのセリフだよ。こんなところに一人で何やってんだ?」
「ハハッ……なんや? もしかしてうちに興味あるんか?」
「……別に、歌声が気になっただけだよ」
裕太が視線を逸らしながらそう言うと、内宮はニヤついた表情をしたあと、ビルがぶら下がって見える上空を見上げた。
「……うちの弟の好きな歌を歌っとったんや」
「弟? お前、弟がいたのか」
「まあな。難病にかかってずっと入院生活送っとるけど」
内宮の発言を聞いたエリィが、ハッとした表情をして口を開いた。
「もしかして内宮さん。弟さんの治療費に困ってるんじゃ……」
「……ようわかったな。うちの両親どっちも事故で死んでしもうてな、うちがお金出さなあかんのや。そのためにメビウス電子でバイトもしとるんやけど……」
「そういえば、そうだったな……」
裕太は以前、エリィと一緒に江草重工を訪れた時を思い出した。
〈ヴェクター〉の試運転を見に行った帰り道、内宮はメビウス電子の上司とともに訓馬という老人を迎えに来ていた。
言いかけて俯き口を紡いだ内宮に、裕太は「どうかしたのか」と声をかけると、内宮は顔を上げて話を続ける。
「……最近、その仕事が楽しなってしもたんや。弟の治療費のためいうて割り切って始めたんやけど。これって悪いことなんやろか?」
突然投げかけられた質問に、裕太は咄嗟に答えが浮かばなかった。
いつも飄々としていたように見える内宮がそういうことを考えているというのが意外だったし、父親の稼ぎがある裕太は何と言葉を返せばいいのかわからなかった。
そんな裕太の代わりに、エリィがそっと口を開く。
「いいんじゃない?」
「え……?」
「仕事を楽しんじゃいけないなんてことはないと思うし、それが弟さんやあなたのためになってるんだったら……」
「そう、か……それもそうやな。ありがとな銀川はん。少し気持ちが軽うなったわ! ほな、そろそろうちはホテルに戻るわ。ほなな!」
明るい表情をしながら立ち上がった内宮は、噴水の脇に停めてあった自転車に跨りホテルの方へと走り消えていった。
残された裕太たちも、別に用事があって来たわけではないので、頷き合ってホテルに戻ることにした。
来たときと同じようにホバーボードに足を乗せるふたり。
その時、聞き覚えのない小さく甲高い音が突如耳に響いてきた。
音を聞いたエリィが、不安そうな表情で裕太の腰にしがみつく。
「な、何の音!?」
「虫の鳴き声じゃないか? こんだけ自然があるんだから、コオロギみたいなのがいるんだろう」
「……そ、そうね。きっと虫の声よね。は、早く帰りましょう」
あまりにもエリィが声を震わせて怖がるので、裕太はアクセルスイッチを往路のときよりも強く踏み込み、気持ち急ぎ目にホバーボードを発進させた。
……後編に続く
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登場マシン紹介No.8
【ウィング】
全高:8.6メートル
重量:6.8トン
七菱製の可変キャリーフレーム。
人形形態と飛行機形態へと瞬時に変形する事ができ、幅広い状況への素早い対応が可能。
空輸用キャリーフレームの一種だが、外装が頑丈に作られているのである程度の戦闘にも耐えうる性能を持っている。
そのため、コロニー防衛隊コロニーアーミィなどの組織では手軽な飛行偵察機として汎用のマシンガンとビームセイバーを持たせて運用している。
また、コックピットが危険にさらされると自動的に時間停止防壁「ストッピングフィールド」が搭載されているのでもし撃墜されてもコックピットブロックだけは絶対の安全が保証されている。
【次回予告】
一夜明け、コロニーの観光へと出かける裕太たち。
彼らは博物館にて英雄機・エルフィスに思いを馳せる。
しかし観光を楽しむ彼らに、突然の警報が鳴り響く。
コロニーに起こった異変に、ツクダニが鳴いた。
次回、ロボもの世界の人々第9話「コロニーに鳴く虫の音:後編」
『むむむっ、なんだか私はツクダニが可愛く見えてきたぞ』
「ついにバグったかジェイカイザー。いつかはどうかなると思っていたが」
『勝手に私をバグらせるな! というかバグらないぞ私は!』




