第8話「コロニーに鳴く虫の音:前編」【Gパート ふたりの散歩】
【7】
「はーい、召し上がれ!」
サツキが、持って帰った大量の包みから取り出した食べ物をツクダニに差し出した。
するとツクダニはパンに口を近づけ、なんとも言えない音を出しながらかじり初めた。
「わぁ! 見ました今の、食べましたよ!」
「そ、そうね良かったわねぇ……」
まるでハムスターや犬に餌を与えて喜ぶ少女のようにはしゃぐサツキを、一歩引いた位置からドン引きしつつ見守るエリィ。
食事を終えた裕太たち一行はツクダニの様子を見るため、一旦サツキと進次郎が使う部屋へと集まった。
ツクダニはおとなしく部屋で待っていたらしく、部屋の中は特に荒れた様子はなかった。
ツクダニの頭を撫でながら笑顔で食べ物を与えるサツキと対象的に、エリィは部屋の端で引きつった顔をして震えていた。
彼女じゃなくとも、これだけ大きな巨大昆虫を見て平気な女子はあまりいないだろう。
「……金海さん、もう大丈夫そうだな」
「裕太、どこに行くんだ?」
「寝る前に銀川と一緒に夜の散歩でもと思ってな。行こうぜ銀川」
「あっ、待って笠元くん!」
裕太は半ば無理やりにエリィの腕を引っ張り、進次郎たちの部屋から廊下へ出る。
窓の外には夜が張り付き、橙色の薄明るい照明に照らされた廊下に出たエリィは、裕太に感謝を述べた。
「笠元くん、ありがとう。連れ出してくれて」
「うん、まあ。辛そうな顔してたしな。じゃあ外に行こうか」
「え? 散歩って部屋を出る言い訳じゃないのぉ?」
「え? 外の空気吸わなくていいのか?」
階段を降りながら、お互い顔を見合わせてするチグハグな会話。
なんだかおかしくなって、思わずふたりは笑みをこぼした。
「もう……わかったわぁ。外の空気吸いに行きましょう」
「ハハハ……ん? あれは……!」
ロビーに降りた祐太は、他の宿泊客と思われる青年がフロントに返却している板状の物に目を輝かせた。
その青年が去ったあと、祐太は少々はしゃぎ気味にフロントの女性へと問いかけた。
「今の人が返したの、あれもしかしてホバーボードですか!?」
「はい。当ホテルではお客様にホバーボードや自転車などの貸し出しを行っています」
「えっと、じゃあホバーボード借りていいですか!」
「もちろん構いませんよ。はい、どうぞ」
「ありがとう!」
手渡された1mほどの大きさのホバーボードを借りて笑顔で戻ってきた裕太に、エリィが不思議そうな顔をした。
「笠元くん、それなぁに?」
「ああ、銀川は知らないのか。何年か前に少し流行ったんだけどな。へへっ、外で見せてやるよ」
いたずらっぽく笑いながらそう言ってホテルの正面出入り口の自動ドアをくぐった祐太は、手に持ったホバーボードをおもむろに地面に向かって放り投げた。
すると、ホバーボードは地面にぶつかる事なくフワッと軽く跳ね、やがて黒い面を下にして水平になった。
「へぇー! ホバーってこういうことなの!」
「タイヤの無いスケボーみたいなもんだ。後ろに乗れよ」
ホバーボードに両足を乗せた裕太に促され、エリィは恐る恐る裕太の腰を掴みながらホバーボードに足を乗せる。
不安定な外見の印象と違って、ホバーボードは傾くことなくエリィを迎え入れた。
エリィの腕が自分の胴体を掴んでいることを確認した裕太は足元にあるアクセルスイッチをゆっくりと踏み込むと、ホバーボードが前進を始めた。
「わあ、すごぉい! 進んでるわよぉ!」
「そりゃあ進むだろ、乗り物なんだから。なあ銀川、どこか行きたい所あるか?」
緩やかなスピードで歩道を進むホバーボードの上で裕太がエリィに問いかけると、エリィは少し「う~ん」と考え込んでから答えた。
「別にぃ、特に行きたいところはないかしらぁ。……あら? 何か聞こえない?」
エリィの指摘を聞いて耳を澄ますと、公園の方角から歌声のような音が微かに聞こえてきた。
こんな時間に誰がいるのかと気になった裕太は
「……確かに、何か聞こえるな。行ってみるか」
「ええっ!?」
「……何で嫌そうなんだよ。もしかして怖いのか?」
ニヤついた表情でエリィに尋ねると、裕太を掴む腕を強めながらエリィはぶんぶんと首を横に振って否定の意を表した。
エリィが言いたいことと、無意識でやっていることが正反対なのが面白くて、裕太はアクセルを踏む力を強めた。
急に加速したのでエリィが「ひゃっ」と可愛らしい声を出して全身を震わせる。
「はははっ、なんだよ今の声!」
「ちょっとぉ! いきなりスピード上げないでよぉ!」
「大丈夫大丈夫、ホバーボードには慣性制御システム積んであるから振り落とされやしないさ」
「そういうことじゃなぁい!」
───Hパートへ続く




