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第8話「コロニーに鳴く虫の音:前編」【Fパート ディナー・タイム】

 【6】


「んじゃあ、そろそろ……いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」


 軽部先生の音頭に合わせて食堂に集まったクラスメイト達が一斉に手を合わせると、各々自分の皿に盛った料理を食べ始めた。

 今夜の夕食はホテルの食堂で行われるバイキング形式の食事である。

 進次郎が自分の器に入れたサラダを口に運び舌鼓を打っているのを見て、その正面に座っている裕太は呆れ顔をした。


「せっかくご馳走が目の前にあるのに、野菜から先に食うのか」

「フ……甘いな裕太。先に野菜を食べることにより食物繊維がうまい具合に働いてだな」

「ふーんへーえそーなんだー」

「まともに聞く気がないな貴様。それより聞いたぞ、お前の父親がこのコロニーにいるんだってな」


 急に投げかけられた事実に、裕太は食器を動かす手を止めた。


「……どこでそれを聞いた?」

「ジェイカイザーから。新作のギャルゲーを餌にしたらペラペラと喋ってくれたよ」

「あのヤロォ……!」


 裕太は拳を震わせながら、今この場にいない相棒に対して怒りを抱く。

 ちなみにそのジェイカイザーはというと、うっかり携帯電話を部屋に置いてきたのでこの場にはいない。


 裕太の父、信夫のぶおは元々専業主夫だったのだが、裕太の母である由美江ゆみえが昏睡状態になってからは、ツテを頼りに江草重工で働き始め、現在はここスペースコロニー『アトラント』の工場で働いているという。

 別に裕太と父親の関係は悪くないのであるが、学校行事で行った先で親に会うというのは気恥ずかしいので、裕太はあまり考えないようにしていた。

 わざわざ考えないようにしていたことをぶり返した進次郎に、裕太は軽く仕返しとばかりに話を切り出した。


「そういや進次郎。俺はお前の家族構成について知らないんだよなあ。なあ、少しくらい教えてくれたっていいだろう」

「却下だ」

「なんでだよ」

「お前に言いたくない事情があるからだ」

「水臭いな、親友だろ?」

「親友だからこそだ」


 このままでは埒が明かないと考え、裕太は食事を再開する。

 思えば裕太は進次郎の家を一度も訪れたことはなかった。

 家で遊ぶ時はいつも裕太の家であったし、進次郎の周辺については未だにわからない部分が多い。

 進次郎の妙な言い回しも気になるが、隣りに座っていたエリィが裕太の皿に料理を移してきたので、考えるどころではなくなった。


「おい銀川、食べないのか?」

「ううん、おすそ分け。このハンバーグすごく美味しかったからぁ」

「お、おう……ありがと」

「うふふ! あら? 金海さん何やってるのぉ?」


 エリィの視線の先を裕太が追うと、サツキがナプキンの上にパンやサラダの菜っ葉を乗せて、くるくると巻くように包んでいた。


「サツキちゃん、もしかしてそれあの虫に?」

「虫じゃありません、ツクダニです! あの子が何を食べるかはわかりませんが、お腹が空いてはヨサクもできないといいますし!」

「それもしかして、いくさもできないって言いたいのかい……?」

「そうです! それです進次郎さん! でイクサってなんですっけ?」

「おいおい……」


 微笑ましい2人のやりとりを裕太が乾いた笑いを浮かべながら呆れ顔で眺めていると、隣に座っていたエリィが「よいしょ」と声を出しながら立ち上がった。


「どうした、銀川?」

「ううん、ドリンクバーに行くだけ」

「じゃあ俺も一緒に」


 エリィについて行き、空のコップ片手にドリンクバーに向かう。

 色とりどりの料理が並ぶ、白い長テーブルの横を通り過ぎ、壁際に配置された目的地に到着した。


 ドリンクバー、といってもファミリーレストランなんかにあるようなジューサーバーを並べただけのものとは違う。

 氷がいっぱいに入った金属のバケツに高級ブランドのジュースビンが入っており、そのビンを取り出して各々のグラスに注ぎ分ける形式となっている。

 エリィはその中からリンゴジュースのビンを取り出し、トクトクと音を立てながら自分のコップに注ぎ入れた。


 裕太もバケツの中から飲みたいジュースのビンを取ろうとすると、横からすっと手が伸びてきて裕太より先にそのビンを取り上げた。


「もろたで、笠本はん」

「あっ……なんだ内宮か」

「なんだはないやろなんだは……あ、そうや。笠本はん、明日の自由時間にキャリーフレーム博物館行くんか?」

「キャリーフレーム博物館?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返す裕太。

 キャリーフレームと聞いて後ろのエリィが目をキラキラさせながら裕太を押しのけるようにして内宮に食いついた。


「博物館! キャリーフレームの博物館があるのぉ!?」

「せ、せやで。ほれ、このコロニーてキャリーフレーム製造を中心とした工業コロニーやないか。それでキャリーフレーム生誕何十周年かのときに記念碑的なものとして博物館が作られたらしいで」

「わぁ! ねぇねぇ笠本くん、絶対に行きましょう! ねえ!」

「わ、わかったから服を掴むな銀川!」


 上機嫌なエリィに掴まれた服を正し、裕太は内宮が注ぎ終わったビンを手にとって自分のグラスに注いだ。


「……ってことは、内宮も明日行くのか?」

「せやせや。うちかてキャリーフレーム部のエース張っとる身やからな。あとな、明日は博物館の周りで小さなお祭りもあるらしいんや」

「あたし、祭りはいいかなぁ」

「ほなら笠本はん。うちと一緒にお祭り屋台を巡らへんか?」

「え、俺?」


 突然の内宮の誘いに驚き固まる裕太。

 その隣でキョトンとしているエリィの顔と裕太の顔を交互に見て、内宮はプッと軽く吹き出し、ただでさえ細い目をさらに細めるようにして笑った。


「ジョークやジョーク! ほな、またな笠本はん、銀川はん」

「お、おう……」


 去っていく内宮を呆気にとられたまま見送り、エリィと裕太は無言のまま自分の席へと戻った。


「遅かったな裕太」

「ああ、ドリンクバーに内宮がいてな」

「内宮って、あのキャリーフレーム部の関西弁女子?」

「それそれ。キャリーフレーム博物館とその近くの祭りに行くとかで」

「誘われたのか、憎いやつだねえこのこの」

「うるせー。それより、金海さんのそれ、何?」


 裕太は、サツキの前に置かれている無数の包みを指差した。

 確か席を立つ前はひとつしかなかったはずなのだが。


「ツクダニ、どれくらい食べるかわからないのでたくさん持って帰るんです!」

「明らかに多すぎると思うんだけどなあ……」



    ───Gパートへ続く

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