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第8話「コロニーに鳴く虫の音:前編」【Eパート その名はツクダニ】

 【5】


「よし、この部屋だな! 大丈夫かサツキちゃ……ぐわーっ!?」

「し、進次郎!?」


 サツキのいる部屋の扉を開けた途端、人の頭ほどの大きさの何かが部屋の中から飛び出し、そのまま進次郎の顔面を覆うようにへばりついた。

 よく見るとそれは、太い6本の足を持った、全身が緑色のテントウムシにも見える巨大な虫のような生物だった。


「岸辺くん!?」

「だ、大丈夫か!?」


 目の前で起こる、パニック映画だったら死亡確定な光景に取り乱すエリィ。

 裕太が進次郎の顔にへばりついた巨大な虫を引き剥がそうとすると、部屋の中からサツキの叫び声が響いてきた。


「こらっ、ツクダニ! その人を離してあげなさい!」

「ギュミミッ」


 サツキのまるで子供を叱るような声に、ツクダニと呼ばれた虫は返事をするような鳴き声を上げて進次郎の顔から剥がれ落ちた。

 そのまま薄い半透明のはねを羽ばたかせてフヨフヨと浮きながら部屋の中へと戻っていった。

 状況が理解できない裕太たちは、目を丸くして部屋の中を覗き込む。

 すると、そこには先程の巨大な虫を手で撫でて可愛がるサツキと、その傍らには上半分が割れたように欠けた例の白いボールがあった。


「おい銀川、何があったんだ?」

「えっと……あたしはあのボールから出てきた虫がサツキちゃんを襲っているのを見て……」

「さ、サツキちゃん。その虫は一体何なんだい……?」


 虫に掴まれて跡が付いた頬を擦りながら進次郎が恐る恐る聞くと、サツキは虫を頭の上に乗せてニッコリとした表情で説明を始めた。


「裕太さんから頂いたあの白いボール、このツクダニの卵だったんです!」

「ツクダニ?」

「あ、ツクダニっていうのはこの子の名前でして、ほら、虫に関連する言葉でそういうのあるじゃないですか!」


 無邪気な笑顔を向けるサツキに、その言葉は料理を示す言葉だと言うのを躊躇う裕太たち。

 苦笑いをする彼らを気にすること無く、サツキは説明を続ける。


「この子、母親からはぐれてしまったみたいなんです! 私のことを母親と思っているのかもしれないですが、ほら、私の頭の上がお気に入りみたいです!」

「もしかしてサツキちゃん……そいつを飼いたいとか言うんじゃないよな?」

「……ダメ、ですか?」


 瞳をウルウルとさせながら進次郎に詰め寄るサツキに、流石にノーとは言えなかったのか、進次郎は小さな声で「わかったよ」と言った。

 その判断に、真っ先に反論を上げたのはエリィだった。


「嫌! 嫌よ嫌よぉ! ぜっったいに嫌ぁ!」

「酷いですエリィさん! そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか!」

「あ・の・ね! 今夜はあたし、この部屋で寝るのよ! 虫と一緒の部屋なんて嫌ぁ!」


 髪を振り乱して拒否を主張するエリィの気持ちを、裕太はわからなくもなかった。

 なにせ、B級パニック映画に出てきてもおかしくないような巨大昆虫だ。

 サツキに懐いているといっても、何をしでかすかわかったものではない。

 そんな場所で枕を高くして寝ろというのも無理な話だろう。

 双方の主張を聞いて、腕組みして考える進次郎。


「うーむ……。じゃあ、僕がこの部屋を使おうか」


 数秒の思考から導き出されたであろう結論。

 それはつまり、代わりにエリィが裕太と一緒の部屋を使うわけでもある。


「だめよ岸辺くん! うら若き男女が一つの部屋でふたりきりなんてぇ! みんなで寝静まった後お風呂で火照ったあたしの無防備な肉体に…あぁんダメよぉ!笠本くんっ」

「するわけねぇだろ! ……とはいえ、仮にも学校の修学旅行でそれはどうなのかな」

「こっそり入れ替わってればバレやしないって。先生の見回りだって布団めくってまで確認はしないだろう」

「まあそりゃそうだろうけど……進次郎は大丈夫なのか? 金海さんと一緒で」

「それはお前が一番知ってるだろう裕太。なぜならお互い──」

「──ドのつくヘタレだもんな……」


    ───Fパートへ続く

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