第7話「奈落の大気圏」【Eパート スペースデブリ】
【6】
「この上が、僕らの機体のある格納庫だよ」
ヨハンの後を追うように軽い足取りで階段を昇っていき、下から数えると6両目となる車両へと裕太たちは足を踏み入れた。
この車両だけは客席がひとつもなく、車両そのものがキャリーフレームの格納庫となっている。
壁に沿って並び立つ紺色の装甲をもつキャリーフレームを見上げ、エリィが「わぁ」と感嘆の声を上げた。
「どうだいエリィさん、これが僕達エレベーターガードが搭乗する機体の……」
「見て笠本くん! JIO製の第二世代型キャリーフレームの〈ザンク〉よ! 全高8.1メートルで重量9.3トンの〈ザンク〉は、アメリカとロシアによる第二次宇宙開発競争のさなかで生まれた世界初の宇宙用キャリーフレームでね! 宇宙船のメンテナンスからコロニーの組み立て、更には宇宙戦闘までこなしちゃう、まさに宇宙の礎を築いた名機なのよぉ!」
早口でまくし立てるエリィのキャリーフレームうんちくに目を白黒させるヨハン。
さては、エリィのことをミーハーだと思って知識量で優位に立とうと思ったが、エリィの知識量がガチ過ぎて敗北を喫したといったところだろう。
「あ、でも流石に古い機体だから当時のそのままってわけじゃないのね。脚部のバランサーは最新機の〈ガルルグ〉のパーツを使ってるみたいだし、携行装備もクレッセント社製のビームライフルなのね……ってヨハンさん、どうしたの?」
「い、いいよ。続けて続けて……」
歩くキャリーフレーム図鑑と化したエリィに圧倒されたのか、テンションが下がっていくヨハンの様子を見て裕太の溜飲がみるみるうちに下がっていく。
この状態なら何も心配はいらないだろうと思ったところで、階段を登ってくる金属質な足音が聞こえてきた。
まさかエレベーターガードの人が来て怒られるのかと裕太が身構えていると、ひょっこりと見覚えのある顔が現れた。
「ほえ~、これが軌道エレベーターの格納庫なんやなぁ~。……って、なんで笠本はんがこんなところにおんねん!?」
「内宮さん、ひさしぶり。いやぁ、ヨハンっていうガードの隊員に話を持ちかけたら軽くオッケー貰ってな」
裕太が軽い気持ちでそう言うと、内宮は舌打ちをしながら悔しそうに地団駄を踏んだ。
「なんや、それやったら笠本はんと一緒におったらこんな苦労せえへんでもよかったんやないか」
「苦労? 何をしたんだ?」
「ガードの連中におべっか使うたりとか、将来ガードに入るかもしれへんとか言うたり、とにかく色々とな」
哀愁漂う横顔から、内宮がやったという苦労がうかがい知れる。
しかし、そのような苦労をしてまで格納庫を見たいということは内宮もまたキャリーフレームが大好きなんだなと裕太は思った。
キャリーフレーム部に誘われた時は邪険な態度を取ってしまったが、裕太は内宮のことが嫌いではない。
かつて自分も行っていたフレームファイトに精力的に取り組み、実績を残しているということに親近感が湧いていた。
「ほんでな、ガードの連中ときたら――」
「間もなく、当機はスペースデブリ帯へと入ります。ガードの隊員は格納庫へと集合してください。繰り返します。当機はスペースデブリ帯へと入ります……」
内宮の発言を遮るように突然に発せられた機内アナウンス。
放送を受けたガード隊員が足音を立てながら、裕太達のいる格納庫へと集結していく。
物々しい空気に、裕太はエリィと話していたヨハンに食って掛かった。
「おいヨハン、いったい何が起こっているんだ?」
「なあに、車両がスペースデブリの濃いところを通るから、車体にぶつからないように我々で対応するだけだ。エリィさん、君たちは邪魔にならないように格納庫から退避してくれないかな?」
「ええ、そうね。笠本くん、行きましょう」
「あ、ああ……」
エリィに連れられ、内宮と共に格納庫の階段を降りる裕太。
ひとつ下の車両の窓から外を見ると、ビームライフルを持った〈ザンク〉が次々と宇宙空間に飛び出し、軌道エレベーターの周囲を警戒するように飛行している。
「銀川、あいつら何しているんだ? スペースデブリがどうとか言ってたけど」
「スペースデブリっていうのは、宇宙空間に浮いている人工物の残骸よぉ。小粒なのもあるけど、中には隕石くらい大きいのもあるんですって」
「そないなもんがぶつかったら、軌道エレベーターなんて一発でオシャカやな」
「細かいものは車両を覆うビームバリアーで防げるけれど、大きいスペースデブリは流石に防げないんだって。だからガードの人たちがエレベーターに接近するスペースデブリをああやってビームで破壊しているのよぉ」
窓の外では、〈ザンク〉が手に持ったビームライフルでスペースデブリと思われる塊を狙撃していた。
銃口から放たれる光の線が巨大な塊を貫き粉々に粉砕する。
そうやって出来たデブリの欠片が車体の表面のビームバリアーにぶつかってキラキラと星のような輝きを生み出しては消えていった。
───Fパートへ続く




