エピローグ短編2「深雪と梅雨のお泊り会」【Fパート 深雪の夜明け】
「たしかに私は、あなたに裏切られて憎いと思った時もありました。けれども、辛いときにはあなたの顔が浮かんでしまうんです」
「僕の顔が……?」
「私は大人ぶって強がっているだけの、弱い女です。あなたのような人がそばにいれば……私はきっと、助かると思うんです」
自分で言ってて、これが愛の告白と同義だと感じていた。
けれども言葉は止まらない。抑えていた感情の波が、あふれるようにこぼれ出ていく。
「具体的に何かをして欲しいというわけじゃありません。ただ……私の側で、私を支えて欲しいなと……そう、思うんです」
「……そうか」
そう言って、しばらくの沈黙。
深雪も、自分の発言があまりにも突拍子もなさすぎて、内心ドキドキが止まらないでいた。
「……悪いけれど、今は君のそばにはいけないな」
数分の静寂の後、フィクサから出た言葉はそれだった。
ああ、やっぱりか。と諦め半分だった気持ちが簡単に納得していく。
「ですよね。すいません、ワガママいっちゃって」
「勘違いしないでくれ。僕は、今はって……言ったんだ」
「え……?」
「今は黒竜王軍の亜人種と、ネオ・ヘルヴァニア人との間を取り持つために僕がこの場を離れることはできない。それは1年で済むかもしれないし、10年以上かかるかもしれない」
「…………」
「君はまだ幼い身だ。生きているうちに、僕以外の頼れる人間が見つかる可能性だって大いにある。もし、それでも君が……僕が自由になるまで僕を必要として想ってくれていたなら。その時は……僕は、君の気持ちに応えようと思うんだ」
「それは、同情心ですか? それとも……責任感からですか?」
「違う。僕の心からの思いだよ。僕自身……君のことを立派だなと思いつつも、一人ぼっちで可愛そうだとも思っていた。まるで、ヘルヴァニアにいた頃の僕みたいだとも感じていた」
「昔の……フィクサさんですか?」
「あの頃、僕は一人だった。子供の頃から摂政となるための教育ばかり詰め込まれて、同年代の仲間はいなかった。大人も子供も、僕をグロゥマの息子として、恐れ崇めて扱っていた。その果てに待っていたのが、母星とともに消し飛ぶんだから、お笑いだよ」
フィクサ・グーの生命は、一度果てている。
半年戦争の決着となった、惑星破壊兵器の暴発。
それにより起こったヘルヴァニア母星・グリアスの爆散に巻き込まれて肉体ごとこの世から消えた。
今でこそタズム界へと転生したが、そう考えると彼の人生の意味というものを考えさせられる。
「君が頼れる相手が僕だけなら、僕は君の支えになる。けれども……君は強いから、僕に頼らなくても行けるかもしれない。どうしても辛くなったら……この番号にかけてくれないかい? 僕で良ければ、相談にのるくらいならできるから」
「……フィクサさん、あなたは卑怯ですね」
「僕が、卑怯かい?」
「そんな事言われたら……ますます想いが強くなってしまうじゃないですか。こんな幼い女の子の心を弄んで、あなたは悪い人です」
「……そうかも、しれないね」
「でも、ありがとうございます。おかげで、少し気持ちが楽になりました」
目尻にたまった涙を指で拭いながら、伝わらないとわかっていても深雪は顔に微笑みを湛えた。
彼なりの不器用だけれど、感情のこもった言葉。
それが聞けただけでも、十分だった。
頼れる相手がいるというのが、こんなにもありがたい事だったのか。
深雪は心から、そう思っていた。
「では今後、辛くなったら電話しますね。あなたが忙しくても、寝ているときでも、容赦なくかけますから」
「望むところだよ。それで君が楽になるなら」
「では、おやすみなさい。フィクサさん、また今度」
「おやすみなさい」
プツリと、切れる通話。
深雪は再び、身体をベッドに投げ出した。
けれども今度は、安堵の表情を浮かべながら。
少女は一人ではない。
彼女を想う者が、一人でも生まれたからだ。
どんなに辛くても、ひとりじゃないというだけでぜんぜん違うはずだ。
少女は、一人ではなくなった。
だからこそ、自分に与えられた役割を全うできるだろう。
幼くも、大人として生きることを求められること。
それは、周りから見れば不幸かもしれない。
しかし、彼女にとってはそれこそが、自分の生きていることそのものだった。
翌朝、特に問題なくお泊り会を終えてΝ-ネメシスへの帰路につく深雪。
しかしその姿は、昨日とはうってかわって晴れ晴れとしていた。
朝日の光を受けて彼女の頭上に輝く、虹のかかった青空のように。




