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エピローグ短編2「深雪と梅雨のお泊り会」【Cパート 内宮千秋の弟】

 【3】


 ふぅ、と肩まで湯に浸かりながら、深雪はため息をついた。

 まるで銭湯のような広い浴室。

 湯船こそ大きいのが一つだけであるが、この家に住む住人の数を考えればあまりにも過剰な広さである。

 湯気で白く曇ったメガネを一瞬だけ湯に沈め、水滴を払ってから再度かける。


「……もう15分も経ったんだ」


 深雪は壁にかかっている時計を見て、頭に乗せていたタオルを手に取り湯船から上がる。

 スライド式のガラス戸の先には、これまた温泉施設のような広い脱衣所。

 見ると、雨でずぶ濡れになっていた着ていた服が、温風機の前に干して乾かされていた。


 ロッカーのような棚に入っている自分の下着を手に取り、パンツから足に通して身につける。

 すこし布地がしっとりしているが、下着が派手に濡れていないのは幸運だった。

 模様のない子ども用ブラジャーを胸にかぶせ、借りた寝間着へと袖を通す。


「む……ちょっと大きい」


 ナインのものなので予想はしていたが、自分の背丈には大きすぎるパジャマ。

 指先まですっぽり覆ってもなお袖の余るシャツは、袖を何重にもまくりあげる。

 ブカブカでずり落ちそうなボトムスは、ゴム紐を強めに縛ってごまかした。


 洗面台の前の竹椅子に座り、結っていた髪を解いてドライヤーをかける。

 暖かい風が濡れた髪に当たり流れるようになびき、心地よさでふぅと息をこぼす。


「深雪、入ってもいいか?」

「いいですよ、ナインさん。もう終わりましたから」


 丁寧に許可をとってから、更衣室に入るナイン。

 ロッカーの向こうで彼女が衣服を脱ぐ布擦れ音を聞きながら、深雪は脱衣所を後にした。


 広いリビングを通り長い廊下を進んで突き当たり。

 扉に「ナインのへや」と書かれた木彫りのプレートがかかっている部屋へと足を踏み入れる。


「よっ、おつかれさん」


 ベッドに腰掛けた春人はるとが、ゲームのコントローラー片手に深雪へと挨拶した。

 深雪も彼の近くの床に座りながら、ベッドを背もたれにし一息つく。


「いいお湯でした。春人はるとさん、シェンさんは?」

「シェンはんやったらナインはんと一緒に風呂入る言うとったけど……すれ違わへんかったんか?」


 はて、と深雪はここまでの道のりを思い返す。

 そういえば、途中のトイレの鍵が閉まってたっけか。

 きっと、脱衣所に向かう前に用を足しに行ったのだろう。


 それからしばらく、二人は無言だった。

 春人はるとが遊んでいるテレビゲームの、軽快なBGMと小気味よい効果音だけが部屋の中に響いていく。


「……なぁ」


 テレビ画面にステージクリアと表示された辺りで、春人はるとがコントローラーを置いて深雪へと声をかけた。


「なんですか?」

「深雪はんて、姉さんと一緒おったんやろ? その……外での姉さんって、どんな風なんや?」

「……すみません、質問の意味がよくわからないんですが」

「ああ、スマンな。僕、去年の今くらいまで、ずっと病気で入院しとってな。姉さんって僕が退院してからも、なんか深雪はん達とあっちこっち行っとったらしいやて聞いてな」


 確かにな、と深雪は思った。

 央牙島に向かう道中で出会ってから、数ヶ月のインターバルを経て黄金戦役が終わるまで内宮千秋という人物は結構な期間、深雪と共にいた。

 逆に言えばその間、弟である彼の元からは離れていたわけで、その間の動向を聞きたいのだろうと深雪は感じ取った。


「あの人は……いうなればムードメーカーって感じですかね。いつも明るくて笑ってて、でもいざとなれば頼りになる。そんな頼もしい人でした」

「はえ~、そうなんや」

「逆にお尋ねしますが、家でのあの人はどんな感じなんですか?」


 どうしてそう質問したのかは、深雪本人でもわからない。

 会話をつなぎたかったのか、それとも内宮千秋という人物に興味が湧いたのか。

 よくわからないまま放たれた質問に、春人はすこしウーンと考え込んでいた。


「言いたくないんですか?」

「いや、姉さんの名誉のために言わざるべきやろか思うてな。……まあ、深雪はんだけやったらええか。その、家での姉さんは……だらしないな」

「だらしない?」

「炊事に掃除とか、そういう家事がてんでダメなんや。僕が退院してからは全部そういうのは僕がやっとるんやけど、それ以前は家がゴミ屋敷みたいやった」


 意外だな、と深雪は思った。

 普段、愉快で頼もしい姿からは想像できない私生活。

 食事をコンビニ飯で済ませ、床の上にゴミが散らばっている様子がありありと想像させられる。


「僕としては入院費用やら手術費やらを姉さんが工面してくれた恩があるさかい、恩返しになるんやったらと思って家事をしとるんやけど……」

「立派な恩返しじゃないですか」

「せやろか?」

「姉が弟のため、弟が姉のためにそれぞれ得意なことで助け合える。いい姉弟関係だと思いますよ」

「ハハハ、褒められたん初めてや。なんや照れるなあ」


 顔を少し赤らめながら笑う春人。

 深雪もかつては、そういった兄妹関係ができていただけに、眩しい内宮姉弟の姿はすごく羨ましく、妬ましかった。




    ───Dパートへ続く

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