エピローグ短編2「深雪と梅雨のお泊り会」【Bパート 少女と高校生3人】
【2】
点々と存在する水たまりが、丸い波紋を絶え間なく描き続ける。
ざあざあと降る雨が深雪の持つ傘を叩きつける音を聞きながら、ひとりで歩道をゆっくりと歩く。
今は季節が徐々に夏に移り変わりゆく頃に発生する、日本特有の梅雨という悪天候の日が連日続く期間だったかと、朝の天気予報を思い出す。
ひどく憂鬱なれど、その表情は真顔。
落ち込んでいると察せられたくない見栄が、彼女の顔を固めてしまっていた。
雨足が弱まらぬ中すれ違う、制服姿の学生たち。
何をしようか、何をして遊ぼうか、そういった会話をしながら通り過ぎる彼ら彼女らの姿は、いまの深雪にとって異様に眩しい。
あの制服はエリィや裕太たちが通っていたものじゃなかったかと、一瞬だけ振り返りその背中をみて思う。
小さな商店や飲食店の入り口をいくつも通り過ぎ、少女は歩を進め続ける。
水たまりを踏み抜けて走る乗用車やバスを見て、気持ちが沈んでいく。
今から電車を乗り継ぎ、フェリーに乗り、軌道エレベーターまで目指すと思うと、足が重くなる。
こんな折に、雨がやみ始めたのは幸いだった。
周りの人々が傘をしまうのを見てから、深雪は傘をたたみ、持ち手のフック部分を腕に通して背伸びをする。
そんなときだった。
「ニュイ~」
猫とイルカが混ざったような、気の抜けた鳴き声。
雨に濡れてしなびた段ボール箱から顔を覗かせる一匹のネコドルフィン。
その前で畳んだ傘を握ったまま座り込み、奇妙な動物と顔を合わせる女学生が二人と、男子学生が一人。
「のう春人、これがネコドルフィンなのじゃな?」
「せやなぁ。……なんでナインはそんなに睨んどるんや?」
「私としては、この生き物が原因で漂流したことが有るから、あまりいい感情は沸かないんだ……ん?」
真紅の髪をしたセミロングの頭が、こちらへと視線を向ける。
つられて、他の二人もこちらを見て立ち上がった。
「こんにちは、ナインさん。シェンさん、それと……」
見慣れぬ……といえば嘘になる、少し既視感の有る男子生徒の顔。
特徴的な日本方言と、その顔つきから一つの可能性を導き出す。
「あなたは……内宮さんの弟さんですか?」
「えっと、せやけど……君は?」
「初めまして。あなたのお姉さんと、そこの二人の知り合いの、遠坂深雪といいます」
丁寧に、お辞儀をしながら自己紹介。
大人に対して何度もやった行動が、無意識に行われる。
「こりゃご丁寧にども……。僕はふたりのクラスメイトやっとる内宮春人いいます」
「よろしく。三人方は、学校帰りですか?」
「そうじゃよ。せっかくの土曜じゃというのに、午前授業などあったものだからの」
「これから泊まり会をしようかと家に向かう途中で、この珍獣をみつけたのだ」
箱の中の動物が「ニュイはチンジューじゃなくてネコドルフィンにゅい~!」と抗議しているのを聞き流しながら、深雪はナインが放った言葉の意味を考える。
シェンとナインは、確かカーティスの家に下宿していたはずだ。
ふと思い出す、カーティスとロゼから来た婚前旅行の報。
来月の結婚式を前に一週間ほど家を空けるから、用事があっても受け付けないという事前連絡。
そして、目の前の男子生徒の存在。
「……なるほど、なるほど。家主が不在の間に、春人さんを家に連れ込むと」
「人聞きの悪い事いわんどいてや。僕はただ、二人が僕の料理を食べてみたい言うから夕食会やるだけやで」
「お姉さんと二人暮らしをしていたはずでは?」
「姉さんは姉さんで、ナインの姉さんとふたりで一泊二日の月旅行なんやて。せやから家に僕ひとりでも寂しいんで、ナインの提案に乗らせてもろうたんや」
「そうなんですか」
深雪は春人と、ナインたちの顔を見比べた。
顔つきや表情からは、とてもどちらかが何かやましいことを期待しているとは思えない。
というか、学生同士の友人関係だというのに、そういう疑いを持ってしまう自分が、深雪は嫌になってしまった。
ポタリと大きなしずくが、自己嫌悪でカッとなった頭を冷やすように深雪の頭頂部に落ちる。
「あっ」
途端に、ザーッと一瞬にして再び振り始める雨。
傘を畳んでいた一同は、慌てて濡れながら傘をさし直す。
「うわ~、最悪や。びしょ濡れになってもうた」
「わらわもじゃ~。地球の天気というものは、降ったりやんだりで予想ができんからやっかいじゃのう……」
「……そうですね」
コロニー暮らしだったシェンにとって、人間の管理下にない地上の天気というものに未だ慣れていないのだろう。
深雪は自身の濡れた白シャツから、下着が浮き出ていないかを確認しながら湿った服の冷たさに身を震わせる。
その様子を見てか、ナインが深雪の手を引いた。
「濡れたままでいると風邪を引くという。深雪も帰る前に屋敷で一旦休まないか?」
「それはありがたいですけど……いいんですか?」
「わらわは構わんぞ! むしろこれで4人になったら、ゲェムというものがフルメンバーで遊べるのう」
「せやったら、晩御飯も一緒にどうや? ひとり増えるくらいやったら、全然かまへんし」
ニコニコと雨に濡れた顔で笑顔を向ける三人。
せっかくの親切だし、受けたほうがいいだろう。
深雪はコクリと頷き、三人のあとについて歩き始めた。
「捨てられごっこ飽きたニュイ。またねニュイ~!」
その後ろで、ネコドルフィンが羽ばたくようにパタパタと手びれを動かし、ダンボールごと空へと飛び去ってゆく。
(何がしたかったんだろう、あのネコドルフィン……??)
曇り空に消えていった謎生物を見上げながら、深雪の頭は疑問符でいっぱいだった。
───Cパートへ続く




