第48話「光を動かすもの」【Aパート 希望の少女】
【1】
「〈ジエル〉4番機、戦線離脱!」
「キャリーフレーム隊、損耗六割突破!」
「〈タウラスシックス〉航行不能!!」
「もうダメだ! 脱出するしかない!」
宇宙は、地獄になっていた。
マリーヴェルのコックピットに、アーミィの戦力が失われていく報告ばかりが響き渡る。
戦いの鍵となる少年がメタモスに飲みこまれたという報告は、部隊にとって致命傷だった。
不幸中の幸いか、格納庫で顔を合わせた少年少女たちがやられたという報告が上がってはいない。
しかし、このまま戦いが長引けば彼らの撃墜も時間の問題となるだろう。
「何か……手はないのか!?」
苛立ちで乱暴にコンソールを殴りつけるマリーヴェル。
こんな絶望の未来のために、二十年前戦っていたのか?
違う、確かな平和を求めて戦っていたはずなのだ。
「大元帥閣下! 戦艦級が接近しております!」
「なにっ!?」
突っ込んできた巨大メタモスが、指揮官機〈ジエル〉に砲身で喰らいついた。
ワニの口に挟まれたような形となったマリーヴェルだったが、相手は戦艦級メタモス。
その口の奥底から、エネルギーをチャージする光が溢れんばかりに輝きを放ち始める。
「ここ……までかっ!」
死を覚悟した、その瞬間だった。
しん、と突然戦場が静まり返った。
それまで執拗に人類へと牙を向いていたメタモスの軍団が、急に停止したのである。
「何が……起こったのだ!?」
「大元帥閣下! 目標メタモス内部より高エネルギー反応! これは……!」
さきほど少年を飲み込んだメタモスが、まばゆい光を放ちながら膨れ上がった。
そして、内側を突き破るように飛び出した何か。
マリーヴェルは力が緩んだ戦艦級の口から脱出し、カメラを望遠にしその物体を注目する。
「あれは……フッ。そうか、やったのか……!」
※ ※ ※
サツキに手を引かれたまま、動かないメタモスの間を抜けてハイパージェイカイザーの前へと運ばれた進次郎。
コックピットハッチが勢いよく開き、レーナが涙で濡れた顔をヘルメット越しにのぞかせた。
「進次郎さまぁ……!!」
「ごめん、心配かけた」
「本当に……本当に良かったぁ……!」
泣きながら進次郎に抱きつくレーナ。
進次郎が振り返ると、サツキは笑顔でふたりのことを見守っていた。
改めて、スペースルックとなったサツキの顔をじっと見つめる。
その表情は見慣れた呑気な笑顔ではなく、まっすぐに愛する人を見つめる逞しい眼差し。
彼女の頭の後方に下がっているふたつのおさげ髪も三編みではなく、シュッと伸びた長く美しい束ねられたふたつの髪束となっていた。
「レーナさん、進次郎さんのことお願いしますね」
「お願いって……あなた、どうするつもりなの?」
「私は新しい水金族の女王、〈スレイヴ・クィーン032号〉として……この事態を収めます」
密集したメタモスによって宇宙の白いシミとなっている方向を、サツキが指差す。
その方向からは、未だ動き続けるメタモスの群れが大挙して侵攻を続けていた。
「サツキちゃん一人であの数を……? そんな無茶だよ!」
「大丈夫です、進次郎さん。私は……一人ではありませんから!」
「え……?」
サツキがそう言って天高く手を振り上げると、その指先がまばゆく輝いた。
同時に、周囲で停止していた兵士級メタモスがその姿かたちを金色の流体へと変化させ、やがて角張った人型の形状へとその姿を整える。
わずか数秒の間に次々と形成される金色の〈ジエル〉。
しかし擬態が不完全なのか、手に持つライフルは腕と溶け合うように一体化しており、頭部のデザインもやや違っていた。
「うーん……正確なイメージをきちんと伝えるのは難しいですね」
そう言ってサツキがもうひとつの腕を振り上げると、今度は戦艦級メタモスがその形状を変化させ始める。
元から艦船に似た姿をしていた巨体がシルエットを大きく変えることなく、再現が不完全な〈タウラス級〉へと変身していった。
「メタモスの艦隊……?」
「はい。話したら、みんなわかってくれました」
「みんなって?」
「水金族のみんなです。メタモスの中にも、わかってくれる人たちはいますから」
不意に、遠くにメタモスの見える方向から眩い光が放たれる。
その瞬きが放たれた攻撃によるものだと認識されるより早く、変形した周囲のメタモス達がサジタリウス艦隊を守る盾となった。
見れば、サジタリウス艦隊は満身創痍だった。
腕や脚を損失した〈ジエル〉が散見される中、遠方には黒煙を上げる艦艇が数隻。
Ν-ネメシスでさえボロボロになり、ハイパージェイカイザーもエネルギーを激しく消耗したあとだ。
これ以上、先のような激しい戦闘は続けられないだろう。
「サツキちゃん……君は、メタモスと戦うのかい? たった一人で」
「私は戦いに行くのではありません。……私は、彼らと対話をしに行きます」
対話という言葉を聞いて、進次郎ははっと思い出した。
修学旅行の帰り道の戦いで、再生中の水金族に対しサツキがコンタクトを取り、その結合を解除していたことを。
「サツキちゃん、君は……」
「この人たちは、あなた達の護衛につかせます。進次郎さん、私のこと……見ていてくださいね」
これからサツキが行おうとしていること。
それは口振りから、一人でメタモス艦隊へと殴り込むことであろう。
戦力としては損耗の激しいサジタリウス艦隊は、彼女にとっては守らなければならない対象。
その為に置ける戦力をすべて残し、一人で途方も無い数へと挑もうとしているのだ。
「無茶だよ、サツキちゃん! 僕も……!」
「進次郎さんたちは、私を助けるために死力を尽くしてくれました。だから、ここからは私の役目なんです。……行ってきます!」
にこやかに手を振りながら、彼女の小さな身体が宇宙空間に飛び上がる。
進次郎は急いでハイパージェイカイザーのコックピットに入り込み、サブパイロット用のコンソールを操作した。
サツキの……愛する人のたった一つの願い。
彼女の戦いを見届ける、そのために。
───Bパートへ続く




