第47話「天の光はすべて敵」【Bパート サジタリウスの大元帥】
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コロニー・アーミィ大元帥直轄艦隊旗艦、〈サジタリウス〉。
いて座を示す名を関したその戦艦は、キャリーフレームの規格を超えた超大型兵器・オーバーフレームの運用をも想定された超巨大宇宙戦艦である。
Ν-ネメシスと比べると大人と子供ほどの差がある巨大な艦船であることが幸いし、キャリーフレームとしては規格外のハイパージェイカイザーを格納庫に容易に受け入れた。
『おお……まさか究極体のワタシを受け入れられる戦艦があるとは! この戦艦、私も欲しいぞ!』
「馬鹿言うな。Ν-ネメシスで我慢しとけ」
「見てみて、裕太! あのキャリーフレームハンガー!」
「ハンガー?」
精密操縦からオート着艦に切り替えたあたりで、裕太ははしゃぐエリィが指差す方向を見ることができた。
無数の整備員によって整備中である、ズラッと並んだ白いキャリーフレーム群。
その風貌は〈エルフィスS〉を想起させるが、どちらかといえば頭部デザインが〈量産型エルフィス〉に近く、カメラアイはゴーグルタイプ。
今までいくつものエルフィスタイプを見てきた裕太であったが、その装備とカメラアイとの組み合わせには見覚えがない。
「あの機体は何だ? 新型か?」
「あれは、お父様が設計に携わった次世代量産主力機〈ジエル〉よぉ! といっても、本生産まではまだ時間がかかるって聞いていたからぁ……先行試作量産型ってところかしら?」
アーミィの旗艦ともなればそんな大層な機体も扱えるのかと思いながら、着艦を完了させたハイパージェイカイザーのコックピットハッチを開ける。
タラップとなったハッチを駆け下りると、そこにはスペースボートから降りる深雪たちの姿があった。
「遠坂さん、それに進次郎たち」
「裕太さん、来ましたか。宇宙服の襟を正してください。もうすぐ大元帥がいらっしゃいます」
「あ、ああ……」
深雪に言われ、宇宙服の首元を引っ張りながらナインの後ろに立つ。
直後、格納庫の扉が勢いよくスライドし、飛び出すように一斉に軍服姿の男たちが道を作るように2列にならんだ。
そして、その列の間をゆっくりと真っ白な軍服を着た女性が一人、靴音を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。
立派なマントと腰につけられた刀の黒い鞘が妙に似合うその容姿は、裕太の親くらいの年齢に見えた。
妙な迫力というか、威圧感を放つ女性に対し、深雪が一歩前に出て深いお辞儀をする。
「マリーヴェル・ロランス大元帥閣下。ご無沙汰しております」
「……ものの見事に少年少女だけだな。遠坂深雪嬢、久方ぶりだ。木星の皆は元気か?」
「はい。父などは最近、老いで耄碌しているようですが」
「耄碌か……娘から手厳しい意見を言われるな、あいつは」
フフ、と笑った大元帥が、裕太たちの方を向く。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「先のネオ・ヘルヴァニアとの戦いにおいて地球を救ってくれたこと、遅ればせながら感謝する。火星の情勢が絡んでいたとはいえ、本来ならば我々が行わなければならないことを、君たちのような少年少女たちに任せてしまって申し訳ない」
「あ、頭を上げてください。俺たちはその……当たり前のことをしたまでです」
裕太が慌ててそう言うと、マリーヴェル大元帥は顔を上げニッコリと微笑んだ。
「君たちは素晴らしい人間だな。申し遅れた。私は地球圏コロニー・アーミィ大元帥、マリーヴェル・ロランスである。本作戦への参加、心から感謝する」
「マリーヴェル……マリーヴェル?」
大元帥の姿を見てから、ずっと隣で顎に指を当てて考え込んでいたエリィ。
その名に聞き覚えがあるのかのように、しばらくウーンと唸っていた彼女は、数秒の後に手のひらに拳を叩きつけた。
「も、もしかしてあなた! 元カウンター・バンガードのマリーヴェルさん!?」
「む……? その髪の色、もしかしてスグルくんとシルヴィアさんの?」
「はい! 銀川スグルの娘で、エリィと言います! 初めまして! あなたが父と共に戦った話は聞いていましたが、コロニー・アーミィの大元帥になっていたんですね!」
少々はしゃぎながら、マリーヴェルと握手を交わすエリィ。
一方の大元帥はというと、少し苦そうな顔をしながら見せかけの笑顔をエリィへと向けていた。
ひとしきり手を握り合ったマリーヴェルは、コホンと咳払いで場を改め彼女の手を離す。
そして顔を左右にゆっくり振り、裕太たちの集団を見渡した。
「さて、と。時間もあまりないので挨拶はこのくらいにしようか。今回の作戦の主人公は誰だ?」
「主人公?」
「地球の危機を救う鍵となった少年だ。確か名を……岸辺進次郎と言ったか」
名を呼ばれた進次郎が、レーナの後ろから恐る恐る手を上げ前に出る。
「ぼ、僕です……」
昨晩のうちに決意は決まったはずだが、大元帥を前にして怖気づいているのかもしれない。
マリーヴェルに手招きされ、渋々と言ったふうに彼女の前へと進次郎が歩を進める。
コロニー・アーミィのトップに顔を覗き込まれた進次郎が、緊張でカチコチに固まっていることは背後からでも容易に感じ取れた。
「……ふむ。いい目をしている。まさに主人公といった風貌だな」
「えと……さっきから主人公主人公って、何のことですか?」
「いや、気を悪くさせたのならすまない。君たちのような少年少女たちが地球の命運をかけて戦うなど、まるでジャパンアニメーションの主要人物たちのようではないかと思ってな! であるならば、我々コロニー・アーミィは君たちの勝利を裏から支援する、頼れる大人の役を買って出るというのが筋というものだ! ハーハッハッハ!」
高笑いするマリーヴェルの姿を見ながら、裕太は彼女がタダのアニメオタクなんじゃないのかと思った。
一方で大元帥に主人公だと仕立て上げられた進次郎は、頭を掻きながら苦笑いをしている。
とりあえず、後方支援にあたってもらうコロニー・アーミィのトップが悪い人では無さそうと感じホッとした。
「大元帥閣下」
「む、なんだね深雪嬢?」
「いえ、ここに来るまでの間に艦隊を見たのですが……地球を救う作戦にしては艦艇の数が少ないなと思いまして」
「……遠坂の娘の目は誤魔化せんか。恥ずかしながら、この旗艦〈サジタリウス〉と〈タウラス級〉宇宙戦艦10隻が、現状私の手で動かせる限界の数なのだ」
「やはり……コロニーの防衛に戦力を割かなければならないからですか?」
「うむ、この一大事だ。アーミィの全戦力を作戦に当てれれば良いのだが……手薄となったコロニーに宙賊がなだれ込む危険性もある。それに一応、木星および金星の大元帥にも支援を要請したが、それぞれの場所でも同様の理由で戦力を出せないと突き返されてな」
裕太たちからすれば、10隻もの宇宙戦艦はとんでもない戦力に思えるが、確かに地球の命運を分ける戦いにしては数が少なく感じる。
大元帥が語った以外にも、裏で大人の事情というものが渦巻いているのだろう。
共通の強大な敵が現れれば人類は一つになれる、などと古いフィクション作品ではよく語られたものだが、現実はそう甘くはないようだ。
「しかぁし! 木星の変態や金星のロリコンどもの力など借りる必要はない! 我々サジタリウス艦隊……いや、絶対地球防衛艦隊の手で! 必ずや君たちに輝く未来を掴ませる手伝いをやり遂げると誓おうではないか!」
「頼もしいお言葉です、大元帥閣下」
「フッ、言うには及ばんよ。さて、作戦の連携のためにも君たちの作戦を聞きたいのだが……作戦会議室まで来てもらえないかな?」
「わかりました。では恐縮ですが案内をお願いいたします」
マントを翻し、廊下へと歩き始めるマリーヴェル大元帥。
裕太たちも、彼女の後を追うように歩を進める。
清潔感のある白い廊下を歩きながら、裕太は小声で深雪に尋ねた。
「なあ……さっきエリィが大元帥と握手したとき、大元帥の顔が強張ってたが理由わかるか?」
「エリィさんには内緒ですが……マリーヴェル大元帥は銀川スグル氏の幼馴染だったらしいですよ」
「おさななじみ?」
「隣に住んでいた仲のいいお姉さんといった感じだったらしいです。スグルさんの手助けをするためにカウンター・バンガードにも所属し、半年戦争末期にはキャリーフレームのパイロットも努めていたとか」
「……読めたぞ。大元帥は、エリィの親父が好きだったんだな」
「ええ。ですから半年戦争の功績でアーミィの要職に付いてからも、銀川一家には一切連絡してなかったらしいです。私の父との親交は以後も続いていたんですけどね」
人に歴史あり、とはよく言ったものである。
かつての恋するお姉さんキャラが、恋に破れた後に今や地球圏の平和を担う大元帥。
時の流れとはかくも残酷なものだなと思いつつも、彼女に似たような境遇に自分の手でさせてしまった内宮の姿が脳裏をよぎる。
(……ごめんな、内宮)
背後でレーナの隣を歩く糸目をチラと見ながら、裕太は申し訳ない感情を押し殺した。
───Cパートへ続く




