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第46話「星を発つ者」【Dパート ジェイカイザーの正体】

 【3】


 人のいないガランとしたネメシスの食堂。

 静寂とした広い空間に、訓馬のあとに続くように裕太とエリィは足を踏み入れた。

 自動扉が閉まってからひと呼吸おいて、老人が「さて」と話を切り出した。


「勿体ぶってしまった形となってすまないな」

「それはいいんですけど、訓馬さん。ジェイカイザーの事なのに本人がいなくていいんですか?」

「本“人”か……君は彼のことを、本当に人間のように思っているのだな」

「まあ、そうですけど」


 訓馬が裕太たちから離れるように数歩進み、椅子に腰掛ける。

 そしてそのまま、彼は小刻みに体を震わせた。


「……訓馬さん?」

「この椅子、回らんではないか。ええい、もういい」


 怒り混じりに立ち上がり、わざとらしい咳払いで老人が仕切り直す。

 裕太は格好のつかないその姿に苦笑いを浮かべながら、彼の発言に耳を傾けた。


「君たちは、人工知能の人格というものがどのように形づくられるか知っているかね?」

「人工知能の人格……?」

「人格というものは本来、人が長い年月を生きることにより、その間に得た経験をもとにして徐々に形成されていくものだ。だが、AIというものは生まれたその瞬間から人間と言葉をかわしコミュニケーションをとる。その場合、AIの人格はどのようになると思うかね?」

「えーっとぉ……真っ白な状態から始まるとしたら、ジュンナみたいに機械的になるのかしらぁ?」

「と言っても最近ジュンナはだいぶ人格らしい人格ができてきたみたいですけど」

「うむ。彼女のような形態が、本来のAIの姿として自然なものなのだ。だが、ジェイカイザーはどうか? 彼はAIというにはあまりにも……」

「人間くさい?」

「というよりはぁ……人間そのものよねぇ」

「私は初めてジェイカイザーと言葉交わしたときから、その点が謎だったのだ。聞けば彼が活動を始めたのは今年の春。人間に近い人格を形成するには、あまりにも短期間だ」


 ここまでの話を聞いて、裕太は訓馬がなぜこの場にジェイカイザーを入れたがらなかったのかを察した。

 いわばこの話は、ジェイカイザーのアイデンティティに関わる問題に踏み込むもの。

 ナンバーズであることを明かされたレーナくらい精神がタフであれば良いのだが、重要な戦いを前に控えている今。

 ジェイカイザーの心を不安定にするのは悪手だと考えたのだろう。


「既に熟成された機械の人格を、コピーしたとかじゃないのぉ?」

「人に近いAI人格では、その方法は危険なのだ。データ構造が複雑かつ膨大なせいで、精神構造に脆弱性ぜいじゃくせいが生まれやすく、不安定になりやすい」

「じゃあ、ジェイカイザーの……あいつの人間らしい人格はどこから来たんですか?」

「……それはズバリ、人間そのものからだよ」

「な……!?」


 静かな食堂に、衝撃が走る。

 今まで友として付き合っていた存在の正体。

 その一端がいま、明かされたのだ。


「人間から取り出した人格が、ジェイカイザーの人格なのか? だとしたら、誰から抜き取った人格なんだ?」

「それが判明するまでは、私は君たちに話すまいと思っていたのだ。万が一にでも誘拐した地球人から抜き取った……などという結果であったなら、シャレでは済まないからな」

「ということは、どういうことぉ?」

「ジェイカイザーの人格、あれは他でもなく我が兄、デフラグ・ストレイジのものなのだった」

「デフラグって……ジェイカイザーを作った人だよな?」

「ああ。あまりにもジェイカイザーの性格が、その……兄の若い頃からあまりにかけ離れすぎていて気づくのが遅れてしまった」


 バツが悪い顔をして、頬を指先で掻く訓馬。もといフォルマット・ストレイジ。

 彼の表情の奥にある困惑に、裕太たちは首をかしげる。


「離れてたって?」

「兄は……あんなに女好きでもなければお調子者でも無かった。正義感と使命感に溢れ、強い意志と威厳を持っていた人物であった」

「それって多分……あたし達のせいよねぇ」

「君たちのせい、とは?」

「エリィ、その件に俺を入れるな! 社会勉強の教材って言ってジェイカイザーにエロゲだギャルゲだと与え続けたのはお前と進次郎だからな!? 俺は関係ねえ!」

「ハッハッハ……なるほど」


 神妙な面持ちをしていた老人が、朗らかに笑った。

 その笑いの意味がわからなくて、思わず「何が面白いんだ?」と問いかける。


「いや、なに。人間より抽出され機械に移植された人格が、こうも経験によって変化するというのが面白くてな。ジェイカイザーはベースである我が兄の人格が、君たちのような若者のカルチャーに触れた結果変化したものなのだと今、確信したのだ」

「ええと、それってどういう?」

「いやなに。ヒトというものは生まれた時代、育った文化に順応して変化するものなのだ。真っ白で無垢な赤ん坊のときは同じであれど、周りの環境一つで心の作りというものは変化するものだよ」

「つまり……?」

「人格の土台こそ移植されたものであるが、そこに作られたばかりという幼い状態が混じり合ったことで、柔軟に若者文化に適応した。それがジェイカイザーなのだよ」


 なんとか言葉を選んで伝えようとしているのであろうが、結局の所よくわからない。

 それでも、友たるジェイカイザーの存在が、誰かのコピーから逸脱したものに立ったということはなんとなく理解できた。


「だけど、この事実ってそんなにジェイカイザーにショックを与えることかな」

「そうよねぇ。むしろ自分が何者かスッキリするんじゃないかしらぁ?」


「うむ。問題はここからなのだ」


 老人が立ち上がり、顔つきを険しくした。




    ───Eパートへ続く

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