第45話「終末の光」【Cパート 学生の集い】
【3】
「────と、言うわけでだ。第1次宇宙大戦は、米露の痛み分けに終わった形となった」
教壇に立つ軽部先生の説明に、裕太は肘に載せた手に顔を乗せながら話半分に聞いていた。
つい先月、ネオ・ヘルヴァニアから地球を守るという大偉業を達成したのに、その先に待っていたのが休日を潰しての補習ではやりきれない。
「こら、笠本。手が止まっているが聞いているのか?」
「聞いてますよ……はぁ」
「裕太、ちゃんと聞かなきゃダメよぉ」
隣の席のエリィが、ペンの頭で小突く。
少し離れた逆側の席では、まるで活字のようなきれいな文字でノートに内容をまとめる進次郎の姿。
そのすぐ後ろには、にこにこ顔で真っ白なノートを広げたままのサツキ。
テスト勉強に困ったら頼る相手に恵まれている裕太は、早く授業終了のチャイムが鳴らないかと、時計とにらめっこを頻繁に行っていた。
あと10分。
あと5分。
あと2分、1分、30秒、10秒……。
「──であるからして。って、チャイムが鳴っちまったか。今日の授業はここまでだ。来週末はテストだから、しっかり復習しておけよ! 銀川、号令をよろしく!」
「起立! 礼!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
待ち焦がれたチャイムのファインプレーに、ようやく授業から開放された裕太はダランと机に突っ伏した。
「やーーーっと、終わったか……」
「もう。次のテストで泣いてもしらないんだからぁ」
「そうだぞ裕太。サツキちゃんを見てみろ、あんなにしっかりと授業を聞いているじゃないか」
「でも金海さん、ノート真っ白じゃないか」
「私は水金族ネットワークによって、この星の歴史はすべて集合記憶から引き出せるので大丈夫です!」
「それズルだろ~~あっ」
不意にグゥゥと鳴る裕太の腹。
そういえば昼飯時だったなと思いつつ、学生カバンをよっこらしょと言いながら持ち上げる。
「メシ食いに行こうぜ!」
※ ※ ※
裕太たち以外に生徒のいない静かな中庭で、ベンチに座って弁当を開く。
綺麗に詰められた鮮やかな具材が、ひとつの絵画のように狭い容器内で個々の色を主張している。
「……裕太、それもしかして銀川さんの?」
「ああ、わかるか? エリィが作ってくれたんだ」
昨日の帰り道、突然エリィから弁当を作ることを提案されたのだ。
弁当ならジュンナが用意してくれるから困っているわけではなかったが、彼女が好意でそうやりたがっていることに勘付いた裕太は快く了承をしたのであった。
「すげぇ、ロイヤル弁当だ……!」
「ちょっとぉ。あたしが作ったからって、王室仕様になるわけじゃないんですけどぉ?」
「ああいや、なんて素晴らしい弁当なのだと感動をしていてな」
言葉の綾だと言い訳する進次郎の隣に、ひょっこりとサツキが顔を出す。
「進次郎さんもお弁当作って欲しいのですか? 私が今度から用意してあげますよ!」
「いや、サツキちゃんの弁当は何から作られているかわからないから結構だよ」
「むー……」
残念がるサツキだが、進次郎が言うこともわからなくはない。
なにせ、サツキは水金族特有の擬態能力で必要なものは何でも身体から生み出してしまう。
つまりは彼女が作る弁当とは食べ物から容器に至るまで、彼女の身体で構成されているとしても何らおかしくはないのだ。
たとえ分子レベルで変容させたものであったとしても、彼女の一部を食することは避けたいことであるだろう。
「わかりました! では進次郎さんは向こうに見えるあの子にお弁当を作ってもらえば良いんです!」
「向こうに見えるあの子って……?」
「し・ん・じ・ろ・う・さ・ま~~~~~!!!」
「ぐふうっ!?」
視界外から走ってきた何者かが、進次郎へと飛びかかった。
何者かというか、あの真紅のツインテールと様付けの呼び方はレーナ以外の何者でもないのであるが。
「あ~~ん、進次郎さまお弁当を作って欲しいんですか? わたし、毎日でも宇宙からお届けしますよ!」
「け、結構だレーナちゃん! 気持ちは嬉しいが結構だと言っている!」
頬を擦り寄せるレーナに、口元を緩ませながらも断る進次郎。
多分了承をすれば最後、毎日サツキの嫉妬を浴びる羽目になるであろうことは想像に難くない。
今も、サツキは進次郎に抱きつくレーナを見ながら両頬を膨らませ、俯いて小声でブツブツとなにかを呟いている。
「ホンマ、仲がええなあ。レーナはんは」
「内宮じゃないか、いたのか」
「居たのか、やないわ。隣のクラスであんさん方と同じく補習やっちゅうねん」
「そういえば、そうだな。当たり前だよな」
ハハハと笑い合いながら、話の輪へと内宮を迎え入れる裕太。
彼女に対してはフッてしまったこともあり、裕太としては後ろめたい気持ちはあるのだが、だからこそ彼女とこれまでと変わらない交友を続けている。
エリィも内宮のことは気にしていない、というか勝者の余裕でむしろ威風堂々としているのでこれで問題は無いのである。
「……ところでレーナはん、その制服どこから持ってきたんや?」
「あ、これ? 似合うでしょ~」
進次郎から一旦離れ、レーナがその場でスカートの端を指で摘んでその場でくるりと一回転。
紛れもなく東目芽高校の制服であるが、部外者である彼女がそれを着ているのは確かに不自然だ。
「これね、あまり言いたくないんだけど……カーティスのおじさんが新品を持ってたの。しかもサイズ別に6着くらい」
「えっ、あのエロオヤジ……何でまた?」
「どーせ、ロゼさんとコスプレして遊ぶためじゃないのぉ?」
「裕太よ。その“こすぷれ”とは何じゃ?」
背後からの声にビクッとして振り向くと、ベンチの背もたれの裏にシェンとナインが居た。
ふたりともレーナ同様、東目芽高校の制服に身を包んでいる。
「シェン達も来てたのか。というか、着てたのか」
「地球の学び舎に赴くにはこの衣装を着るのが礼儀と聞いたのじゃよ」
「防具としての信頼性には欠けるが、生地の丈夫さには目を見張る。なかなかの戦闘衣装だと見受けられる」
「あのね、ふたりとも。そうやって制服とかの衣装を着て、その……仲良くするのがコスプレよぉ?」
言葉を濁しながらふたりに説明をするエリィ。
だが伝え方が悪かったのかナインに「では裕太達も、そのコスプレとやらの真っ最中なのか?」と聞き返され、全員で苦笑するハメになった。
『むむむっ! 私がいないところで面白い話をしているな!!』
こういった話題に真っ先に飛びつくはずの声が、裕太の携帯電話から響き渡る。
同時に、エリィの携帯電話からも『私も居ますよ』とジュンナが主張した。
「ジェイカイザー。静かだったから存在を忘れかけていたが、どこ行ってたんだ?」
『ひどいぞ裕太!』
『ジェイカイザーと私は、機体整備を手伝うために警察署に居たんですよ』
『それが終わって、ジュンナちゃんと一緒に家に帰り着いたから、ネットワーク回線を通じてようやく来れたというわけだ!』
『ぺこり』
ジェイカイザーたちの事情がわかったタイミングで、再び裕太の腹が低い唸り声を上げる。
その音をみんなに茶化され、笑われながらも、大人数でベンチを囲んだ昼食会が始まった。
───Dパートへ続く




